十七話
「いよいよか」
「ああ、準備も完璧だよ。楽しい一日になりそうだ」
「そりゃあ、なにより。俺の担当するエリアには『ハロウィン』は来ないからな〜。残念だけど、精々俺の分まで楽しんでくれ」
「その分遅くまで、起きてなきゃいけなくなるけどな」
「別に大丈夫だろ?」
「俺は睡眠時間はしっかり取る派なんだよ」
相変わらずの我が校の我がクラス。
昼休みはやはり学生にとって、至福の時間である。毎日毎日賑やかしい。そして今日は少しだけそれが顕著だ。
学生という生き物は、常に羽目を外す機会をまるで狩人のように鋭く狙っている。イベントというものは彼らにとって格好の獲物だ。ハロウィンというイベントも、言わずもがな。しかし残念ながら、ハロウィンである明日の10月31日は、休日。
なら諦めるかというと、そんなことはなく。なら前日に楽しめばいい。という思考になるのが、学生というものだ。
つまり明日は休日であるから、休み時間に皆で騒ぐには今日のこの時はもってこいという訳だ。
「今日は空気が甘ったるいな」
学校に仮装で来るようなツワモノはいなかったが、各々市販の菓子を用意して、友人と分け合っている。中には料理の得意な女子が、手作りの菓子を披露したりもしている。完成度はまちまちだが、包丁なんて調理実習でしか持ったことのない俺からすれば、ちゃんとしたものを作れる時点で尊敬ものだ。
「そういやぁ、お前。何かあったのか?」
「は?」
クラスメイトの賑やかしい光景を眺めていると、救太が唐突に話を切り返してきた。
「なんか、明るくなった?」
「そうか?」
そんなことを言われてもよく分からない。
「うーん。まぁ、スッキリしたというか、何と言うか」
「そ、そんなに凄いのが、手に入ったのか?」
「何の話だ」
とりあえず涎を拭け。
教室内の空気が、比喩ではなく甘いまま、本日の授業は終わって放課後。
俺は今日は掃除もできないし、図書館にも行けないし、図書館にも行けないし、文月さんに会うこともできない。ようやく最近、普通に会話が続くようになっていたのに……残念でならない。
それというのも、半世界の『イベント』に向けて、準備がまだあるからである。
いや、準備は完璧なのだが、リハーサルのような当日への最終打ち合わせが行われる。これがまた長い。住人達は俺達学生のようなのだ。羽目を外す機会を虎視眈々と狙っている。そして『イベント』は格好の獲物。ただ学生と違うのは、行動力。
彼らは、限界まで楽しもうとする。それはもう、後のことを全くもって考えずに。そのための準備は余念がない。妥協を決して許さない。その分、学生よりもたちが悪い。
別に楽しむ分にはいいのだが、少しだけ手を抜いたって許されるんじゃないだろうか? 正直管理する側としては大変だから、もう少し落ち着いて楽しんでほしい。
そんなことを考える俺は、誰かが近くにいることに気が付かない。
「香木原君?」
「うおぉっふ!」
不意打ちだった。ただとても嬉しい不意打ちだ。
「ど、どうしたの文月さん?」
そう、声を掛けて下さったのは我が愛しの恋人。に、なってほしい文月さん。
今日もまた女神である。
「帰るの?」
「う、うん。今日は、用事があるから」
「そっか」
沈黙。文月さんは、何かを考えるように黙っている。
そして次に手に持っていた鞄から、可愛らしい袋を一つ取り出した。
「お菓子、食べる?」
「あ、頂きます」
手を伸ばされたので、俺は両手を差し出す。
手の平で軽い重みを感じた。
「余りもの、だけど。手作り、だけど」
「ええ?」
手作り?
「ああああああああ、あ、ありがとう!」
「そ、そう? 良かった」
手が手が手が手が震える! 震える!
手作り手作り! 手作り手作り!
文月さんの手作りぃぃぃぃいいいいいいいい!
「じゃあ、さようなら」
「ま、また来週! お、御礼するから!」
「いい。でも、また来週」
俺は彼女が去った後も、直に冷静な思考に戻ることはなかった。
それほどに予想外の出来事だった。
「うっしゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!」