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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
四章 「おじいちゃんの、昔話」
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五話

 願っても無いことであった。

 王子は助力を求め、彼らは力を貸すという。追い風だ。後は帆を張るだけでいい。 


「何故だ!? 分からない、理解が出来ない。どうして、私に力を貸すのだ!?」


 しかし出てきた言葉は感謝ではなく、疑問。王子は分からなかった。どうして『人間』である自分に、力を貸せるというのか。犠牲になることを了承できるのか。全ての原因は、人間にあるというのに。自分はこの場で、殺されてもおかしくはないはず。


 彼らが本心でそう言っているのは分かっていた。だからこそ、怒りを覚えていた。無論、自身への、人間への怒りだ。


「我々にも、罪はあるのだよ」

「いいや。貴方方に罪はない。傷付けられた者に、どうして罪があるというのだ。悪いのは、常に加害者であった我々だ。醜い醜い人間だ! ──────我々は森を切り開くのを善しとした。山を崩すのを善しとした。大地を血で染めるのを善しとした。優しさを踏みにじるのを善しとした! 狂気に飲み込まれ、自らのため、父であり母であるこの世界を『礎にする』禁術を発動しようとしている! これが『人間』だ! これが私だ!」

「知っているさ」


 王子の叫びを慈愛の籠った瞳で見つめるエルフは、何かを思い出すかのように空を見た。


「人間の『王子』よ。私はエルフだ。貴方には考えられないほどの、長い年月を生きている。若き頃には、無茶なことをしたものだ。無謀なことだった」


 自身の過去の行動を愚かなことであったと戒めながら、エルフはそれを宝物を見るように思い返していた。


 彼の口から語られたのは過去の追憶。若き頃、溢れ出る知識欲からこの森の外へと出て行った話。そこで出会った、人間の姿。彼らが作り上げようとしていた『禁術』そして、争いと封印。


「私は人間の愚かさを知った。だが同時に、他種族の、人間の良さというものを知ったのだ」


 老齢のエルフは、椅子に座る者達に視線を移していく。


「ドワーフは作る力を持つ。磨き抜かれた技術は、精巧な道具を作り出し、生活を豊かにする」


 山のような印象を持つドワーフは、髪と髭で覆われて表情が分からない。それにも関わらず、王子には彼が誇らしげに笑っているのを察した。先程まで王子は気づいていなかったが、ドワーフは首から綺麗な装飾を掛けている。王国で貴族の夫人達が、争うように身に着けていた、高価なだけの装飾とは比べ物にならない。視界に僅かに捕らえるだけで、その魅力に捕らわれそうだった。


「ビーストは戦う力を持つ。鍛え上げられた肉体は、あらゆる外敵を撃ち払い、個人で生き抜くことが出来る」


 ビーストの女は、獰猛に笑った。ビリビリと、王子の中の生物としての警報が鳴る。敵にすれば、危険であると。かつて王子に剣術を指南した師。彼の殺気でさえ、これほどに震えることはなかった。


「ホビットは愛する力を持つ。優しい心は全てを包み込み、全てを愛する。日々の生活には、幸せが満ちる」


 少女のようなホビットは、そんなことはない。と言うように、恥ずかしそうに首を振った。

 そして優しい声で、エルフの続きを繋げる。


「エルフの皆さんは、自然と調和する力を持っていますね。それは素敵なことです。私達はどうしても忘れてしまいます。自然から生まれたことも。その恵みによって生きていることも。エルフの皆さんのように、常に自然と調和することこそ、本当の意味で生きていると言うのかもしれませんね」

「ふふふ。ありがとう。やはり、私の考えは間違ってはいなかったようだ」


 朗らかな空気がこの場にいる皆を包んだ。

 王子もまた、自身の中に篭っていたドロドロとした感情が、その空気によって溶かされていった。


「そして、人間」


 老齢のエルフは、笑顔のままで王子を見る。



「人間は、進む力を持つ」


 

「進む、力?」

「そうだ。自らの望む先へと、進む力だ」


 人間は強い意思を持つ。そしてその意思に従って、自らの生き方を選択する。エルフのように、自然との調和を絶対として己の知識を高めることを目的とするわけでもなく。ドワーフのようにより良い道具を生み出すことを至高とするわけでもなく。ビーストのように、生き抜くために力を磨き続けるわけでもなく。ホビットのように、全てを愛するわけでもない。


 図れぬ種族。人間は決して、一概に語ることは出来ぬ存在。


 調和を求めることもあれば、知識を深めることもある。技術を高めることもあり、肉体を鍛えることもある。そして、誰かを愛することもある。


 自身の意思を持ち、意思に従って進む先を決める。


「それは、決して良いことではありません。進む先を間違えれば、害を与えるだけの存在へと成り下がる。自身の意思というものも、また不明瞭だ。他者の強い意志を、言葉という媒介を通して、まるで自分の意思かのように錯覚してしまうこともある。そしてそれは伝染していって、取り返しのつかない事態になる」


 それが今まさに、人間の王国の現状だ。

 王の狂気が伝染していって、王国を飲み込んでしまった。


「善があれば悪がある。良い面があれば悪い面がある。今は悪い面が出てしまっただけのこと。予想は出来ていたはずだった。だからこそ。我々は手を取り合い、お互いを見張らなければならなかった」


 懺悔をするように、エルフは手を震わせた。


「我々はこの場に集まった。今からでも遅くない。手を取り合い、人間の過ちを正すのだ。そのためには、貴方の協力が必要だ」

「願っても無いことです。だけれど、私の力はいるのでしょうか? 貴方方ならば─────」

「言ったであろう? 悪い面があれば、良い面がある」


 強い意志は、先へと他者を導く力。


「貴方には意思がある。そしてホビットにも劣らぬ優しさを持っている。貴方の進む先は、きっと光に満ち溢れているだろう」

「そんな、ことは」


 それは間違っている。愚かな自分の先は、決して輝く場所ではないはすだ。


「人間よ。その強い意志で、一つの生き方しか知らぬ、我々を導いてくれ」


 王子は自身を理解していた。

 それでも王子は、感謝と了承の返事を返すのだった。

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