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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
一章 「半世界の友人」
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二話

 末裔にも、引退はある。


 個々人で差はあるが、基本的には就職して結婚をし、子供が出来たら引退をしても構わないという暗黙のルールのようなものがある。仕事を受け継ぐ者がいることが大前提だが、そこは引退した末裔の担当エリアから比較的近いエリアの末裔達が協力をし合い、交代制でその担当のいないエリアの魔王を倒すという裏技のような逃げ道が存在する。


 つまり、末裔は子供が出来たら引退と考えて良い。どれだけ独身を貫こうとしても、基本的に三十を過ぎた頃には強制お見合い結婚。そうしたら、すぐに子供も生まなければならないから、目安として三十五になれば引退だ。


 なら引退した末裔はどうなるのか。

 

 半世界のことは忘れて普通に暮らす、というわけには絶対いかない。

 彼ら、そして他に末裔としての力が足りなかった者は裏方に回る。

 その裏方の内の一つが、『LINK』だ。

 

「いらっしゃいませ~」


 俺は受付を済ませると、いつものように個室へ案内される。案内をしてくれた女性も含め、店員は全員関係者。彼らの役割は、俺ら末裔の世界移動の隠蔽だ。

 

 救世の武器と呼ばれる鍵を持つ末裔は、扉を開け、半世界へ何処からでも行くことが出来る。例外は無い。


 だからと言って何処からでも半世界に行くことは出来ない。

 突如道端で人が消えたら、大ニュースは確定だ。


 それを避けるための、LINK。


 個室に入って扉の鍵を閉めてしまえば、中で人が消えていても気付かれることはない。勿論、想定外の事態は起きるかもしれない。だからこそ彼ら関係者の店員が存在し、その可能性を確実にゼロにしているわけだ。

 

 俺は何時も通りに半世界へ移動する。個室から出れば、何時も通りに只の人間には持ち合わせない特徴を持つ店員達が挨拶をしてくる。店内は何時も通りの盛況ぶりだ。


 何時も通りにスペシャルサンドイッチを頼んで、それを食べながら道を歩く。通りすがりの人々に挨拶をしていくのも何時も通りだが、俺の行き先は何時もと違う。

 

 友人に会いに行くのだ。

 

 半世界で、俺のような末裔は英雄のような扱いを受けている。世界を救っているのだから仕方がないのかもしれないが、俺がやっているのは害虫の駆除みたいなもので、感謝はされても英雄扱いはしてほしくはない。してほしくはないが、正直慣れた。


 しかしそのせいで、半世界での友人が出来難い。出来ないというわけではないのだが、どうもこちらの住人としては距離感を図り難いらしい。だからこそ、臆せずに意見を言ってくれるこの世界の友人というのは貴重だ。


 例え性格が悪く、俺に悪態ばかりを吐いてくるヤツだとしても。

 

「おーい、入るぞー」

「てめぇはノックというもんを知らねぇのか!」

「お前に対してそんなもんは必要ねぇ」

「ブッ飛ばすぞテメェ!」


 飛んできたハンマーを華麗に回避。相変わらず乱暴なヤツだ。


「見てわかんねぇのか! アタシは今、全裸なんだよ!」

「服を着ろ」

「着るわ! さっさと出て行けクソ野郎!」


 仕方がないので言う通りにしてやる。別にお前の身体なんかに興味は無いっての。


「……おい、もう良いぞ」


 暫くすると扉越しに声が聞えてくるので中に入る。不機嫌そうに眉間に皺を寄せたソイツは、部屋の隅に置かれているパソコンの前にある椅子に座っていた。椅子の背もたれに腕を組んで乗せている状態で、パソコンの画面を背にしている。長すぎる綺麗な髪が床まで垂れており、まるで平安時代の高貴な女性のようだ。


 もっとも、着ているものは十二単ではなく、ヨロヨロのTシャツにデニムのパンツで、貴族には程遠いが。

 

 なんの用だ」

 

 本人としてはドスの聞いた声を出しているつもりなのだろうが、生憎声が高いせいで子猫の威嚇よりも怖くない。

 

「ほら、持ってきてやったぞ」

 

 俺は鞄からコイツに渡す品の入った袋を取り出し、手渡しで渡してやった。

 

