十一話
「つまり父はここで、修行とこの場所の観察を行っていたと?」
「そうだな。観察の方は、あまり動き回られても困るゆえ、本人は満足していなかったがな」
元気にもほどがある。アクティブにもほどがある。
俺の中での父親像が百八十度変わった。時間の流れに恐れを抱くべきか、それとも成長という変化の力を崇めるべきか。いずれにせよ、父さんにも若い頃があったということか。
「お前も、勝手に動き回るのは止めてもらおう。世話役の監視下で生活することが条件だ」
「も、勿論です! 絶対に迷惑を掛けるようなことはいたしません!」
寧ろ帰りたいです。だが残念ながら、チキンハートな俺に今更断ることなど出来るはずもなかった。それに恐怖はとてもあるが、この場所に来る前に、父さんが言っていた言葉を思い出す。
学んで来なさい。
その意味は、同じように竜庭に滞在して経験を積めということなのではないか。いや、父さんのことだから、強制的にやって来いという意味ではない。俺がここへ来る直前に考えたことが正しいだろう。父さんは、俺に機会を与えているのだ。
ドラゴンならば、父と子にある性格の違いというものを正確に理解出来ずに、俺もまた同じ要求を行うと勘違いする。そう読んでいた。そして見事にその予想は的中した。
ただ。俺がとてもチキンであり、なし崩しに話が進むと予想していたのかは分からないが。
そもそもあれだけ緊張したのに、報告は既に終わっているのはどういうことか。俺としては長ったらしくて堅苦しい言葉を永遠と語るつもりで、徹夜をして文章を製作、暗記したのだが、肝心の伝えるべき竜王様には、もう終わったではないか。との一言。
考えてみれば、形式というものも人間が作り出した産物に過ぎないのだから、ドラゴンがそんなものを気にする訳もない。
けれども、釈然としない俺の気持ちはどうすれば良いのやら。
「この人間を世話すればいいの?」
そよ風が俺を包む。見れば新しいドラゴンが、丁度翼を畳んで枝に降りる所であった。
口調が柔らかく、女性的。竜王や俺を案内してくれたドラゴンが雄雄しさを感じるような美しさを備えているなら、このドラゴンは正しく美麗。鱗の一つ一つが俺の目を捕らえて放さない。何処となく動きもしなやかで、この瞬間から俺はドラゴンの性別の判断が出来るようになったと断言しよう。
「は、はじ、始めまして! 香木原灯路です!」
「香木原? あのクソ餓鬼の子供?」
なんということだ。まさかドラゴンの口から『クソ餓鬼』なる単語を聞けることになるとは思わなかった。
「お前はアヤツの影響を受け過ぎだ」
「そう? 私は、人間の変化する言語を学んだだけなのだけれど」
「そのようなもの、学ぶ必要はない」
「必要はある。学べることがあるの。なら、ほら。学ぶ必要があるでしょう? 例え、私達がドラゴンだとしても」
その言葉で、俺は父の過去を知った気がする。
もしかしたら父さんは、俺よりも単純な生き物なのかもしれない。そう思った瞬間、この状況における俺の姿勢は、前向きに変わった。
「暫くの間、よろしくお願いします」
「それは貴方次第。クソ餓鬼は勝手に満足したけれど、貴方が満足するのかは分からない。人間の親と子は、似ることがあるものの、大きく違うことがある。そうでしょう?」
女性のドラゴンは、輝く瞳で俺を見る。まるで得た知識を自慢して、誰かに褒めて貰いたい子供のよう。
何か失礼のない賞賛の言葉を考えていると、竜王の溜め息が俺の体を吹き飛ばした。
「さっさと行け。子供同士、仲良くしていればいい。うむ、こういう時に言うのか。さっさと行け、クソ餓鬼」
「ほら、人間の言語は、使いたくなる魅力があるでしょう?」