三話
その後、俺はマリーナに三本の動画を見させてもらった。一本は同じく父の動画だったが、残り二つは違う末裔の動画だ。
最初の動画と違って三本は戦闘時間が長く、俺は結局三時間ほどそこにいることになった。途中でマリーナに意見を聞いていく。こいつは長く生きている分、多くの戦闘動画を見てきているし、その戦いの手伝いをしたこともある。俺よりよっぽど戦いのイロハを知っているので、アドバイザーとしてかなり優秀だ。
罵倒し合ったことを除けば、非常に有意義な時間である。
「じゃあな。また来る」
「二度と来んなゴミ」
「何だとコラぁ! 今はその罵倒だけは許せねぇぞ!」
そして更に五分ほど玄関先で言い合ってから、俺は暗くなった道を歩き始めた。
ここは地区の中でも人が少ない。街灯すらないので、殆ど前は見えなかった。
「コーン」
狐の鳴き声。辺りが青白い光で照らされる。一人のビーストが闇の中から浮かび上がった。ホラー映画が苦手な人からすれば、恐らく絶叫するような現れ方だ。こいつはそれを狙ってやっている節がある。他者を驚かせたりするのが大好きなんだろう。だが、俺はもうなれたものだ。
「末裔様~。夜道は危険ですよ?」
「この世界で、魔王以外に大した危険はねぇよ」
「おお~! それは僕達ギルドの手腕を遠回しに褒めて下さっているのですね~?」
「そんなわけねぇだろうが。まだ俺はあのとき手伝ってくれなかった恨みを忘れてないからな」
「末裔様は、心がとてもお広いようで」
「だろ?」
光の発生源、宙に浮く狐火を纏いながら、リッチはニコニコと俺に笑いかけてくる。相変わらず胡散臭い笑みだなと思いながらも、釣られて笑っている自分がいることに気が付く。
こいつもまた、マリーナと同じ貴重な友人の一人。
俺はそのまま、リッチと共に町中を散歩することにした。とても下らない、意味の無い会話を繰り広げながら。
「狐火は、鬼火と一緒にされますが、僕としてはそれは止めて頂きたいのです」
「だいたい一緒じゃねぇか」
「まったくもって違いますとも、言葉の響きからして違います。狐火と、鬼火。───ほら、溢れ出る優雅さが違うでしょう?」
そう言われるとそうかもしれない。試してみる。
狐火。鬼火。
「だいたい一緒じゃねぇか」
「一緒じゃあ、ありません。では、見た目を思い出してみて下さい。僕のこの、品がありながらも荒々しい恋のような狐火。そしてハイオーガ達が作り出す、あの下品で淫猥な鬼火。───ほら、比べてみると一目瞭然でしょう」
「だいたい───」
「どうやら、末裔様にはセンスというものが無いようですね。いえ、結構。僕達、狐族のこのこだわりは、他種族のみならず同じビーストにも、理解を用意には得られませんから」
あ、拗ねた。
「悪い悪い。う〜ん、綺麗じゃんじゃない? 狐火の方が」
「そのあからさまな気遣いは、どうにかなりませんかねぇ〜?」
「じゃあ、鬼火の方が綺麗だ」
「それだけは寛容できないな〜!」
表情をまったく変えずに、リッチは俺に狐火をぶつけてくる。
「ちょっ! 熱ッ! 狐火なのに熱ッ!」
狐火って、熱は無いんじゃなかった!?