「チッ、仕方ねぇ。アタシの裸を見た罪は少しだけ許してやる」

「はいはい、ありがとうございます~」

「───この野郎…!」

 

 何故かは知らないが、プルプルと震えだした。病気なのかもしれない。


 目の前のコイツは、落ち着けアタシ。と意味の分からない独り言を繰り返した後、俺の渡した袋から品を取り出す。

 中身はいわゆる、可愛い女の子と仲良くなるゲーム。


 ドワーフという種族は職人気質なヤツが多い。


 鍛冶などで様々な道具を作ったり、建物を建てたりするのが得意な種族だ。より良い物を生み出そうとすれば素材や物理現象への理解は必須であり、その豪快な性格とは似合わず研究者になる者も多いのが特長だ。

 

 それはこの世界が俺達の世界。つまり真世界に繋がり、半世界となった後も変わらなかった。ただ研究対象が増えただけであり、より良い道具を作るための可能性が広がった。とドワーフは喜び、ドワーフは一番早く新しく変わった世界に順応する。


 というか、順応し過ぎた。


 ドワーフ達は末裔達を通して、俺達の世界の技術を学び始めたのだ。

良い事ではある。特にマナを電力に変換し、無用の長物となっていた機械類を動かした成果は素晴らしいものだろう。問題なのは、学び過ぎたこと。

 

 誰かが言った。技術を知るためには、文化を知らなければならない。

 

 その文化にとって必要だから、その技術は生まれたのだ。───とかなんとかいう、素晴らしくも何ともない言葉のせいで、ゲームや漫画やらアニメなど、つまりはそういう文化までドワーフ達は知ってしまったわけだ。

 

 そして頭が痛いことに大流行。ドワーフだけに留まらず、半世界中の種族に広まりやがった。


 立派な髭を生やした渋いドワーフが、真剣な眼差しで同人誌を読みふける姿など、もう笑うしかない。


 更には流行が始まった当時、真世界に俺の嫁が待っているんだ! という理由で、俺達末裔に真世界へ自分達を行かせるようにしろ。と要求するデモ行進が開始。さすがに今はそこまで酷い輩はいなくなったが、まだ心の中で真世界に行きたがっている者も多い。昔のことなので俺は当時のことは知らないが、聞くだけでも頭が痛くなる話だ。


 実は開店当初は唯の個室がある喫茶店だったLINKが読書喫茶になった理由は、そういったものに関する餌を与えることにより、そのデモ隊を沈めるためだったりする。


 目の前の女ドワーフ、マリーナ・トゥトゥルもまた、その波を諸に受けてしまった一人。昔はその名を轟かせた剣の名工だったらしいが、今ではただのガチオタ。研究という言葉を免罪符に、誰も住んでいないボロボロのアパートに引きこもる毎日だ。


「おい、何だその目は」

「いや、ただの哀れみの目だ」

「何だとコラ!」


 こいつは平日の昼間から、ファンタジーな漫画を読みながらこんなん有り得ねぇよバーカ! と嘲笑を浴びせるのが趣味の残念過ぎる女だ。哀れみくらい感じるだろう。


「てめぇ! たった十年ぐらい前にはクソウザく纏わりついて来たくせに、生意気だぞ! このクソ野郎!」

「───……七年前だ」

「変わらねぇんだよ! 二、三年程度!」


 七年前、当時は末裔見習いであり無垢な少年でもあった俺こと香木原灯路は、気になっている女性がいた。何を隠そう、目の前でカルシウム不足をアピールしている女ドワーフである。


 ドワーフは長命だ。つまり若さを維持している時間が長い。純粋であり純朴であった幼い俺は、同時に無知であり、その事実を知らなかった。そしてドワーフはホビットほどではないが身長が低い。見た目で判断すれば、中学生ぐらいだろうか。


 結果として当時の俺から見たマリーナは、強気でかわいい、年上のお姉さん。という過去の俺の目は腐っていたのではないか。と疑ってしまうほどに信じられない評価だった。


「もう用はねぇだろう! さっさと帰れ!」

「おいコラ。料金がまだだろうが」

「そんなもんアタシの裸を見た時点でチャラだボケ!」

「はぁ? お前の貧相な身体に価値なんてねぇだろうが!」

「ふざけんな! アタシはドワーフの中じゃ、かなりナイスなボディだぞこの野郎!」

「自画自賛ですか? 気持ち悪い!」

「ぶっ殺す!」


 マリーナは容姿が良い。容姿だけが良い。


 客観的に見ればコイツは美少女と言って過言は無い容姿をしている。更にドワーフは男女問わず体毛が多いが、『女ドワーフがより美しくあるための会』通称『脱毛会』によって生み出された脱毛魔法具により、コイツは無駄毛がまったく無い。とても長い髪はサラサラとしながらも艶があって綺麗だし、身長が小さいながらもそれに似合ったバランスの良い体型をしている。

