十話
「じゃあ、しっかり掴まって下さい。あ、ちょっと言い方が思い付かないんですけど、えーと。乗っていると結構股が痛いので、そこらへんは自分で何とかして下さい」
「ま、股ですか。了解しました」
何となくセクハラをしている気分になる。
「では、結界を解くぞ。頑張ってくれ」
「はい」
俺とギルド組員の女性は、現在杖に二人乗りをしている。よく映画なんかで箒に乗って、空を飛ぶような映像があるが、それを再現する形だ。因みにこの乗り方は非常に肉体的な疲労が溜まる上、股が凄く痛くなるため俺は好まない。しかし二人乗りをするならば、この乗り方しかないのだ。
ガラスが割れるように、魔王を閉じ込めていた結界が割れる。
飛行魔法を展開。直進。
「ひゅわ!?」
後ろから悲鳴が聞こえた。
ビーストの彼女のようだ。って待った。驚いたからって力を入れ過ぎないで。シャレになってないから。折れる折れる。
「ゴヒョヒョヒョ!」
近づいた俺。というか後ろに乗っている女性に気が付いた『女の敵』は、聞いていて嫌悪感しか抱かない奇声を上げる。興奮しているらしい。
「ゴヒョォォォォォォオオオオオ!」
電車の形をしていた『女の敵』は、車窓らしき場所から、男性的なゴツい無数の手を伸ばす。一つの窓から何十もの手が伸びている。そして窓の数もまた何十もある。手の数を合計するなら、間違いなく数百もの数になるはずだ。
「ヒッ!」
再び悲鳴。今度は別種の悲鳴。やはり彼女は無理をしていたらしい。
「大丈夫ですか?」
「も、問題ありません!」
「無理しなくてもいいですって」
あの手は、魔王の一部ではない。全て魔物であり、それぞれに僅かな知性が存在する。
その知性の目的は、女性への痴漢行為という最低でゲスな思考である。もしあの手に女性が捕らえられれば、トラウマどころの騒ぎではない。精神の崩壊だって招く結果になる。そのことは彼女だって散々聞かされたはずだ。怖がるのも無理は無い。
「戦わなければならないのです! 本当は、故郷は自分で守らなければ、ならないのですから!」
手、震えてるっての。
「──────────ほんと、凄いなぁ」
「え?」
この世界が半分になったのも、魔王が現れるのも、結局は『俺達』の罪。
戦うのは、当然の義務。
いや、義務ですらない。これは贖罪なのだから。
それなのに、彼女達は、戦うという。
「名前、なんですか?」
魔王が接近してくる。同時に魔物が手を伸ばす。
回避。回避。避けきれない手は、弱点である切断系の魔王を放つことで排除する。慣れない魔法だが、手加減が出来る範囲で発動したので、周囲の環境への影響は僅か。ただ問題があるとすれば、発動した手が細かい切り傷だらけになっていくことか。痛い。
「はい!? い、いま何と?」
後ろに乗っている彼女もまた、迫り来る無数の手に怯えながらも、その手を手刀て切り裂いていた。よく見ると衝撃波的なものが出ている。さすがはビースト。パワフルである。
「名前。教えて下さい」
「ピピです。ピピ・アートです!」
「あれ? お姉さんか妹さんいる?」
「はい。妹がお世話になっていますぅぅぅぅううううう!?」
「やべっ」
魔王が蛇のように体をくねらせて、正面に回り込んでいた。このままぶつかれば、ピピさんと心中である。
両腕に魔力を集中。強化、硬化、付与。
再び集中。結界の壁を形成。結界の属性は、反発。
「どすごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお、い!」
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!」
「ひやぁぁぁぁぁああああああああ!」
両手に形成した結界と、魔王が正面衝突。やってくる衝撃を、結界によって反発。そのまま魔王へと返していく。しかし途中で崩壊。瞬時に新たな結界を形成。今度はただの壁と同じ。最初の結界によって防ぎきれなかった力が壁と相殺。そして更に魔法を放つ。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」
何と言うことはない。俺が、魔王を押す力を何倍にも跳ね上げただけ。ただ魔王が俺へと向けた力は全て結界で相殺していた。つまりは力への抵抗がゼロの状態。かといって、今起こっているように、電車のような形と質量を持つ魔王を押し飛ばせるか。と言われれば信じられないかもしれないが、魔法の力は偉大であるというわけだ。
ただ代償として腕の筋肉と骨が、魔力に耐えきれずに壊れてしまった。
治癒魔法で回復をはかる。魔王は現状が理解できていない様子。
無事に回復に成功。
「末裔様! お言葉ですが戦闘に集中してください!」
「うん。ごめんなさい。というか、自己紹介も終えたところだし、ヒロって読んでくれればいいですよ? 敬語もいらないです」
「話を反らさないで下さい! そ、それに、末裔様を呼び捨てになど出来ません。寧ろ、末裔様こそ私をピピと呼び捨てて下さい。敬語も勿論不要です」
「あ〜。じゃあ、ピピ。君達はそっくりの姉妹だね」
「はい?」
俺が担当するエリアのLINKで働いている、兎族のビーストであるクク・アート。どうやら彼女はピピの妹のようだが。なるほど納得。今のやり取りが、俺がククを呼び捨てにした経緯とまったく同じである。顔もよく見れば非常に似ているじゃないか。
この世界の住人は他の種族と夫婦にはならない。ビーストも同じ。種族間で子供を作る。
ならビーストは、肉食系と草食系。またリッチの狐族やら、ピピの猫族やら、ククの兎族やらの様々な分類のようなものがあるが、それが夫婦になる。もしくは子供を作るということに関係があるかと言えば、まったくない。
それはビースト達によって些細なことであり、俺達の世界においての髪の色や肌の色。もっと砕けて言うと、血液型の違いのようなものだ。
猫族と兎族が結婚して子を生んだとして、子は猫族になることもあれば兎族になることもある。また先祖に他の遺伝子が混ざっていれば犬族や狐族にだって、なる可能性は十分にあるのだ。そもそも猫族にはライオンやら虎やら様々な種類がある。ビーストは十人十色なのだ。
しかし、昔からよく言われているように。家族は似るものだろう。後ろの彼女とククを比較すると、それがよく分かる。
「ま、末裔様! アイツが起き上がりました!」
しみじみと考え事をしていた俺の肩を、ピピはバシバシと叩いてくる。痛い。
どうやら少し遠慮がなくなったようである。
「んじゃ、第二ラウンドということで」
「ゴゴゴゴゴゴゴゴ!」
「お願いですから、他ごとを考えるのだけは止めて下さいね」
「あはは……了解」
なんで初対面の子に怒られてるんだろう、俺。
ま、俺らしいといえば俺らしいけれど。