十五話
交わした言葉は少ない。いや、何も起きてはいないのだ。言葉は無かったのだ。それでも俺の心は晴れやかになっていた。
現在。俺達は再び戦闘の準備を行い、魔法による周囲の警戒を行っていた。
「妙だな。魔王の反応が複数ある」
「複数? それはまた珍しいタイプですね」
「姿が見えない。潜伏しているようだ。気をつけてくれ」
「了解です」
戦う相手は、当然魔王。
俺達が談話していた時間は長かった。しかしながら、本来ならばその程度の時間で、再び新しい魔王が現れることは殆どない。けど神那さんが担当するこのエリアは例外だ。
『橋』と呼ばれる魔法がある。
それはストレスの通り道。担当する末裔のいないエリアのストレスを、別のエリアへと移す魔法。安全なエリアを作る対価として、より多く、より強力な魔王が生まれ易くなる。俺のような半端者の末裔に、捌ききれるものではない。
神那さんのような、襲名をするほどの強さがなければ。
「───ッ!」
「そこだッ!」
手甲と脚甲。それが神那さんの救世の武器。
彼女の背後を狙った、人形の魔王。神那さんはそれを、回し蹴りによる一撃で葬った。足が空を切る音が、人間の出せる限界を確実に超えている。絶対にあの一撃は喰らいたくない。
「どうやらかなり弱い魔王のようだ。隠れるのは得意のようだが、警戒していればどうということはない」
何てことはなさそうに言うが、本当だろうか。
少なくとも、索敵魔法を全開にしている俺には魔王の居場所が分からない。そういうサポート的な魔法は俺の得意分野。それで見つからない存在とは、それだけで脅威ではないか。
「左だ!」
「うへぇ!?」
魔王が手に持っていた一本のナイフ。それが俺の首を的確に狙っていた。フードのようなもので、顔がある位置が隠れている。しかし俺には、こいつが笑ったような気がした。
突然のことに驚いた俺は、いつも使っている爆発魔法を展開。
爆風により魔王も俺も吹き飛ぶ結果となった。
命は助かったけど、とても痛い。俺はバカか。
「ハァッ!」
慌てて体勢を整えると、その間に神那さんが倒している。俺が手伝う必要はないんじゃないだろうか。寧ろ足手まといにしかなっていない。
「大丈夫か?」
「はい。めちゃめちゃ恥ずかしいですけど」
「それは良かった」
「この魔王の大本は、やっぱりアレですかね」
俺はいつぞやに見たニュースを思い出す。長らく世間を脅かしている、一つのニュース。
「ああ、『通り魔』だろうな」
怒りが沸き上がってきた。
一体犯人は、どれだけの人を脅かしているんだ。
許せない。人を傷つけることも、人を脅かすことも。
「もう一気にやっちゃいましょう」
「だが方法は?」
「いつも使っている、敵意を俺達に向ける魔法。アレを最大にして、俺を襲わせます。神那さんはそれを倒して下さい」
「───無茶をするな」
「信頼してますから」
了解を得ずに、さっさと魔法を発動。
その瞬間、俺の周囲に何十もの魔王が現れた。それら全てが、手にもったナイフを此方に向けて襲い掛かってくる。
正直予想外。あと数体だと思ってたのに。超怖いんだけど。
「はぁぁぁぁああああああああ!」
自分でやったことに速攻で後悔しつつ、助けを求めて神那さんを見ると──────────分身していた。状況が理解できない。目が飛び出るとはこのことか。
魔力の動きを感じないから、実際は分身じゃなくてただ高速で動いているだけなんだろうけど。そう錯覚してしまうって、この人はどれだけ速い速度で動いているのだろう。
ポーンポーンと、魔王が宙を舞う。
何だか少し可哀想だ。ざまぁみろ。
「ふう。少し疲れたな」
あれだけの動きをして、少しですか。そうですか。
「まったく。何と言う危険な真似をするんだ」
「すみません。でも、早く倒してしまいたかったんです」
もう二度とやりません。
「別に、魔王を倒した所で、現実の通り魔が掴まるわけではあるまい」
それは正論だが、気分の問題だ。
「はぁ、まぁいい。早く帰って、シャワーでも浴びるとしよう」
「今日はありがとうございました」
「何がだ? 手伝ってもらったのは私だ。礼を言うのは私の方だ。ありがとう、本当に助かったよ」
ああ、俺はいつになったら、この人のようになれるのだろうか。
きっとそれは、まだまだ先の話だ。
精々、努力をするとしよう。
「そういえば、そろそろあの時期だな」
「あの時期?」
「忘れたのか? ─────────ハロウィンだ」