十話
竜王。ドラゴン達の住む竜庭にて、最も老齢であり、最も偉大なドラゴン。
俺はこれから、そんなドラゴンのもとに挨拶をしに行く。
王と言っても、それは俺達末裔が区別し易いように呼称しているに過ぎない。ドラゴンに限らず、半世界に住む種族の中には、王などの『格』は存在しないのだ。ただし、尊敬される個人は現れるため、長老などと呼ばれて発言力があり、種族のリーダーのような役割を果たすことはある。この場所に住む竜王もまた、同じように発言力があるだけの存在。
つまりは本来ならば、俺達は竜王に挨拶をするだけではなく、竜庭に住むドラゴン全員に挨拶をしに行くのが礼儀。
しかし竜庭は広い。その中にいるドラゴンの数もまた明白ではない。いくらこの場所に流れる時があってないようなものでも、その全てのドラゴンを探して挨拶をして回るのは困難だ。更にドラゴンの中にも様々な性格があり、ありとあらゆる手段を使って決して探されないようにしているものもいる。
中でも俺達にとって非常に大変なのが、何と言うか、珍しいものを見ると取り合えず『パクリ』と行ってしまいたくなるドラゴン様である。さすがにそんなドラゴン様の前に赴くのは遠慮したいものである。
だから俺達末裔は、更新の際に報告をする上で最もドラゴン達の尊敬を集めており、最も竜庭を把握しているドラゴンに挨拶をしにいくのだ。
「よく来た」
最も老齢なドラゴンと分かっていても、俺にはドラゴンの老化というものを判断出来ないため、目の前のドラゴンも俺を案内してくれたドラゴンも、見た目の違いは分かるものの年齢による違いは分からない。けれども何となくだが、ああ長く生きたのだろうな。という感想を抱く。声の深みとか、放つ雰囲気によるものかもしれない。
竜庭に生きる一本の大樹。
大きなその木は、枝もまた大きい。耐久もあり、ドラゴンがそこに乗ったとしても、負担を感じている様子はない。他の枝を見れば、二、三のドラゴンが身体を休めても折れることはないようだ。またそれほどに大きいため、俺のように人間にとっては、水平な床と変わらない。触れてみると非常に肌触りがよく、漂う香りは心を落ち着かせる。ここで寝れば、さぞ良い夢を見ることが出来そうだ。
しかし現状。俺の心は落ち着かない。
「か、かぎ、香木原、灯路です。本日は、更新のご報告に、ま、参りました」
相も変わらず緊張しっぱなしの俺は、大事な挨拶も噛みまくっていた。いっそのこと笑ってくれれば気も楽なのだが、竜王は真剣な瞳で俺を見続ける。凄く恥ずかしい。
「黒い髪、黒い瞳。お前は『侍』の末裔か?」
「い、いえ。その、日本から来ましたけれど、『魔法使い』の末裔です」
「そうか。いつぞやに来た、餓鬼の子か」
『侍』というのは、始まりに日本の土地から召還された、渾名通りに侍のこと。当時、かなりの活躍を見せたそうだ。聞いた話では、なかなか強烈な性格をしていたらしいので、竜王の記憶にも深く残ったのだろうか。
因みに俺の『魔法使い』の祖先は西洋の方から召還されたらしいが、何せ人間にとっては随分と昔のことだ。血も薄まって俺は純日本人と言っても相違ない。ただし末裔としての力は多少の変化はあっても正確に受け継がれているが。
「ならば、ここに暫く滞在するのだな?」
「────────────────────────────へ?」
はい?
「うむ、扱いは同じで構わぬだろう。では、お前を世話する者を呼ぶとしよう」
竜王の下に大きな力が集まった所で、俺は我に返った。
そして竜王が口にした言葉を理解する。瞬間、身体中のありとあらゆる毛穴から汗が噴き出た。
「ちょっ! ま、まって下さい! 状況がよく分かりません!」
「違うのか? 奴はここに来たとき、不相応にも滞在を要求して来たがな。子であるお前も、同じだと思ったが」
どうやら俺の父親は、活発どころかやんちゃであったらしい。アクティブにも程がある。
「お前は嫌なのか?」
「そそそ、そ、そんなことはありませんよ! いや、寧ろ是非!」
「そうか。遠慮というものだな? 心配はいらん。お前がいる間は保護の力を強化しよう。お前が何かしても、庭が壊れることはない」
「ありがとうございますッ!」
あれ? いや、どうしてそうなった?