十六話
感情は、一種のエネルギーだ。
だからストレスは、半世界のマナと反応して魔王になる。しかしエネルギーになる感情というのは、ストレス。つまり負の感情だけなのか。
それは違う。
人々が日々抱く幸福な感情、言い換えれば正の感情もまたエネルギー。
つまり、それもまた俺達の世界とこの半世界の繋がりを通じて流れ込み、マナと反応することがあるということ。
勿論それは魔王にはならない。幸福の結晶は、この世界に祝福を与えてくれる。
祝福の名称は『イベント』、魔王とか仰々しい名前を付けたなら、こちらにもそういった中二ワードを付ければいいのに。と、考えることもあるが……それは別にいいか。
しかしながら現代社会において、幸福な感情は溜まり難い。
少しずつ蓄積はされていくものの、ストレスほどではない。そもそも人によって幸運を感じる瞬間は違うのだから、それも仕方の無いことかもしれない。一人で本を読む落ち着いた時間に幸運を感じる人もいれば、友達沢山と集まってワイワイやる時間に幸運を感じる人もいるのである。
魔王と同じように。幸運の種類毎に祝福は存在するのだが、残念ながらそれらが形を成すことは殆どないのだ。
ただ、人々がある一つのことに対して幸運を感じるときがある。そういうときは、当然のように祝福は形となって半世界に降り注ぐ。それが、『イベント』だ。
正月や、ひな祭りや、夏祭りだったり、学園祭シーズンとかもあったりする。最近だったら、海のあるエリアではサンマの大漁だったり、山のあるエリアなら松茸の大豊作。
そして10月31日。その日にあるのが、ハロウィン。
俺達の世界では、町総勢でそれを開催する。あらゆるお店はハロウィンに相応しい装飾を施し、仮装を貸し出す店も出る。さらに、仮装をした状態で店側に『トリック・オア・トリート』と言うとお菓子が貰える上に、更なる特典として商品が割引されることもある。
子供は勿論、大人も老人も楽しめるイベントだ。
毎年このイベントは賑わいを見せ、アンケートでは来年もやってほしいと高評価である。どうやら多くの人々が幸福を感じてくれているらしく、その影響が毎年半世界にも出ているのである。『イベント』という形で。
「末裔様〜。もう少し左です〜」
「あいよ」
そのため。初めてハロウィンの『イベント』がこのエリアに表れてから、数回後。せっかくなのだから、こちらの世界でも同じような催しをしよう。という話になった。『イベント』が現れるまでの、前夜祭のようなものだ。いや、当日も行うのだから、前夜祭とは少し違うのか。
まぁ、とにかく。この世界のこのエリアもまた、真世界と同じように装飾によって華やかに彩られるのである。今日はそれの準備だ。
「ありがとうございま〜す」
「末裔様〜! こっちもお手伝いをお願いします!」
「あ、それが終わったらこっちも!」
「はいはい〜」
俺の仕事は、飛行魔法でフワフワと浮かびながら、高い場所に看板やライトなどを取り付ける作業だ。俺しか飛行魔法が使えるヤツがいない。……と、いうわけではないが、俺はその維持時間がとても長く、一定の場所に留まる技術が安定している。
なので、俺が適役なのである。別に他の仕事が出来ないわけではない。力仕事とかが苦手な訳ではない。……魔法使えば余裕だし。
良い香りが鼻孔に届いた。甘い香り。焼き菓子でも作っているのだろう。
匂いからして、絶対においしい。涎が出てきた。
パ〜パッラララ。
次は耳に心地よい音色が届いた。
我らが愛するギルド組員による、合奏である。普段のふざけた様子からは考えられないほどに、繊細で美しい音色だ。彼らは当日、この催しを盛り上げるための演奏を行う。それも町中を歩きながらだ。
その姿はちょっとしたパレード。楽器は重い。体力のある彼らだから出来ることだろう。
エリアが活気に満ちあふれている。『ハロウィン』は、もうすぐだ。