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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
三章 「小さな少年の、小さな疑問」
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七話

 今までの人生で、最高だった瞬間を言え。と、いう課題があったら。俺は間違いなく今この時間のことを話そうと思う。一瞬じゃねぇ。とか言われたって構うものか。


 俺は今幸せだ。好きな娘と会話をしているんだぞ? それも二人っきりで。もうどうすればいいのか。この幸福な気持ちをどうすれば他人に伝えられるのか。いや、伝えてなんかやるものか。これは俺だけの幸せだ。誰にだって渡さないぞ。


「あの本、おもしろい?」


 あの本と言われて疑問符が浮かんだが、彼女は俺が本を読んでいる所を見ており、その彼女の記憶の中で俺が読んでいる本は、一冊しかない。はずだ。少なくとも俺はこの学校で本というものを、一冊しか読んでいない。正確には一冊目の本を読んでいる最中。


 昔に書かれた、いわゆる、ファンタジー小説。


 そこにはまるで見て来たかのような、リアルな異世界の姿が書かれていた。

 

 平和な世界。平和な日常。

 ある日、そこに闇が忍び寄る。

 世界は混沌へと堕ちて行く。

 そこへ現れる、光の使者。

 彼は『勇者』と呼ばれ、世界を光へと導こうとする。


 そこまで、俺は読んでいる。


 決して長過ぎることもなく、それでいて読み難くもなく。

 非常に読者初心者にオススメな本なのは分かるのだが、読むのに長い時間を掛けてしまうので、前の内容を忘れてしまうことが多い。俺はこの本を、何度も最初から読み直しているのだった。


 俺はそのことを恥ながらも喋る。文月さんはそんな俺を聖母のような優しい目で見つめると、言葉を返してくれた。


「ゆっくりで良い。だから、読んで。とっても、オススメ」


 知っている。

 だから読んでいるんだ。


 文字を読むのは苦手だ。疲れる。だから俺は殆ど本を読まない。


 でもあの本は別。何故なら好きな人が好きな本だから。

 まるで初恋をした乙女だ。高校生男子が考える内容じゃない。


 心の中で、自分に苦笑する。


 目の前の彼女は、たまに図書室であの本を手に取る。そして、普段の落ち着いた雰囲気とは真逆の、無邪気な子供の様な笑顔を見せるのだ。


 だから知りたいと思った。彼女がそんな表情を見せる、物語を。


「彩〜! ごめん、待たせた!」


 遠くから聞こえてくる、活発的な声。きっと彼女が、文月さんと帰る友達だろう。


 ピリリリリという無機質な着信音。俺の電話からだ。


 一人の声と、一つの音はまるで合図のよう。

 残念ながら、この幸福な時間は終わりなのだと理解した。


「じゃあ、また、明日」

「あ、うん。また明日」


 文月さんは背を向けて、友達の方へと歩き始めた。


「あの、絶対に読むから!」


 使命感に駆られたのだろうか。自分でも分からない。

 気付けばその背にそう声を掛けていた。


 文月さんは、俺の言葉に振り向く。


「感想、待ってる」

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