三話
再び世界に接続し、マナを供給する。
先程取り入れたマナの量では、魔王と魔物を同時に一人で相手するには圧倒的に足りない。
そもそもマナを供給する作業は、強力な集中を必要とし、その上で長い時間を掛けて行うものだ。慣れてしまえば先程のように、多少の集中と短い時間でこの世界での生活に使用する程度のマナは供給できるが、戦闘のために限界までマナを供給するにはそれが絶対不可欠。
だからこそ俺は、こうして一人でいるわけだ。
決して一緒に戦ってくれる仲間がいないというわけではない。ただ一人の方が良く集中できてより多くのマナを供給できるから、魔王とも戦い易くなるのだ。他意は無い。決して。
寧ろ仲間とか必要か? 大変じゃん。連携とか。
いちいち戦闘中に仲間の状況も把握しなきゃいけないし?
絶対に一人の方が戦い易いって。絶対。
一匹狼、マジで格好良い。
──────────────……繰り返すが、決して他意はない。
「─────────ッ」
不愉快な感覚。
末裔の警戒網が、奴らの到来を察知した。
俺はすぐさま接続を切り、スピーカーを魔法で操作。
『魔王が現れる。戦闘開始までおよそ三十秒前。ギルド組員も早く避難を』
体内にある魔力量は、俺の最大値ではない。だが、十分だ。
俺は力を練り上げる。
魔力ではない。末裔としての力。
それを、固める。
救世の武器。
そんな仰々しい名称の、末裔が持つ力の結晶。
俺のソレは、杖だ。
一見すると木で出来ているかのような、何の変哲も無い杖。勿論構成しているのは木材ではない。しかし触り心地は間違いなく木。
そんな矛盾を抱える、凄そうでまったく凄くない武器を手に、俺は魔王に立ち向かう。
『────────────ォォォォオオオオオ!』
空間が歪むような、不気味な咆哮───────魔王が現れた。
魔王。
人々から畏怖を込めてそう呼ばれる存在。
その正体は、ストレス。
社会問題型、廃棄物の増加。通称ゴミ溜め。
俺ら人間が住む、真世界。そこで人々が感じたストレス。強烈な負の感情。それらは一種のエネルギー。科学の教科書を開いても理解は出来ないだろうが、それは確固たる事実。強い思いほど、強いエネルギーとなる。
溢れるほど大きくなったエネルギーは、この世界。つまり半世界との繋がりから流れ込み、この世界にのみ存在する『マナ』に感応する。──────そしてそれらは大きなバグとなり、形をもって世界を壊そうとしてしまう。
その形こそ、即ち魔王。
目の前に現れた、ありとあらゆる廃棄物。
即ちゴミを掻き集めて生まれた、上半身だけの巨人のような魔王。こいつは真世界での社会問題である、廃棄物の増加によって人々が日夜少しずつ蓄積しているストレスの集合体だ。
不法投棄。ゴミを出す日付を間違えた、もしくは廃棄方法を間違えたことにより、ゴミ捨て場に残り続けるゴミ。烏によって巻き散らかる生ゴミ。
そんなゴミを見るだけで人々が感じるストレスもまた、この魔王の元になっている。
「………くせぇよぉぉ」
この魔王の嫌なところは、ゴミの集合体だということ。即ち異臭を常に放っている。───────つまり、クセェ。魔法による結界を張っているが、残念ながら防ぎきれていない。
「─────ォォォォオオオ!」
そして魔王に呼応するように、魔物が現れ始める。魔王の分身であるそいつらは、魔王と同じくゴミの集合体。魔王と違って野犬や烏のような形をしているが、臭いことには変わりない。
俺のやる気は絶賛下降中だ。頼むから誰かに代わって欲しい。
必死でやる気を捻り出していると、魔王と魔物が動き出した。慌てて俺は魔法を使用した。こいつらは世界を壊そうとする。だから末裔はその被害をできるだけ少なくするために、この魔法を使用しなければならない。
その魔法とは、簡単に言えば挑発。魔王や魔物に感情というものは無いに等しいが、その破壊本能は絶対的なものがある。そこを揺さぶるのだ。するとまるで親の敵を見つけたかのように、その魔法の使用者を襲い出す。
かなり危険な行為だが……まあ、世界には変えられないというやつだ。
魔王がその巨大な手で俺を薙ぎ払おうとし、魔物が俺を四方から襲いかかろうとする。俺は飛行魔法を展開。杖をサーフボードにして、魔力で作り出した空気の波に乗る。バグ共の隙間を潜り抜け、魔王の背後へと移動する。
「ぐわぁぁぁぁぁぁあああああクセぇぇぇぇええええ!」