「僕の狐火は特別製だよ〜」
「た、たんま! 悪かったって! 熱ッ!」
本日の教訓。親しき仲にも礼儀あり。
「で、何の用だ?」
体中に出来た火傷を必死で治しながら、俺はリッチに問いかける。
「あらあら~。ばれていましたか?」
「お前は嘘が上手だが、本心を隠しきるのは苦手だろう」
「……それは知らなかった」
リッチは本当に驚いたようで、普段なら見ないほどにその細い目を見開いた。
逆に俺が驚いたわ。
「灯路、君は……君達、末裔は、一体、どうして戦っているんだい?」
「どうして、と、言われてもなぁ…」
俺は後頭部をボリボリと掻いた。少し恥ずかしい気分になったのだ。何せ、いつもの会話が全てふざけ合っているようなもの。隣に歩くこいつとの間に、嘗てこのような雰囲気になったことがあっただろうか。あったとしても、それは数えるほどしかないだろう。
友人は、真剣に答えを求めているようだった。その気持ちに応えるために。俺も、一つ真剣に考えてみることにした。
俺は末裔の一人だ。
だから戦っている。
以上。
「うーん。どうしてかぁ──────」
友情を壊さないためにも。もう少しだけ考えてみる。けれども答えは出てこない。
そもそも、俺にとって魔王を倒すという行為は、生活サイクルの一つだ。
勉強なんて面倒くさいけれど、行かなければならないから学校に行く。それと同じような感覚なのだ。どこかで勉強は大切だと理解しているし、やらなければならないことだと諦めている。どう考えても魔王を倒すことは大切だし、末裔である俺達がやらないといけないことだ。
迷った俺はそのままの気持ちをぶつけてみた。
リッチは僅かに表情筋を動かすだけで、見事に感情を表現してみせた。
「君はやっぱりバカなんだろうかね〜」
「…おい」
「半分ぐらいは良い意味だよ」
「良い意味というなら、俺は前半の言葉は聞き流して、素直に喜んでおこう」
「君らしいねぇ~」
「だろ? 俺は俺だよ。俺だから、戦うんだ」
「その答えは、予想できなかったな」
友人は、いつも通りにニコニコと笑って、空を見上げた。つられるように見上げると、丸い月が見返してくる。急に闇が襲ってきた。リッチが光源だった狐火を消したのだろう。もう頼れるものは、降り注ぐ優しい光だけ。その光はとても頼りなかったけれど、悪い気にはならない。
「たまには、月明かりだけの道を歩くのも悪くないね」
「──────ああ。……満月か?」
「いや、それは確か明日じゃなかったかな」
俺には満月との違いが分からなかった。幻想の月は、とても綺麗な円に見えたのだ。
しばらくの間、俺は友人と共に月を眺めながら歩き続けた。そして町の光が月光を覆う頃に、俺はなんだか気恥ずかしい気分になって、頬を掻いた。隣を見ると同じ動作をしている。それが更に恥ずかしさを増徴させた。
「僕はね。この世界は、僕達が守るべきだと思うんだよね~」
「……」
「僕達は、戦える。なら、戦うべきじゃないのかな?」
「戦っているじゃないか。住人の避難は、お前達がいるから安全に行える」
「そうじゃない。魔王を倒すのは、僕達の役目じゃないかと、言っているんだよ」
町の光に照らされて、多くの半世界の住人が歩いている。そこに俺達は、いない。
この世界は、彼らの、彼らだけのものなのだ。
「疑問はいらないんだ」
「……」
「俺達は末裔だ。俺は俺だ。だから戦うんだ。それで、いいんだ」
「論争は、出来ないみたいだね」
「論争? なんで言い合う必要がある? 答えは、初めから一つ。お前もそれを知っているはずだろ?」
「────────────そうだね、君はバカだ。その答えは一つだった」
「…おい」
俺の冷たい視線をものともせず、リッチは笑い出した。何とも不愉快なことだ。
「本当に、君達は、バカだ」
失礼なヤツ。
「そんなことを言うなら、今度『ゴミ溜め』が出たときは必ず手伝ってもらうからな」
「え~!? 僕はビーストだよ~? アレは僕達の敏感な嗅覚には、本気で死に直結するんだけど……」
「なら、その代わりに今手伝ってもらうとするか」
警戒網に引っかかったそれが、俺に存在を主張し続けていた。この感覚からすると、『パワハラ』だろうか。なんでこうも面倒くさい魔王が連続して現れるのだろう? 日頃の行いは決して悪くないはずなのだが。
「悪いが、俺は一人で戦うのは辛いし、寂しい。一人で全ての魔王を倒せるほどの実力もない」
「うん」
「戦うのは、俺達の役目で良い。だから、お前達は俺達を助けてくれ」
リッチはニヤリと笑うと、やけに様になっているお辞儀を披露してくれた。
「了解しました、末裔様」