九話
恐怖もまた心労となる。つまりは魔王へと変わる可能性となる。
珍しいケースだが、ホラー映画が怖すぎるのに流行して、魔王へと変わったこともあった。そのときの映像を見たことがあるのだが、俺には刺激が強かった。だって映画の中のお化けが生で現れてるんだぜ? 無理無理。怖すぎ。
そんな特殊なケースもあるが、恐怖が魔王へと変わる例の多くは、俺達の世界で起こる事件だ。
『女の敵』も、その一例。
どうやら最近痴漢が増えて来て問題になっているらしい。女性からすればこれは由々しき問題であるのは明白であるし、男の俺にとっても非常に怒りを覚える許しがたい問題だ。
痴漢が増えているという問題があれば、女性は電車に乗るたびに不安と恐怖を覚えてしまう。例えもう痴漢が全員捕まったとしても、恐怖の連鎖は簡単には消せない。勿論、男性としても無関係の問題ではない。電車に乗ったら、もしや自分が痴漢であるという誤解を受けてしまうかもしれない。そんなことを気にする人だっているだろう。現に冤罪は存在するのだから。
そして、その女性の恐怖と男性の恐怖はストレスとなり、魔王へと変わってしまうというわけだ。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!」
電車の形をした巨大な魔王は閉じ込められ、結界の内部を暴れ回っている。その怒声と、激しい動きは凄まじいの一言だ。魔法による防御をせずにぶつかれば、当然一撃で息の根が止まってしまうだろう。
「来てくれたか」
「はい。もちろん」
神那さんの担当するエリアは、自然が多い。
仮初めの大地であるこの世界で、自然が多いエリアということはつまり広大な戦場エリアであるということだ。生きていない木々ならば、魔法で用意に治せるのだから。
魔王を閉じ込めている結界もまた、自然が生い茂るように見えている場所にある。そして現在俺と神那さんが立つ場所は、そこから距離のある住宅街にあるビルの屋上。
「女の私では、ヤツを倒すことは難しい。何よりも彼女が戦うことを止めるのでな」
「当然です! 加藤様にあんな魔王の相手をさせるわけにはいけません!」
「……俺なら、いいの?」
「────ハッ! い、いえ。そんな訳では!」
俺の冗談に慌てているビーストの女性。
見るからに生真面目なので、何となくからかいたくなってくる。それに、彼女はどうやら肉食系猫族のビースト。肉食系は、偏見かもしれないが何と言うか。ガサツなのが多い。これは女性も含めてのことで、彼女のように神経質そうな肉食系のビーストは珍しい。
「安心してくれ。灯路君は冗談が好きなんだ」
「そ、そうですか。見抜くことができず、申し訳ございません。自分の未熟ぶりを恥じるばかりでございます」
深々と頭を下げられた。凄く体が柔らかい。頭が足に付いている。
うん。こちらこそごめんなさい。
「この失態は、行動で返したいと思います!」
「へ? どういうこと?」
「うむ。実はだな」
このエリアのギルド組員は、俺の所のバカ共と違って非常に真面目で義理深く、神那さんの殆どの戦闘において魔王の駆除に強力しているらしい。それが義務のようなものになってしまっているとか。
「うん。神那さんが羨ましいほどに、素晴らしい皆さんだと思いますけど。でも無理に手伝う必要はまったくありませんよ?」
「お褒めに預かり、光栄でございます。しかし、私は必ず末裔様の力になってみせます!」
どうやらこのエリアのギルドは、神那さんを手伝う者を順番に決めているらしく。今回は目の前の彼女の番のようで、更に久しぶりに手伝うことが出来るとのこと。もう耳をピンと立てて、見るからにやる気に満ち溢れている。
「でも、アイツだよ?」
「だだだ、だい、大丈夫であります! 末裔様のためならば、いかなる恥辱も耐えてみせます!」
体、震えてるじゃん。プルプル震えてるじゃん。
「分かるように、彼女は強情でな。言っても聞かないのだよ。私も頼んでいる立場として、更に頼みごとを重ねるのは申し訳ないのだが、彼女に君の手伝いをさせてやってくれないか?」
「お、お願いします!」
再び深々としたお辞儀。頭が足に付いている。
これだけ言われているのに、断れるはずがない。
「まぁ、いいですよ。あの変態魔王は俺にとって倒し易い相手ですし。あ、けど俺の指示には従って下さいね?」
「はい! ありがとうございます!」
またお辞儀。やっぱり体が柔らかい。
「では、久しぶりに灯路君の実力を見るとしよう」
「あまり期待せずに見てて下さいよ」
「才能ある新人を、期待を持たずに見ることは難しいな」
「それ、嫌味ですか?」
「とんでもない。君には、間違いなく才能がある」
すみませんね。才能を生かせない阿呆で。
「けど、阿呆は阿呆なりに、頑張ってみますよ」
「うむ。期待している」
だから、期待しないでって。