六話
奇跡が起きている。俺は女神と会話を続けているのだ。これを奇跡と言わずに何と言う。全てに感謝を伝えたい。ありがとう。
ああ、ヤバい。これは明日には魔王が降ってくるかもしれない。
「落ち葉、多いね。大変?」
「い、いや全然! 寧ろもっと落ちろって感じ!?」
「そう。掃除、好き、なのね」
「おぉぉ、おう。昔から、好きでした」
好き。に反応した俺は、健全な男子として正しいと思います。
「私は、苦手」
「えぇ!?」
俺が!? いや、違うか。
「意外? 面倒、くさいの」
臭い!? 俺が!?
ち、違うか。どうも緊張が止まらない。
「細かいこと、苦手」
「意外かも。本とか、字、細かいし」
「本は、違うよ。作業じゃ、ない」
「そ、そっか」
深いな。うん。さすがは文月さんだ。
ちょっとだけ沈黙が生まれた。気まずくなった俺は、落ち葉を袋に詰め込む作業を再開する。緊張を続けている俺はいつもならスムーズに出来るその作業が、中々上手く出来ない。風やら何やらで袋が動いて入れにくいのだ。端から見れば俺はもの凄く格好悪いかもしれない。文月さんにそんな姿を見せたくない俺は一層焦り、更に失敗を重ねる。冷や汗が出て来た。
そんな俺を見かねたのか、文月さんはその綺麗な陶器のような手を伸ばして、袋を固定してくれた。感激と共に情けなくなった俺は、心からの感謝を伝えながらも赤くなった顔を隠すように、作業を進めた。
「えっと、今日はもう帰るの? ─────あ、いや! 邪魔だから帰れとか、そういう意味じゃないからね全然! 絶対にそれは無いから!」
文月さんは俺のヘタクソな喋りを気にしない様子で、暖色に染まった桜の木を見つめながら答える。
俺は彼女が着物を着ているのではないかと、錯覚を覚えた。
現在彼女が着ているものは勿論制服なのだが、彼女の放つ落ち着いた雰囲気が着物の雅な印象と合っているように思えたのだ。きっと彼女には、和服が似合う。ああ、来年の夏には、一緒に夏祭りに行けたらいいのに。
「待ってるの。友達」
顔をこちらに向けて、微笑む。
「帰り道は、危ないかも。だから」
ドクンと心臓が今まで以上に振動した。そうか、俺は生きているのか。と、関係のないことを考えた。それほどまでにその瞬間、思考が麻痺していた。
彼女は、俺の言ったことを受け止めてくれているのだ。
帰り道は危ないかもしれないから気をつけて。そんな親しくもない同級生からの、お節介とも思われる忠告を。彼女は今も受け止めてくれていたのだ。
嬉しい。凄く。
あれ? でもその友達って……。
『彼氏じゃね?』
うわぁぁぁぁあああああ! 止めろ陰険引きこもりドワーフ!
「あ、あ、そ、その」
「え?」
「……あ、いや」
逃げるな俺。立ち向かえ俺。まだ事実と決まったわけじゃない。
だが事実だったら? ─────いやいや! きっと事実じゃないって!
「あ、あの!」
余裕だろ俺。ただ聞くだけだぞ俺。魔王を倒すよりも非常に簡単だぞ俺。聞くだけだもん。楽勝だよ楽勝。
でも、事実だったら? ─────じ、事実じゃない! きっと!
「空手やってるなら、安全だね!」
「うん。安全」
違うだろぉ!
そうじゃないだろぉ!
ああもう『勇者』になりたい! 魔王を倒すだけで王女様と結ばれるなんて!
羨ましいにもほどがある!
ああ、駄目だ。完全に聞く機会を失った。きっと彼氏なんだ。そうなんだ。文月さんほどの美人さんなら彼氏がいない方がおかし──────────。
「女の子、なのに、凄いよね」
ッシャァァァァァアアアアアア!
あ、でも、彼氏がいないとは、分かってないじゃん。