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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
四章 「おじいちゃんの、昔話」
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一話

「おじいちゃーん!」

「おお、おお。よう来たよう来た!」


 エルフの老人、アグレルファーは普段の厳格な教師である。

 授業においては決して表情を歪ませることはなく、私生活においても生徒が彼の笑顔を見ることは稀だ。


 だから、現在の彼を見る生徒がいれば、仰天するだろう。


 彼に駆け寄るのは、孫のフォト。まだまだ小さな少年である彼は、いわゆる男性的な特徴いうものはまるでなく、寧ろ女の子であると見間違えても仕方のない愛らしさを持ち合わせていた。彼が嫌がることは明白だが、女性の格好をしたらさぞ似合うことだろう。将来成長したとしても、似合うかもしれない。


 そんな少年が、自分の孫。笑顔で自分へと走り寄って来る。

 顔がだらしなく歪むのは、祖父としては免れないのかもしれない。


「すみません義父さん。無理を言ってしまって」

「かまわんよ。かわいい孫の頼みじゃ」


 デレデレとした顔にシワシワの手で、アグレルファーはフォトの髪を撫でる。

 エルフ特有の細い髪はサラサラ。やはり自分の髪質と似ていると、彼は再認識した。

 そして、必ず研究を完成させなければならない。そう彼は再確認した。


「おじいちゃん! あのねあのね!」

「ふふふ。フォトや、そう焦るでないぞ。じいちゃんは逃げんわい。まずは、じいちゃんの部屋に行こうか」

「はーい!」


 フォトは小さな手を上げて、明るく返事をする。


 それだけの動作が愛おしくて仕方が無く、アグレルファーは抱きしめたくなる衝動を抑えた。自分が加齢臭を発しているのは理解している。気をつけてはいるが、幼い子というものは、臭いに敏感だ。わざわざ嫌われるような迂闊な行動は取るまい。


「それじゃあ、フォトを宜しくお願いします。フォト、おじいちゃんに迷惑掛けたらいけませんよ!」

「うむ。任せておくがよい」

「分かった!」


 フォトの母は、買い物のために学校から去っていく。


 義父の頼りがいのある言葉に安心し、息子の言葉に、本当に分かっているのかしら。と不安を覚えて。


 彼女は歩きながら、何度も振り返って義父と息子の姿を確認する。何せ、彼女にとって一時的なものとはいえ、息子から離れるということは始めてのこと。息子を外の世界に出すときだって、彼女はとても不安だった。エルフは子を大切にする。つまりは親バカになりやすい。というか、殆どのエルフが子に大してはバカになる。例え信頼できる祖父の元だとしても、不安になってしまうのだ。

 

 ただ母から片時も離れたときがなかったフォトが、まるで不安を感じていないのは彼が将来大物になる予兆なのかもしれない。それとも、不安よりも好奇心の方が勝っているからだろうか。


 そんな少年の様子を心配そうに何度も確認していたエルフの若い母は、学校の校門を出たところで、観念したように真っ直ぐに歩き出した。今度は一度も振り返らずに。


「よし、フォトや。それでは行くとしよう」

「しゅっぱーつ!」


 少年フォトと、その祖父アグレルファーは、校内を歩き出した。











 魔法学準備室。アグレルファーの私室と化している場所で、二人は腰を下ろした。


 フォトはキョロキョロと顔を動かして、少しでも新しい情報を入手しようとしている。ここへ来るまでも、同じ様子だった。彼にとって、見るもの全てが新鮮なのである。


「さて、今日はどのような用事だったかのう?」

「え? あ、うん、あのねあのね!」


 声が掛けられると、我に返ったかのように体を揺らす。フォトは目を輝かせながら、祖父を見つめた。


 そして先日抱いた疑問を、祖父へとぶつける。

 

「『末裔』様って、なんなの?」 

「──────ほう」


 少年はその疑問を母へと訪ねていた。しかし、母は少年が満足いくような回答を出してはくれなかった。母の知識が足りないというわけではない。彼の母はフォトからその疑問を聞くと、少し考えた後に、明日は祖父の元に行こう。と話したのだった。


「おじいちゃんは、末裔様が、えっと、末裔じゃなかったときを、知っているんだよね?」

「まぁ、フォトの父さんや母さんも知っていると思うが」

「でも僕よりは大人だったけど、子供だったんだよね?」

「そうだの」

「だから、よく知らないんだって。だから、おじいちゃんに聞きなさいって」


 目を閉じて、アグレルファーは懐かしげな表情をする。


 あの頃は自分も若いエルフだった。ピッチピチだった。モテモテだった。そして、息子はまだまだ子供だった。髪はフッサフサだった。ああ、懐かしい。そんなことを、彼は思う。


 頭部に手で触れた。


「おじいちゃん、どうしたの?」

「い、いや何でもないわい!」


 彼は瞳から漏れそうになった何かを、必死で押さえ付けた。


「う、うむ。あの頃は、あやつらも子供で、集落で守られておったからの〜」


 思い出すのは自分の息子。即ちフォトの父。そして幼い頃から親しかった、息子の幼馴染み、つまり現在のフォトの母。


 出生率の低いエルフに、幼馴染みが出来るということは非常に珍しい。同い年となれば、それは皆無に近い。もしもそう生まれたとすれば、その殆どが親友、もしくは異性の場合は夫婦になる可能性が高い。幼い頃から必然的に一緒にいることが多くなるのだ。無理もないことだろう。


 異性の幼馴染みがいるということは、エルフにとって非常に良い傾向だ。


 その二人は早期に夫婦になる場合が多いので、つまりは子供が生まれる可能性が高まる。幼馴染みの異性の二人が出来れば、エルフという種族はその子供達を今まで以上に死力を尽くして守るのが常識である。


 アグレルファーは思い出す。過去のことを。


 あの時二人は大人のエルフによって、厳重に守られていた。監禁といっても過言ではなかった。彼らには苦労を掛けてしまったものである。反省すべき出来事だ。しかしあの時はそうするしかなかった。彼らを守るためには。そんな彼らからは、目で見て感じた本当の歴史を語ることは出来ないだろう。


「では、ワシの口から語らせてもらうかの。長いが、しっかり聞けるかい、フォトや」

「うん!」


 始まりは、『人間の王国』から。

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