十一話
『女の敵』は非常にやっかいである。まず魔王自体が巨体であるということ。鉄のように頑丈な体は破壊するのが用意ではない。そしてあの手。女性の存在を察知すると、一斉に魔王の体内から現れる魔物共は数が多く、倒しても倒してもワサワサと現れる。魔王から離れられない、そして切断系の魔法に弱いという弱点はあるものの、巨体でありながら動きが速い魔王との組み合わせは強い。
本当に。奴を活性化させてしまう、女性がいる状態で戦うような相手ではないのだ。魔王の巨体だけなら、俺の爆発魔法で壊せるし動きも俺の方が速い。
しかしだからといって、今現在負ける気はしない。
相手はピピしか眼中にない、性欲だけのクズ魔王だ。そこを利用すればいい。
「うおっ! あぶねー」
「末裔様もう少しスピードを出すことは出来ませんか!?」
「が、がんばってみます」
魔王と魔物から逃げ回っているもの、意味があってのことである。
だから肩をバシバシと叩かないで下さいな。遠慮がなくなってきたのは良いことだけどね。
「しかし、一体どうしましょうか末裔様。近づくことが出来そうにありませんね」
「近づく必要はないな」
「え? いや、しかし。申し訳ございませんが、神那様から、灯路様は遠距離攻撃魔法が使えないと御聞きしておりました」
「あ〜。御恥ずかしながら。でも、正確には使えないじゃなくて、使ったら不味いからなんだよ」
「不味い、とは?」
「効く攻撃となると、手加減が出来ない」
「─────ああ、それは、不味いですね」
「だろ? だから、使える状況を作ろうかと。────んじゃ、ピピ。これから迫ってくるあの変態の手を、全部一人で何とかしてくれ」
無茶ぶり。というわけでもない。
俺が飛行魔法で避けるし、今まで俺が倒してきた分も、これまでも戦闘で恐怖心が少なくなって来た今のピピなら去なせるだろう。それに、彼女だってこのまま俺に頼る形になったら、不満が残ってしまうだろうし。
「────────はい。やります」
いい返事が聞けた。同時に背筋が寒くなる。ククの比じゃない。
戦うための野性。ビーストの、本領発揮だ。
「それじゃあ、現在より魔法陣形成開始…!」
魔法陣。それはドラゴンの魔法を、再現するための媒介。
俺が作り出している結界などの魔法は、結局はドラゴンの作り出した魔法を、俺達の力で出来る範囲で模倣したにすぎない。その効果は比較するのもおこがましいほどだ。本来のドラゴンの結界魔法は、例え俺が本気を出してしまったからといって、壊れることはない。
今回は魔法陣を使い、そんなドラゴンの結界魔法を発動させる。
勿論それ自身ではない。というかそれを発動しようと思ったら、時間が足りない。飛行魔法で魔王を避ける余裕もなくなってしまう。今回作る魔法は、あくまでその簡易番。しかしながら、この簡易版でも一度は本気の攻撃魔法ぐらいなら耐えれられるだろう。
集中。魔法陣の形は、寸分違わずに頭に叩き込んである。それを空中に描く。
通常ならば長い時間を掛けて、魔力を流しながら、細かい線でも一つ一つ丁寧に描いていく。しかし簡易版は、魔法を使う。
魔法陣を生み出すための魔法だ。
そのためには魔王と魔物の攻撃からの回避もまた、同時進行で行わなければならない。
その中で作り出された僅かな瞬間を狙って、空中に魔力を流す。焦ってはいけない。一回一回確実に、魔法陣の一部のイメージを植え付けた魔力を流して行くのだ。
この空中に設置された魔力が、魔法陣の種となる。
「はぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」
後ろからはピピの怒号。鼓膜が破けそうだ。彼女は先程まで手刀で生み出していた衝撃波を、伸びた鋭い爪全てから繰り出していた。無数の魔物が次々と切り裂かれている様子は、見ていてかなり気持ちいい。
魔法陣の種が、六割設置に成功。中々のスピード。戦闘中に行っている中では新記録だ。
「ゴゴヒョヒョヒョ!」
相変わらず魔王はこちらへと向かってくる。気付く様子はない。いや、もしかしたら気付いているがそれよりも女を追いかけることに必死なのかもしれない。
回避。設置。回避。設置。
魔法陣の完成が近づくほどに、ピピの疲労が溜まって行く。息が荒い。
「あと少しだ!」
「はいッ!」
回避。回避。設置。回避。
「ラスト─────設置ッ!」
これで魔法陣を生み出すための魔法は完成。
瞬間。設置された種は、お互いに干渉を始める。
種同士が持つ、魔法陣のイメージの欠片。それらがパズルのように紡ぎ合い、魔法陣のイメージが完成。俺はそれに魔力をもってして更に干渉。
そのイメージを利用して、魔法陣を。形成。
『偉大なるドラゴンよ。その多大なる力の一部を御貸し下さい』
発動。
魔法陣が輝く。魔法陣が、世界のマナを掻き集めているのだ。
そしてマナは自らが持つ本来のエネルギーを、形にする。
「ゴォォォォォォォ!」
魔王の悲鳴が木霊する。自らを覆う、膨大な力に怯えているのだ。逃げようとその巨体をぶつけても、ビクともしないその大きな力。例え簡易的なものだとしても、正しくドラゴンの魔法。
「ピピ。お疲れさま」
「ハァ、ハァ。ま、まだ、終わっていませんッ!」
「もう終わるよ。降りて」
地上へと近づくと、ピピは何か言いた気な顔をしながらも、俺の指示に従って杖から降りる。平静を装おうとしているが、息は荒いままだし、少しフラフラしている。彼女も自分の状態を悟って、戦闘は無理だと判断したのだろう。
「よし。じゃあ、トドメだ」
杖を手に持つ。いつもより熱く、激しく、より破壊的な爆発をイメージし、魔力にその意思を映していく。そして魔力を杖の先端に集中。魔力球を生成。多過ぎる魔力が、光を放ち始める。意思の影響が出たのか、その光は荒々しい赤色だ。
実は魔王を閉じ込めている結界。あれは少しばかり特殊なものである。
内部からはどんな物体も力も絶対に出られないけれど。──────外部からの干渉は、幾らでも受け付ける。
つまり、こちらのワン・サイド・ゲーム!
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ! 変態は爆殺だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!」
「末裔様!?」
魔力球、射出。爆発。
意外と結界が保っている。あともう一回は大丈夫そうだ。
じゃあ、再生成。射出。爆発。
「うけけけけけ! うひょひょひょひょひょぉぉぉぉおおおおお!」
ああ、やっぱり。遠距離魔法は気持ちいい。
何せ本気を出してもいいんだから!
そして何より怪我をしなくて済むんだから!
「おきょきょきょきょきょぉぉぉぉおおおおおおお!」
「末裔様! しっかりして下さい! 目が! 目が大変なことにッ!」
「ふひゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」
「神那様ぁぁぁぁああああ! 灯路様を助けて下さいぃぃぃいいい!」
ぎもちいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!