十五話
蝶の大群が空を舞う。
色付いた木の葉達が風に攫われているのを見ると、一瞬そう勘違いすることがある。色的には蛾の方が近いのかもしれないが、そこは気分の問題。蝶で考えた方が、素敵だし。
舞うものはあっても、木に残る葉は今ではもう後僅か。既に散った後の木の枝は丸裸で、寂しさを漂わせる。それでも木の肌に触れてみると、生命の力強さのようなものを感じるから不思議だ。
竜庭から帰って一夜。体感的には久しぶり、実際には昨日ぶりの学校への登校である。長い事滞在させてもらったものだから、時間の感覚が鈍っている。今日もいつもなら必要ない目覚ましをセットしなければ、確実に遅刻をしていただろう。
竜庭で眠りまくっていたから、どうやら眠り癖が付いたらしい。昨夜のベッドに入ってから就寝するまでの時間は劇的に短かった。それも深い眠りだ。もしも今寝ようとすれば、直ぐに寝られるような気がする。これから自己紹介では、特技は寝る事と話そう。
息を吐く。白い。
「お~、温かい温かい」
校内に設置されている自動販売機では既に暖かい飲み物が売り出されており、生徒の人気を集めている。特に人気があるのが、ホットココア。男女共に買う生徒が多い。救太もまた、ホットココアを購入だ。
「やっぱ冬の暖かい飲み物は、超美味く感じるよな~」
「……なぁ、コーンスープは食べ物に入るんじゃないか?」
「汁だから飲み物だろ。三水辺だって付いている」
何よりこのまろやかなコーンの甘み。
確かにドロッとして、通常の飲み物の飲み易さはないものの、最早これはジュースとして扱ってもいいだろう。コーンポタージュ味の氷菓子も出ているし。野菜ジュースだ。ちょっと特殊な。
「でもコーンが入っているだろ」
「俺はそれも飲む派だ」
「胃が弱いってのにお前は………」
ほっとけ。
「胃薬は常備している。問題ない」
「大有りだろ。お前、ご飯はちゃんと噛んでるか? お母さん心配で心配で」
「俺はお前のような親を持った覚えは無い」
「―――やだ。反抗期かしら。お父さん、どうしましょう?」
関係ないクラスメイトをコントに巻き込むな。メチャクチャ困ってるじゃないか。
「は、反抗期は、成長の証だよ母さん」
顔を真っ赤にしながら乗ってくれた。
本当にありがとう。そしてごめんなさい。
昼休みが終わると午後の授業。今まで以上に眠気が襲ってきたが、何とか乗り切ることが出来た。代償としてノートがミミズの走ったかのような悲惨なものとなったが、問題はない。多分。
「で、どうだったんだよ。あの場所は」
現在は帰り道。年末の更新に際しての手続き等、この時期の俺達末裔にはやることが多いため、図書館に行くのは我慢。LINKへ直行。救太と共に帰ると、そこまでの道が途中まで一緒なのである。
「凄いの一言だよ。見てみないと形容できない」
「へ~。何か良かったな」
「超怖かったけどな。身になるものは多かったよ。何なら来年、お前を推薦してやろうか?」
「それは勘弁」
町を歩く人々もコートやマフラー、手袋などの防寒具に身を包む。スマートフォンを弄りたい女性達は手が非常に寒そうだ。是非とも手袋をしてでも使用できるように、タッチペンの購入を推奨する。いや、というか歩きながら弄るなよ危ない。下を向いたら、前が見えないじゃないか。ほら、ぶつかりそうになる。
「そろそろ雪でも降るんじゃないか?」
「この程度で降るわけあるか」
半世界、そして竜庭には季節がない。
形を部分的にこの世界から借りている状態の世界には、太陽や月などの地球以外の天体がない。光は全て魔法によって構成されたもの。夜空に輝く星や月は幻覚だ。俺達末裔では、住民達の住む場所を作り出すまでが限界であったのだ。
竜庭は常に最適な環境を保持している。季節などという曖昧な環境の変化は起きない。定期的に振らせる雨もまた、魔法による人工のもの。
半世界の環境を調整する際も竜庭を模倣しているため、住民達は今の俺達のように厚着をしない。魔法によって個人個人で体感温度を調整できるため、厚着は出来ないことはないものの、態々動き辛くなる格好はしない。大概が薄着、もしくは俺達の世界で言う所の、春物の服装をしている場合が多いだろうか。
だからこの時期は、半世界で末裔達は浮く。一々着替えるのも面倒くさいため、魔法で温度調整である。
精確には数えてなかったので分からないが、体感的には一年以上竜庭にいた俺。ちょっとした浦島太郎の気分を味わった俺は、久しぶりに感じる寒さに懐かしさを感じていた。ドラゴン達には分からないだろうが、やはりこういう季節の変化というものは、非常に赴きがあって感慨深い。
竜庭は確かに楽園に近かった。それでも帰って来ると、こんなにもハッキリとしない世界に心地よさを覚える。
それは故郷だからという理由からか。俺のような人間には、下を向いて歩くのが当然になっている世界がお似合いなのか。
いづれにしても、悪くはない。
「うーん。冬だな」
「空が澄み渡ってるな〜」
俺達の会話を聞いたのか、スマフォを弄っていた女性が、釣られるように空を見た。