 

 だが性格がダメだ。終わっている。

 

 それに気が付いたのは何時だったか。もう思い出したくもない。

 ただ分かっていることは、その瞬間から俺とコイツの関係が、今のように罵倒を吐き合うような関係になったということだ。


「─────ッチ! しゃあねぇな………見せてやるから次はもっと持って来い」

「気が向いたらな」


 何時も通りの罵りあいが終わり、とりあえず停戦をした俺達はパソコンの方を向いた。マリーナはマウスを使って操作を始める。俺は近くにあった椅子を持ってきて、そこに座った。マリーナの髪が長いので踏まないようにするのが大変だ。


「……ほらよ」


 画面に映るのは、一つの動画。そこには一人の末裔、そして彼を囲む魔物と巨大な魔王が映りこんでいた。俺はそれを食い入るように見つめる。


 この動画はそれぞれの地区に設置してある、魔法監視カメラによって撮られた映像。末裔はしっかり働いているのか。という監視の他、魔王や魔物の動きを見て末裔達が対策を立てるための映像だ。


 ただ半世界中で日々起こる魔王との戦闘を全て保存してしまえばかなりのデータ量になるため、引退した末裔のデータや対策を立てた魔王のデータなどの必要が無い古い動画は次々と消されている。

 

 そんな中、それに待ったを唱える者がいた。

 

 英雄のような扱いを受ける末裔には、ファンのような歯痒いものができることがある。そしてそのファン達は、どうせいらないのなら俺達にくれ。と言い出したのだ。


 特に問題も無いので、管理者はそれを了承。すると次々に俺も俺もと希望者が現れる。面倒臭くなった管理者は、半世界のネットワークを利用してそれをばら撒いた。


 結果。コレクターの誕生である。


 アイドルの秘蔵映像とか、そんな感じなのだろうか。人気のあった末裔の画像はとにかく希少価値が高いと言われているらしく、驚くことに金銭のやり取りがあったこともあったらしい。勿論それはその当時の末裔達が止めたが、物々交換のような取引は止まることは無かった。


 俺はマリーナに新発売のゲームを提供する代わりに、希少で戦いとして見る価値のある動画を収集して貰っている。見ることで学べることは多い。特に今見ている動画……父さんの戦っている姿からは多くの発見がある。

 

 末裔の力は血で継承されていくため、父もまた杖を使った魔法戦闘だ。


 ただ実力は桁違い。俺の弱点という弱点を無くして、さらに二段階ほど昇華してようやく僅かに超えられたと言えるだろう。それほどに差は大きい。


 父は、何十もの球を操っていた。宙に浮かぶ赤いそれらはまるで一つ一つが意思を持ったかのように縦横無尽に動き回り、魔物共を打ち砕いている。超接近爆破魔法しか攻撃方法が無い俺とは大違いだ。

 

「………おい、ちけぇよ」

「─────ん? ……ああ、悪い」

 

 興奮から、俺は前に身を乗り出してしまっていたらしい。自然とマリーナと身体が近くなっていた。嫌ならお前が離れろ。と言いたくもなったが、ここはコイツの家だ。引くのは俺の方だろう。


 動画は終わりに近づいていた。まだ五分も経っていない。つまり父はそれほどに素早く確実に獲物を葬っているということ。周囲の損害も最小限。まさしく、理想的な仕事であった。俺もいつかは……いや、少しでも早くこの領域に進まなければならない。進みたくないけど。戦いたくないけど。


 それでも、末裔だから。

 

「………はぁぁぁ」

「……チッ。落ち込むぐらいなら見るんじゃねぇよ、うぜぇ」

「うるせぇ。落ち込めるから、見る必要があるんだよ」

「───────────────どマゾが」

「違げぇ!」

 

 ちょっと不安になってきたじゃないか!

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