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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
五章 「末裔の年末は忙しい」
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五話

 ポケットに入っていたハンカチで額を押さえ、俺は薬局へ入店した。当然目的は絆創膏。文月さんから貰ったものは、勿体なくて使えるか。あれは今日から我が家の家宝である。


「ありがとうございましたー」


 店員の奇妙なものを見る目と、妙にやる気のない挨拶を背に俺は店から出る。


 絆創膏を見ながらニヤニヤして、絆創膏を買っているのだからそれも仕方のないことだろう。しかしまったく気にならない。今の俺は気分が良いのだ。許してやるとしよう。


 素早く店のガラスに映る自分を確かめて、一緒に買った消毒液で傷口を消毒してから、絆創膏を貼る。これで良し。少々沁みるものの、魔王に腕を引き千切られたときほどではない。


 雑踏の中を、再び文月さんから貰った絆創膏を見てニヤニヤしながら歩く。他人の目なんか、どうでもよかった。


 耳に入る様々な音。普段は煩わしくも思うその音だが、今は全て祝福の鐘に聞える。


 このまま文月さんと、結婚できるんじゃないか? とかいう、根拠のまるでない自信が芽生え始めた。結婚は早いか。しかし、交際は出来るかもしれない。可能性は、少しぐらいあるだろう。


「───────ゴじらッ!」


 前を向いて歩かないと、何かにぶつかるかもしれない。当然の摂理である。

 俺はそれを、十六にもなってようやく学習した。


 クスクスという笑い声が周囲から聞える。彼らを攻めることは出来ない。俺だって、近くを歩いていた人が見事に電柱にぶつかったら、笑う自信がある。でも、少しは耐えようとしてくれても、いいんだぜ? よし、これからは妄想は控えめにしよう。そして街中を歩くときは自粛するとしよう。


「おおぉぉぉおおぉおぉおおお!」


 しかし傷口を広げるとはこの事。華麗に同じ場所を強打した。


 絆創膏で抑え切れなかった血が零れてくる。俺はそれを地面に飛び散らせるように悶えた。残念ながら、俺の女神のように心配の声を掛けてくれる人はいない。とは言うものの、実際に声を掛けられても困るが。どんな顔をしていいか分からん。


 どんな顔をしていいか分からないと言えば、俺は明日以降、彼女にどんな顔をすればいいのだろうか。いや、普通に感謝をすればいいのだろうけど、逃げてしまった以上、何となく顔を合わせ辛い。


『続いてのニュースです』


 思考に埋れて痛みを忘れて、別の意味で悶え始めた頃に、俺の耳に近くにある店からテレビの音が入った。


 内容は、捕まった通り魔の裁判が終わったとのこと。人を殺してはいないものの、傷害は重い罪。判決は厳しいものであった。俺としてはもっと厳しくしてもいいと思う。こいつのせいで、人々は恐怖した。別の世界に魔王が現れるほどに。決して許されざる犯行だ。


 血まみれになっていたハンカチを取り出し、更に血を染み込ませる。最早既に、元々赤色をしていたのかと疑うほどである。


 俺は十分に知っている。これが、こんな下らないことでしか、流れてはいけないモノだと。


「大丈夫ですか?」


 バカみたいに電柱にぶつかり、大げさに痛がる俺を心配して声を掛けてくれた、皺だらけの女性。髪は白く、腰は曲がりかけている。


「はい。ありがとうございます」


 その笑顔は、俺の女神にも負けず劣らない。


 きっと文月さんも、この人のように綺麗な御老人になるのだろうか。ならば俺も、その時に隣に立っているように努力しよう。その時が来ても俺は彼女のように素敵な笑顔を作れる気がしないけれど、せめて彼女を笑顔にしてみせよう。


 そう誓った。


 よし。明日会ったら、俺は彼女に笑顔でお礼をする。そして素直に、恥ずかしくなって逃げたことを話すのだ。面白おかしく話せば、笑ってくれる。それを始まりにしよう。


 ─────────────しかし。どうやって話せば、面白くなるのだろうか。


 結局俺は、今日は一日、頭を抱える宿命にあるらしい。



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