二話
この世界は半分だ。
魂は世界のものだが、肉体、即ち大地や海などの自然においては俺達の住む真世界の形を模倣しているため、つまりは偽りなのである。本来の形は失ってしまった。
あくまで偽りなのだから、不具合は出る。世界がこれではないと言わんばかりに、拒絶反応を起こし始めるのだ。
それには残念ながら解決方法がない。しかし一時的に凌ぐことは出来る。
そのための『更新』だ。
年末の新年を迎える際に行われるその行事は、文字通りに世界の形を更新することを目的とする。あえて世界の形を全て綺麗さっぱり消して、再び真世界の形を完全に複製する。
とても大胆な方法だが、それ意外に方法はなく、当然色々と面倒なことが出てくる。
形が全て消されるのだから、今まで住んできた家も消えるし、大切にしていた物も消える。特に大変なのが、そんなことをすればこの世界の住人達の肉体が消えてしまうということだ。それだけは絶対に阻止しなければならない。
しかし現在においては、実はそれほど深刻な問題でもなかったりする。
始まりの時から既に長い時間が経過している。その被害を完全に断絶する方法とシステムは建設済み。それが『方舟』と、それを使用する際に末裔が行う作業のマニュアル化である。
方舟とは言うなれば、更新をする際の避難所。
内部に入れられた物質は世界との繋がりを一時的に断ち、一切の干渉を受け付けなくなる。安全地帯という訳だ。最初はその数は少なかったらしいが、現在は一家に一つ設置されており、混雑する必要もなく、家庭の大切な物を新年に持ち込むことが可能。住人の安全は保証される。
俺達末裔は、各家庭を周り、方舟の最終点検と使用方法の確認を行う。普段から点検をしていれば問題なく使用出来るのだが、たまに点検を忘れて壊れてしまっている方舟がある。ど忘れをして使用方法を忘れることもある。この作業は重要だ。
鬱陶しそうに見られても、決して妥協せずに、ネチネチと悪い姑のように点検を行う。不具合を発見したら、各エリアのギルドにいる修復班に報告である。ギルドからはお説教が行われるのだが、そこは心を鬼にしなければなるまい。
会議で話された内容は、大体がこの俺達が行う作業の確認だ。つまりは確認の確認。因に確認の確認の確認までしっかりと行われている。末裔がそれを忘れることは許されない。
残りの内容は、一つは更新した際の形の変化による生活の変化を調整しろ。との内容が一つ。
世界の形を作り替えるのだから、更新前と更新後で住んでいた家が無くなってしまった。という話も出てくるのである。土地の所有権の争いとか、そういう面倒くさいトラブルは起きないし、起こすことはない素敵な住人達だが、さすがに住む家が無くなるのは困る。
俺のような担当するエリアがある末裔は、更新までに真世界のエリア一帯の地図を睨み、今年の元旦から今までの変化を把握しなければならない。
家が無くなってしまった家族には他の空き家を割り当て、働く場所が取り壊された場合は新しい仕事場を割り当てる。更には職人達に新しい地図を渡して、その地図を元に新たに魔法具を設置する場所も決めなければならないのだ。
やらなければいけないことだし、サボろうとも思わないが、とても面倒くさい。
それでも。
住んでいた家の家具が丸ごと変わったとしても。暮らしていた町がまるで以前と違う様相を見せたとしても。思い出の場所が変わり果ててしまっても。
全く文句を言わない住人達のためならば、頑張ろうという気分になるから不思議である。
『では、各自一切の抜かりがないように努力せよ。確認は以上』
確認は。ということは、まだ会議は続くということである。
続いては『年に一度の厄災』に関する注意事項。確認と同じような気もするが、あまりこの話題は重要ではないので直ぐに次へ。
『今年もまた、ドラゴンの方々へ更新を行う旨を伝える役を決めなければならない』
竜庭に住むドラゴン。その場所は方舟と同じく、いやそれ以上に世界から隔離されているため、当然更新の影響は出ない。俺の友人の引きこもりドワーフの如く、そこから一切出ない偉大なドラゴン達には正直どうでもよい事なのかもしれないが、礼儀として報告に行くのは当たり前。
方舟は竜庭を模倣したものであり、ドラゴンの方々が動いてくれなければ、この世界の住人達は今頃消えてしまっているのだから。
『誰か自薦するものはいないか? 他薦でもかまわん』
しかしだからといって、ドラゴンと会いたいとは思わない。そりゃあ、どんな存在か見たいという好奇心がないかと言えば、嘘になる。それを天秤に掛けても、行きたくない気持ちの方に傾いたままだ。
理由は恐怖心。
少しでも機嫌を損ねたら、あっさりやられてしまうかも知れないのに、行きたい気持ちになるはずがない。ドラゴンにとって人間なんて蟻と同じだ。絶対に大丈夫だとしても、ライオンの前に行けと言われて、ホイホイと行くヤツはいない。
当然手が挙がることはなかった。
『僕は、香木原灯路を推薦するよ』
声は上がったが。
父さん。貴方は俺を、どうしたい。