六話
戦いが始まった。
ドワーフによって制作された戦いの道具を身に付けた王子の軍団は、ホビットが潜伏して得た情報を元にエルフが作戦を練り上げ、主力のビーストを中心に人間の王国へと立ち向かった。
豊かな生活の中で生きてきた人間よりも、自然の中で生き抜いてきた者達の方が強いのは道理なのだろうか。また、ドワーフ製の道具が圧倒的に高性能なのが原因なのかもしれない。戦いは一方的なものであった。兵士の数は圧倒的に人間勢の方が多かったが、エルフの巧妙な策によって補われた。更に常に前線に立つ王子の鼓舞により、兵士達の士気は常に高く、十二分の力を発揮していた。
『裏切り者ッ!』
捕らえられた人間は、王子を見て皆そう言った。親の敵を見るように、目が血走っていた。事実、その通りなのかもしれない。彼らの身内が戦場に出ていれば、間接的に手を下しているのは自分なのだから。
しかしそれは耐えるべき事象だ。何故なら自分は、本来ならば彼らから怒りすら奪おうとしていたのだから。
「どうした?」
「いや、何でもないさ」
王子に話しかけるのは、かつて王子を案内した若いエルフ、アグレルファー・ゴルディアーノ。軍隊の中心である王子に万が一のことがないように、彼は護衛役として付き添っている。
現在彼らがいるのは、占領した要塞のような領土を納めていた領主の屋敷。これからの戦いにおいて、拠点とする場所である。
世界には、形と魂によって成り立っている。形とは即ちこの世界の物質。
人間の王が発動しようとしている禁術とは、その形を喰らい術者の力とする魔法。発動してしまえば、いずれはこの世界の形はなくなる。大地も海も空もなくなり、生物の肉体もまた例外ではない。全ては消えてなくなり、この世界は魂だけの存在となる。
王子は知っていた。王が、父が病に犯され始めていたことを。
心配させまいとしたのか、それとも別の理由からか。王は決して息子である王子の耳には、その真実を入れないようにしていた。今は亡き親友の騎士によって聞かされることがなければ、王子もまた知る由はなかっただろう。王は恐れたのだ。自らの死を。そして生きるために、奪うことを善しとしたのだ。
王の狂気に飲まれた部下や国民は、その事実を知らない。
禁術の全容は、王族のみに伝えられる。ただ禁じられた魔法があることは分かっていても、その中身は知らないのだ。それも王族といってもどんな魔法なのか知ることが出来るだけで、発動方法も含める術の全てを知ることが出来るのは、王位を継いだ者のみ。
国民はそれを強力な侵略魔法であると理解している。
それを利用して他種族を侵略し、奴隷化しようというのが、王が国民に話した内容。
勿論最初は反対もあった。しかしより豊かな生活を得られるという、王の誘惑に、全ての国民が誘われてしまったのだ。
「このまま戦っていればいいんだな?」
「ああ。長老の言葉を信じろ。禁術には長い時間と集中が必要らしいからな。侵略を受けている状況で、片手間に出来ることではないだろう。こちらが有利な現状では尚更だ」
「そうか」
王子達の部屋と、屋敷の廊下を隔てる大きな扉が大きく開け放たれた。
ドワーフ達があまりにも出来が悪いと爆笑した、部屋に飾ってある室内装飾が衝撃で震える。元凶は、男性のホビット。
「大変です! 大変ですよ王子様!」
「どうしたんだ?」
「敵ですよ! 敵襲ですよ王子様!」
報告を聞くと、王子は素早く防具を着込み、剣を握る。戦いの始めにおいては、王子は今のような早さで防具を装備することは出来なかった。繰り返された戦いの中で、必要に迫られて身に付けた技術であった。
「敵陣の中に、奇妙な者共がいるのです」
「奇妙な者?」
「人間であることは確かなのですが、どうにも纏う空気が違う。怒った嫁さん以上に、不味い空気だ。まだ奥に引っ込んでいるが、もし参戦したら、一体どうなることやら」
戦闘が行われている、敵の侵入を防ぐ城壁へと辿り着くと、屈強なドワーフの男性が王子に話しかける。
そのような者など、王国にいただろうか。何かが、気になる。
王子は頭の中に過った何かを、必死で探った。しかし、まるで答えが出てこない。
「強者であることは確かだろう。最大級の警戒をするんだ」
王子達の軍団の動きは悪い。防衛戦の経験は僅かであるし、訓練など行ったこともないのだから仕方が無い。現在は何の問題もなく戦闘を行えているが、どこかで不手際が起こるのも時間の問題だ。
もしもその奇妙な者達に、そこを突かれてしまったら堪らない。王子は一切の余念無く、城壁を見回した。
「奇妙な人間が動き出しました!」
声を聞くと、王子は見晴らしの良い場所へと駆ける。当然相手にも見られ、弓に狙われ易くなるのだが、王子はそれを剣の一振りで防いだ。
視界に入るその人間達。同じく人間であり、その王族である王子には分かった。
それが、この世界の人間とはまるで違う存在であることを。
「まさか!?」
禁術と同じく王族にのみ伝えられる、伝承。
異界より、戦士を呼び出す術があるという。呼び出した戦士は術者の傀儡となり、術者の敵を排除する。
子供に話す、童話のようなものであったはずだ。父はそんな術を、再生させたというのか。
信用し、尊敬していた父。父ならば、可能であるだろう。そう断言出来てしまう自分が、王子は憎かった。
戦士の中の一人が、魔法によって強化された脚力で城壁を跳び、王子の元へと辿り着く。
右手に細剣を持つ戦士は、美しい女であった。