十二話
「無事、討伐完了だな」
町の中には避難を終えて、自分の住むエリアへと戻ってくる人々が見え始めていた。
「はい。何も問題なく、大した怪我もなく終えられました」
「……灯路様。失礼ながら問題はあったかと。主に貴方の頭に」
ピピさんが友好的になってくれて、嬉しい限りである。
「さすが、と行ったところか」
「はい?」
「あれほどの巨体を、一撃で倒すほどの魔法を放てるとはな」
「いや二撃でしたけど」
「謙遜するな。君はアレを一撃で倒していたことぐらい、分かっているさ。二撃目は只の保険だったろう?」
「あ〜、いや、倒していた判断が出来なかっただけですよ」
「ふふふ。ではそういうことにしておこう」
正確には、気持ち良くなっちゃって、もっと撃ちたかっただけなんだけど。
あ、何か恥ずかしくなってきたぞ。
「あの、俺はそんな、神那さんに褒められるようなことはしていませんよ」
慌てて否定すると、目の前の女性は微笑みを崩さずに答えた。
「君は自分の実力を自覚した方がいいな。魔王を倒す魔法も凄かったが、あの魔法陣を書き上げる速度は素晴らしいの一言だ。判断するに魔法を使って魔法陣を作り出したのか? どうやら質を落とす結果になったらしいが、それでもあれほど強力な結界を作り出した。アレは君が考えたのだろう。間違いなく、これから私達末裔にとって有用な力となるだろうな」
なんだか神那さんの中での、俺の評価が妙に高い。俺は慌てて、それを否定する。
「いやいや! アレはそんなに良いものじゃありませんよ! 高い集中が必要ですし、魔力の操作も難しい。それに魔法陣を作り出す場所は動かせませんから、『女の敵』みたいに誘導をしやすい魔王じゃないと捕らえられないんですよ。だから使用場面もめちゃくちゃ限られてきます。他のドラゴンの魔法は、魔法陣が更に複雑になりますから更に時間が掛かりますし」
「ふむ。そうか」
「それに考えたのは父なんです。俺は使えるように改良しただけで……」
「考えるのと、実際に使えるのはまったく別のことだよ。机上の空論にはなんの価値もない。─────確かにゼロから一にするのは非常に困難だ。しかし、その一が存在すると証明することはもっと困難だ。君はそれを行った。誇っていい」
───────まいった。嬉しい。
尊敬する人に褒められるのは、ここまで嬉しいものなのか。
俺は落ち着かなくなって、頬を掻いた。
そんな俺の様子を見たピピは、少し笑いながら首を傾げる。
「灯路様は、照れ屋なのですか?」
「そうだよ。彼は褒められるのがとても苦手なんだ」
「いや、別にそういうわけじゃ……。というか、そう思うなら止めて下さい。そんなんだから、学校でお姉様と呼ばれたり、同性にガチ告白されるんですよ」
「────そ、そうか。以後気をつける」
文武両道、容姿端麗な神那さんは、ハキハキした物言いとそのカリスマ性で、見ている者を引き込ませる魅力を常に出している。そして親しくなった者に出す、ちょっとしたSっぽい茶目っ気。だがそれが不快ではなく、寧ろ嬉しくなる。何故なら高嶺の花のようだった人が、自分だけに見せてくれた人間味のように思えるからだ。
これでモテないはずがない。
ファンクラブはまだ序の口で、特にその茶目っ気を見やすい立場にある、女生徒は本気で恋をしてしまうことがある。というか、実際に俺は神那さんから何度も相談を受けていた。始めてその話を受けたときには、飲んでいた茶を吹き出すという、典型的に滑稽な驚き方をしてしまった。
無理も無いだろう? 開口一番に、─────同性に告白されたのだが、一体私はどうすればいいだろうか。だ。純粋だった俺は当時、同性愛というものを非現実的なものであると認識していたのだから。
目の前で腕を組みながら、反省をする神那さん。しかし何が悪かったのかは、分かってはいないだろう。いや、そもそも悪いことなど何もないのだ。だからモテている。なら彼女の真似をすれば、俺はあの娘を惚れさせることが出来るのだろうか。
少し考えて、無理だと理解する。
俺は、俺。神那さんには、なれない。
それより自分の持っているものを、磨いた方がマシだ。
ん? あ、俺何も持っていない。磨きようがないじゃん。
「はぁ……」
溜め息。それも二つ。
一つは俺で、二つ目は神那さん。
片方は負け組で、片方は勝ち組の溜め息だな。自分を嘲笑しながら、そんなことを考えると、もう一つ溜め息が漏れた。
はぁ。どうやったら、好きになってもらえるのだろう。