一話
「おい、ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てろ!」
「え? ……ああ。すまん、すまん。ついな」
「つい、で許されたら社会問題になってねぇんだよ! 自然は汚れてねぇんだよ! ストレスは生まれねぇんだよ! 誰かが不幸になることはねぇんだよ!」
「だから悪かったって言ってるだろうが! 面倒くさいなお前!」
現在、俺はポイ捨てをしていた友人に説教をかましていた。
ポイ捨てはいけない。不法投棄はいけない。ゴミは分別して、必ず決められた日にゴミ捨て場に捨てよう。これは守らなければならないルール。社会に生きる身として当然の義務なのだ。だからポイ捨てなどをやらかす輩には、ルールを守る者として注意をしなければならない。
決して、自分のためではない。八つ当たりでもない。
「……ふぅ。これだから短気なヤツは─────」
自らの間違いを問いただされ、逆切れをしていきた友人に投げられたペットボトルを拾い、俺は近くにあるゴミ箱にそれを捨てた。
「お前がそれを言うか……」
「黙れ。自覚はしているが他人に言われると腹が立つ」
「短気な上に我が侭か。お前、本当に残念だな」
「甘い。俺はその上軟弱で打たれ弱い」
「自信満々に言うことじゃねぇよ……」
呆れ顔をする、目の前の友人。体格は良いのに顔は童顔。
川村救太という名前の、同じ学校に通うコイツは俺と大きな共通点がある。
こいつもまた、末裔なのだ。
「灯路。お前、ゴミ溜めと戦ったんだってな」
「止めろ。思い出したくない」
「うわっ、すげぇ顔。そんなに臭かったのか……?」
「───そう言えばお前、まだ戦ったことなかったな。安心しろ、想像するより遥かに臭い」
「マジか……。なぁ、その時になったら手伝ってくれたり───」
「絶対、嫌だ」
「……… 即答ですか」
末裔には担当のエリアがある。末裔はそのエリアに警戒網を張り、どんな時でも現れた魔王を倒さなければならない。
基本的に担当エリアは一人一エリアで、現れた魔王はそのエリア担当の末裔で倒さなければならないのだが、例外としてその魔王が個人での討伐が困難な場合、そのエリアにいた半世界の住人に協力を申請できる。そして魔王が現れたエリアと近く、更に担当エリアに魔王が現れておらず、二つのエリア間の移動を高速で行える末裔にも同じく協力を申請できのだ。
俺は忘れていない。一年ほど前にこいつに協力を頼んだら断られたことを。
確かに天ぷらを揚げているときは手を離せない。しかし友人と天ぷらを天秤に掛けたら普通はどちらに傾くだろうか。誰か教えてほしい。
おかげで天ぷらを見るたびに、右腕が吹き飛ぶ感覚を思い出す。まあその程度なら、よくあることなんだが。
「ああもう! あんな所にもペットボトルが捨ててある!」
「なんかお前、完全に綺麗好きだな」
俺は現在、校内の清掃活動に繰り出していた。理由は簡単。ゴミを憎んでいるからである。
あの日から俺は常に登校用の鞄にゴミ袋とゴム手袋を入れている。無論、見つけたゴミを直ぐに処分するため。更にこの学校の清掃器具には、自費で購入した俺専用の掃除用具が収納されている。そのことは生徒の大半が知っており、救太の言った通り俺は綺麗好きと認知されている。寧ろ最近は潔癖症だと言われ始めた。
しかし俺は声を大にして言いたい。あんな経験すれば潔癖症にもなる。
前にヤツと出会った経験からすれば、この突発的潔癖症はだいたい一年もすれば治るだろうが、現在はゴミや汚い所を見ると掃除をしなければ気が済まない。許すまじ、ゴミ。
「救太、お前は俺の邪魔をしたいのか、手伝いをしたいのかどっちだ?」
「どっちもする気はないな」
「なら早く担当エリアにでも行け。他のエリアに必要以上に留まるなよ」
「……酷いな。俺もこの学校の生徒なんだぞ?」
「本当はそうならないはずだったんだがな」
「それを言われると頭が痛い」
末裔は出来るだけ、その担当エリアから離れることがあってはならない。だからこそ、通う学校はそのエリア内の所に行かなければならない。就職もまた同じくエリア内であり、個人的な旅行、または他のエリアへのちょっとした買い物すら極力控えなくてはならない。
これらはあくまで出来るだけであり、絶対ではない。だが特に長い時間場所を拘束させられる学校や就職は、そのエリアに学校や個人に適応する就職先が無い限り、守らなければならないのが暗黙の了解だ。
こいつはそれを破った。学力が足りないという有り得ない理由で。
確かにこいつの担当エリア内にある唯一の高校は、今俺やこいつが通っているこの学校よりも学力レベルが結構高い。
