六話
フワフワと浮いているのは、最近人気だというゆるキャラ。魔法の力によって操られたそれは、生きているかのように動いている。自画自賛だが、とても滑らかな動きである。
こういう魔法は本当に上手く操れていると思う。観衆のチビッ子達も、一挙動一挙動に歓声を上げてくれている。
中には自分でも出来ないかと俺の真似をする子もいるが、急にやって出来るようなものではない。そこら辺は、努力次第。意外とこの魔法は高難易度なのだ。
まず姿形をイメージ通りに作り出すもの大変だし、ましてやそれを明確に動かすのは困難だ。現に、真似をしている子が生み出したキャラは、決してゆるくない。ゴワゴワである。
しかしその中でも、比較的綺麗に作り出すことの出来た男の子がいる。
「末裔様! 出来ましたッ!」
とても無邪気で愛らしい笑顔を向けてくれるのは、頭皮に悩みを抱えるエルフ、アルさんの孫。祖父には似ず、将来は間違いなくイケメンになるだろうことが予測される。しかし魔法の腕は受け継いでいるのか、それとも教えられたのか。とにかく、生み出した結果は素晴らしい。辺りの子供にも賞賛を受けていた。
「フォトは凄いなぁ! すぐに超えられそうで怖いよ。皆も、努力すれば出来るようになるからな」
サラサラとして触り心地の良い頭を撫でると、フォトは照れくさそうにする。なんとも愛らしい。そんな表情をするなら、アルさんがあそこまでデレデレになるのも無理はない。俺もニヤけてしまいそうだ。
表情を引き締めて、周りの子供達に声を掛ける。するとやる気になった子供達は、フォトに続けとばかりに魔力を操り始めた。折角魔法が使えるのだ。是非ともその無限の可能性と、そこに秘めているロマンを感じてほしい。
ハッキリと言ってしまえば、こんな魔法はまるで役にも立たないし、無駄だ。
けれども出来れば楽しい。だから俺も、攻撃魔法の修行をサボってまでこんな意味の無い魔法を磨いた。とんでもなく怒られたけれども、後悔もしているけれども、子供達が笑顔になっているのだから、それで良いような気がする。
どうやらこの世界で、魔法の練習というものは勉強に近いものがあるようだ。
魔法とは世界から受け取っている祝福。ならば、それに感謝するために、その技術を磨かなければいけない。
そう教えて育つらしい。悪いことではないのだが、結果的に、アンタ勉強したのッ!? 今からしようと思ったんだよッ! 的なやり取りが交わされる。最近では少なくなってきたようだけれど、親が押し付ける形で、練習をさせることがあるらしい。それじゃあ、やる気が出ない。それに、何の面白みもない魔法を練習なんてしたくはないだろう。
だから、こんなくだらなくても、楽しい魔法を練習するのは良い事だと思う。
元々魔法というモノがない場所から来た俺ならば、その楽しさを伝えるのに適役だろう。もっと『俺達』は、それを教えても良いんじゃないだろうか。当然俺は部外者であり、口を挟めるような立場の存在ではないのだから、決してその意見を口には出さないけれど。
あくまで、子供達に頼まれた時にのみ、教えるのだ。
「末裔様~? そういえば、それ何?」
子供の一人が指を指すのは、俺の額。
「ん? 絆創膏だよ。怪我をしたら、貼るんだ」
「変なの。傷が出来たら、魔法で治せばいいのに」
「あッ! 僕治せるます!」
やって見せると言わんばかりに、ピンと手を伸ばすのはフォト。治療魔法も行えるとは、本当に彼は優秀なのだろう。しかし、残念ながらこの傷は魔法では治せないのだ。
「向こうで付けた傷だからね」
「あ、そうなんですか」
この世界の形は、俺達の世界に依存する形になっている。その結果俺達の世界が偉そうな顔をし始めたのか、上下関係が更に明確化した。形を借りているこの世界が下で、貸している俺達の世界が上。何が変わったと言えば、大して変わってはいないのだが、俺達の世界が妙なプライドが強くなった。
下の干渉は受け付けぬッ!
そんな感じで、小さな干渉も許さなくなったのだ。
俺達の世界で起こった変化は、決してこの世界の干渉によって治すことが出来ない。
つまりは、怪我をすれば魔法では治せない。壊した物も、直らない。
意味が分からないのが、この世界で出来た、魔法で治せる傷をそのままにして向こうに戻ると、更新されてその傷もまた治すことが出来ないということ。
勿論自然治癒なら治るのだが、どうも向こうの世界に普段から存在しながら、この世界にやって来ることの出来る俺達は、そこら辺の法則が曖昧らしい。それにご飯を食べれば、お腹は膨れるし、栄養は摂取出来る。元の世界に戻っても、その栄養が無くなることもないし、腹の物質が無くなることもない。意味不明。
「じゃあ、僕がそんな傷も治せるような魔法を作ります!」
「おお、頼もしい。超大変だと思うけど、作ってくれると嬉しいね」
「はい。絶対に作ります!」
自信満々に宣言をする少年、フォト。彼は、それがドラゴンを超える偉業であると分かっているのだろうか。普通に考えれば、絶対に不可能だ。
それでも綺麗な瞳を見ていると、もしかしたら出来るかもしれない。という気になって来るから不思議である。これが子供の持つ、無限の可能性というものなのかもしれない。いや、俺もまだまだガキだし、それなら俺にもあるのか?
「まぁ、とにかく。俺も頑張るとするよ」
「一緒に頑張りましょう!」
にしても、この子は最近やけに懐いてくる。
子供に好かれる男は、女性に好意的に見られるのだろうか。なら文月さんにも────。
あ、駄目だ。子供に好かれるのは、この世界限定なのである。