八話
ユートピア。つまりは、理想郷だとか楽園。一番メジャーなのが、天国だろうか。
人というものは、昔からそこがあるものだと考えていたらしい。でも俺はそれを不思議に思う。何でそこには人間が必ず存在するのだろうかと。いや人間が考えたものなのだから、当然のように人間が存在するのだろうけど。それでもおかしな話だ。
仮に天国というものがあるとして、そこには善人のみが行けるとして。果たしてその場所は楽園であり続けることが出来るのだろうか。楽園というのは、常に人間として最上で最高な場所であるから楽園なのだろう。そんな場所で人間は堕落をせずに、感謝を忘れずに享受することが出来るのだろうか。
必ず、必ず一人は落ちる。それが人間だ。寧ろそうでなくては、人間ではない。
そうなれば、その意思は伝染する。楽園は永遠だからこそ楽園。その意思もまた永遠となり、それを凌ぐことは出来ても排除することは出来ない。必ず、最後には全員が堕落する。全員が、悪人となる。
壊れていくだろう。壊れた所から永遠となる。壊れたものは壊れたまま。腐ったものは腐ったまま。気付いたときにはもう遅い。そのとき人間は、何も出来ない。泥水を啜り、火の野原を歩き、互いを傷つけ合うことしか出来ない。
その場所は『天国』なのか。違う。『地獄』だ。
俺は考える。地獄とは、天国が落ちた結果。永遠の、牢獄。
本当の楽園には人間は存在しないと思う。だからこその楽園だ。
この場所、竜庭は正しくその言葉が当て嵌まるのではないか。永遠とはまた違うけれど、俺の想像と理想に完全に一致していた。そこには美しい自然と、その中で行き続ける動物達がいる。俺達の世界に存在するような植物や動物ではない。似たような生物はいるものの、体毛の色や筋肉の付き方、耳の形状などなど細かい場所で違いはある。
世界が半分になる時、ドラゴンによってこの場所に避難されたこの植物や動物。彼らはこの場所で、安寧を生きていた。動物にも、ましてや植物にも表情はないが、それでも俺には全てが笑顔に見えたのだ。
「客人よ。我らの庭に見とれてくれていることには、素直に嬉しく思う。しかしそろそろ、我の話を聞いて貰えるかな?」
「……へ? あ、ああああああああ! す、すみませんでしたぁぁぁあああ!」
俺はこの瞬間ほど、今までの人生の中で綺麗な土下座を披露したことはない。
「予ねてから思うのだが、どうして日本とやらから来る末裔達はすぐにその体勢を披露するのだ? そもそも、我は謝罪をするときに頭を下げるという行為にさえ理解が出来んのだ」
「え、あ、その、文化、だからです、かね?」
「ふむ。文化か、それも理解出来ぬ。我らドラゴンは、築かぬものだからな」
転移魔法陣によって俺を招いてくれたドラゴンは、とても大きかった。小さな頃に動物園に行き、ゾウやキリンの大きさに驚いたものだが、あんなものは比ではないことを今知った。ドラゴンの性別の区別の仕方などしらないので、恐らく『彼』であると予想をするが、彼は俺の想像以上に友好的であった。
大きな頭を下げて、顔が俺の方に向くようにしてくれている。突風のような鼻息と、近距離で起動する飛行機の飛行音のような激しい音が気になるといえば気になるし、口を広げるたびに喰われそうなスリルを味わうことになるが、それでもそうして頂いたことにより、非常に話し易くなった。
彼はきっと案内役のような役割を、多くこなしてきたのではないだろうか。圧倒的な存在感は常に感じているし、今すぐにでも逃げ出したい気持ちは残るが、自然と会話が出来ている。
「少し、話さぬか?」
「は、はい! ……あ、いや、でも、まずは役目を」
「それは気にするな。この場所では時というものは、あって無いようなもの。そして我らドラゴンは、お前達が考えている以上にこの場所で安逸に暮らしている」
「そ、そうですか。それなら、ぜ、ぜひ」
本音を言えば早く役目を終わらせて帰りたい。
「では行こう。末裔のお前ならば、この場所でも魔法は使える。付いて来るといい」
ドラゴンは翼を広げると、紙飛行機が空を舞うように滑らかに飛ぶ。そして大きな木へと向かっていった。遥か遠くにあるその木は、俺の目には小さく見える。しかしその木の枝に、小鳥が止まるようにドラゴンが休息をしているのが分かれば、その大きさがよく理解出来る。
どうやら俺はそこへ行かなければいけないらしい。ドラゴンのマンション的なその場所に。
「はぁ……」
取りあえず、覚悟を再び固めよう。