しかしそれが許される理由には決してならないのが、末裔の中での常識。正直大変だと思うし、俺がやれと言われたらそれは情けないことにできそうに無いが、それでもこいつはやらなければならなかった。
何故か。
それはもし学校にいる間に、魔王が現れるより前に担当のエリアに行けなかったら。そのことを考えるだけで説明できる。その『もし』は、末裔としての大きな失態だ。決して起こってはいけない。
まあ、そうは言っても救太は問題を起こしたことはない。というか、こいつは末裔として上位の実力を持っている。足も速い。更に、この場所を含める俺のエリアとこいつの担当エリアは隣同士だ。魔王の予兆を察知してから、実際に現れるまでに余裕で移動が可能だろう。恐らく今後も問題なんて起きない。
けれども、悪いことは悪い。だからちょっとだけ、言い過ぎたなとか。罪悪感に包まれたりもしていない。
「んじゃ、俺は忠告通りに行くとするわ。お前もほどほどにしとけよ?」
「ゴミの根絶するまで俺は止まらない」
「けどお前、道端のエロ本まで処分してたろ? そのせいか変な誤解が生まれて、お前ムッツリスケベだと思われてるぞ?」
「────────────マジで?」
俺のムッツリスケベ説が存在する衝撃の事実を知ってから、小一時間。鉄の心を持つ俺はそんなことにもめげず、涙を流しながら掃除を続けた。現在はそれも終えて、図書室にいる。
別に俺は自分がスケベだと思われたとしても問題はない。何故か目から水分が溢れるのが止められないけれど。問題は無いのだ。
ただし。例外は存在する。
誰だって、好きな娘には良く見られたい。
図書室の常連、文月彩。眼鏡を掛けた、静かというよりもクールという言葉が似合う少女。特徴、超かわいい。何か他の男子からの評価は低いけど、マジで節穴。絶対この学校一の美少女だ。
付き合いたい。恋人になりたい。超好きだ。
もしこの娘にスケベだという認識をされたら、俺は不登校になる。
俺はいつものように鞄から一冊の本を手に取ると、室内の椅子に座って広げた。彼女の固定席である場所から遠すぎず、近すぎない場所。もっと近づきたい気持ちもあるが、残念ながら俺は彼女と友人ではない。というか彼女にとっては挨拶をする知り合い程度だろう。それに関してはしかたがない。彼女の読書姿を見るのが好きな俺が、話しかけられないのだから。気持ち悪いのは自覚している。
時間が過ぎていく。
俺は本を読んでいるのだが、気づけば彼女の顔を見ているのでなかなか話しが進まない。実はこの本を買ってから、もう一ヶ月が経っている。もともと俺は本を読まない。中学時代は夏休みの宿題で出た読書感想文に、かなり苦労したものだ。
そんな俺が現在本を手にしている理由は、言うまでも無いだろう。
沈黙の中で、本を捲る音と、時計が時間を刻む音が図書室に響く。
あっという間に、行かなければならない時間が来てしまった。
魔王は日が落ちると現れやすい。こういう俗説が半世界の住人の中で広まっている。理由はやはり、夜という時間への動物的な恐怖感だろうか。その説が事実無根だと知っていても、世界を救っている末裔としては黙ってはいられない。
その小さな不安と恐怖すら、取り除くのが末裔としての役目。だから俺達末裔は、魔王が現れる予兆が無くても夕方には半世界へパトロールに向かう。勿論奴らが現れなければただの散歩だ。その点ではリッチ達ギルドの連中と大した変わりは無いのかも知れない。しかし、意味はある。
不満があるとすれば、この時間が短くなること。とくに今の季節は日没の時間がどんどん早くなっている。清掃時間も増やしてしまったから、より短い。
俺は本をしまって図書室を出ようとする。
「───さよなら」
瞬間、耳に届く福音。女神は舞い降りた。
「さ、さよなら……」
うおぉぉぉぉおおおお!挨拶成功だぁぁぁぁああああ!
ニヤニヤが止まらない。
彼女は俺が帰るときに、たまに挨拶をしてくれる。それはかなり気まぐれで、きっと俺が帰るときが本の内容に一区切りがついた時だと、俺を認識して挨拶をしてくれるのだろう。それ以外は本に集中して気付かない。
なら俺の方から挨拶をしろよ。という話なのだが、やっぱり本に集中している彼女を邪魔したくない。そしてもし挨拶に気付かれなかったらと思うと、怖くて出来ない。なんとも自分の軟弱ぶりが恥ずかしい。
だが今はそんなことはどうだっていい。
何故なら幸せだから。
「うひひひひひひひ」
通りすがりの小学生に怖がられても、まったく気にならない。
結局俺は、LINKに付くまで終始不審者のままだった。