こいつらはさほど強力なバグではない。だが、そんなことを帳消しにするぐらい臭い。鼻が曲がる程度では無い。その悪臭は脳に直撃し、顎をぶん殴られたほどに脳を揺らす。結界が無かったらと思うと恐ろしいにもほどがある。今でさえ意識が飛びそうだ。
なら遠距離から魔法で攻撃でもすれば良いわけだが、残念ながらそれは出来ない。………なんとも情けないが、俺は攻撃魔法を上手く操ることができない。使えることは出来るんだが、どうしてもその威力が大きくなり過ぎる。
───────つまり、手加減が出来ない。
そもそも俺は戦闘が嫌いだ。痛いし、辛いし、疲れるし、今は超臭い。だから本心で早く倒して戦闘を終わらせたがっている。どうもそれが魔力操作に影響しているらしい。威力を抑えようとしても、どうしても本気に近くなる。
俺の家系の末裔は、魔法の才に溢れている。無論、俺もその内。才能に任した本気の一撃は、自慢じゃないが強力だ。しかしそんな制御のできない、本気に近い攻撃魔法を遠距離から放てば、当然ながら狙いはぶれる。外れれば、守るはずの世界を逆に壊す結果になる。そうなれば本末転倒だ。
結果。俺は後衛向きの才能がありながら、戦闘において絶対に攻撃が当たる超至近距離まで接近しなければならない。という自業自得の、情けない条件を背負っているのである。
「ブッ飛べ、悪臭源!」
響く爆発音。高温と熱風が巨大な魔王の一部を破壊する。勿論爆源は俺。正確には、素早く手に持った俺の杖だ。そんなことをすれば俺も熱で体中を火傷する。そんなつもりは更々なかったが、予想はしていた。
俺はマゾヒストというわけではない。わけではないが、この攻撃方法は俺の魔王との戦闘での常套手段だ。どうせこの程度の怪我と服の損害ならすぐに魔法で治すことができる。痛いのはいやだが、戦闘が長くなるのはもっと嫌だ。
魔王の悲鳴のような声が響くと同時に、魔物が俺に襲いかかる。
だが無視だ。
俺は当たりそうな攻撃だけを避けていく。
魔物は魔王の分身のような存在だ。ストレスの大本は魔王。その大本を倒せば、魔物は自動的に消滅する。だからこそ魔物は無理に倒す必要は無い。攻撃を避けれるほどの機動力が無ければ少しずつ倒していく必要はあるが、俺はその例には入らない。攻撃魔法は散々だが、飛行魔法などの補助的な魔法なら自在に操る自信はある。
まあだからと言って、完璧に全部を避けきれるとは限らないのだが。
つまり現状俺は吹き飛んでいる。
魔物の攻撃を避けたら、その先に魔王の巨体な拳が迫ってきたのだ。ゴミ溜めはゴミの集合体だが、その中には芯がある。そしてそれがかなりの重量を持っている。だから俺はブッ飛んだわけだ。そこにぶつかる瞬間にマナの動きから予想するに、この魔王は芯が放つ引力によってゴミが集まり存在しているのだろうかと、俺は冷静に分析を実行。
ビルに盛大にぶつかった。しっかり結界装置を使用していたらしく、俺への衝撃は少なくビルの破損はガラスにヒビが入った程度だ。この位なら魔法でなんとかなるだろう。
魔物が素早い動きで追い打ちを掛けようとしている。吹き飛ばされてイラッとしていたため、超至近距離爆破で壊してやった。完全な八つ当たりだ。それによって生じた隙を狙い、魔王が俺へ急接近していた。ギリギリで回避。やっぱり八つ当たりなんていけないよ、うん。
「クソっ! 面倒くさい!」
自分の口から漏れる声が予想以上に荒い。思っている以上に異臭で苛ついているらしい。かなり、まずい。魔法はマナを供給するときと同じく、集中力を維持することが重要。曲りなりにも杖を継承している身として、多少の集中力の乱れ程度で魔法が使えなくなることは無いが、魔王を倒せるかと言えば話は別になる。
なら取る選択は一つ。速攻決着。俺の悪癖が出ている気がしてならないが、無視。
俺は体内に残る魔力を杖先に集中。変換。
魔物達に体中を傷つけられる。しかしそこは我慢。例え内蔵がドロッと出てきても、優秀な担当医様が治してくれる。あ、マジで出そうだ。ヤバイヤバイ。
高速飛行移動。
魔王に急接近、ゴミの中に入り込む。超臭い。
魔王が察知したのか動き出す。ゴミの集合体であるこいつが動くということは、今俺の周囲にあるゴミも動くということ。そのゴミの中には金属ゴミもある。つまり更に俺の体はズタズタ。
涙が出てきた。
痛いし、臭いし、最悪だ。
「だぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」
これも全てお前が悪い。バラバラになれクソ野郎。
爆音。
本日も、無事に魔王を討伐完了。