十三話
何でも出来る時間が出来て、その間時計の針が進まない。そんな状況で、他の人は一体何をするのだろう。そう考えて、それは自分の考えではないのだから、今から俺が行うべき行動の参考にはならないと理解した。じゃあ、何をしよう。
ふと思う。こんな瞬間は、最近なかった。
普通の高校生ならば、やることが有り過ぎて見えなくなり、退屈に悩むことがあるはずだ。俺は末裔としてこの世界に来ていたから、特にそういう時間が出来たことがない。魔王がちょくちょく現れるし、エリアに生じた様々な問題を解決しなければならない。ギルド組員が羽目を外しすぎたら注意をしなければならないし、時間があったら引きこもりドワーフの家に行って過去の末裔の戦闘記録を見るのが定石だ。
俺の日常で、大体の行動パターンは決まっている。付け加えるなら魔法の修行か。
ああそうか。修行をすればいいのか。竜王もそれを見越したのか、保護の力を強化したと言っていた。これを期に、攻撃魔法の手加減を覚えるとしよう。
取り合えずの行動は決まった。けれども俺は何となく動く気分になれない。
大樹の大きな葉上でゴロゴロと転がる。葉にも保護の魔法が掛けられており、香りも残っていて心地が良い。凄く和む。近くで眠るドラゴンが気にならないほどだ。
眠気が押し寄せる。そういえば、ダラダラと何もしない時間を過ごしたのは何時頃だろう。
よし、修行は明日からにしよう。取り合えずは睡眠だ。
「あ~、そういえば。どれ位、時間が経ったんでしょうか?」
「さぁ?」
「今更ですけど、本当にこれだけ時間が経っても大丈夫なんですよね?」
「ええ。時間は止まっているから」
何もせず、ダラダラと過ごすと、意外と直に一ヶ月程度の時間は流れるようだ。しかも時間を気にする必要がない。もう最高。このまま後二、三年は怠惰に生きるとしようか。既に二、三年経っている可能性もあるけれど。はっはっは。
どうも竜庭というのは、俺にとって最高の場所らしい。惰性に生きることの、なんと素晴らしいことか。排泄も食事もする必要はなく、葉の布団から放たれる香りによって誘われる、文字通り夢の世界へ旅立つだけの生活。起きている間は、どうでもいい思考の波に流されるだけでいい。
過去の俺は楽園と形容したが、正にその通り。もう最高。
退屈? 何もしないということが、何故退屈という言葉の同意として使用されるのか。
退屈というのは、即ち何もしないという究極の快楽を得た人間の焦りである。急に信じられないほどの大金を渡されれば、本当に使って良いのかと確認をしたくなるのが常人というもの。
勿論俺は違う。大金を渡されたら湯水のように使ってやるわッ!
─────────そして使ってから、本当に使って良かったのか、心配になるのである。
「でも父さんが来た時から、俺が来た時までの時間は経っています。それは何故ですか?」
そんな小市民な俺が、分かっている質問を投げかけるのは仕方のないことなのだ。
「多少の融通は利くわ。最後の報告者が帰った時から、世界との調整用の魔法陣を一時的に切った。時は完全に流れなくなる。そして再び繋げれば、竜庭自体の時が共に流れ始める」
つまりは現状のように形の時を止めながら、竜庭の外枠を世界の時の流れに乗せるという、とんでもない所業と、完全に時の流れから切り離すという所業の両方をドラゴンは行えるという訳だ。
俺のような現代の人間からすれば色々と矛盾が生じそうな行為だが、ドラゴンは何てことはなさそうである。
安堵の息を漏らす。それに導かれるように、言葉が零れた。
「ありがとうございます。本当に」
この竜庭で生活をして、何度目か分からない感謝の言葉。
「しつこいわ。何故一度口にした言葉を、何度も繰り返すのかしら」
ドラゴンの反応は、決まって首を傾げることである。コミュニケーションというものは、とても難しい。
俺は笑顔のまま、久しぶりに身体を起こした。固まっている。まずはストレッチだ。
「何かをするの?」
「修行です。魔法の修行。攻撃魔法が上手く使えなくて……」
「使える必要があるの?」
「魔王が現れますから。駆除するためには必須なんです」
「ああ、そう言えばそうだったわね」
身体を伸ばすだけでも、酷く面倒くさい。何もしたくない。
けれども態々俺のために行動を起こしてくれたドラゴンに、本当の意味で感謝するためにも、俺はこの場所で何かを得なければならない。せめて、苦手なことの一つや二つは解消しなければ。
当然、『退屈』になったわけではない。
言い訳じゃない。マジで。