三話
孫自慢を聞き流しつつ、たまに相づちを打つ。それでもアルさんは満足らしく、次々と話を進めて行った。そして話が何故か俺の恋愛事情へと移り始めた所で、魔法によって作られたマナの動きを感じた。
『おい、ガキ』
非常に腹の立つ声が耳に入る。低い音域を出そうとしているのだが、元から声がとても高いのでまったく迫力のない声が。オタドワーフのマリーナちゃんだ。
俺もまた魔法を使って、応答をする。
『なんだよ』
『前にテメェが買って来たゲームがつまらん。新しいのを買って来い』
『はぁ? そんなこと知るかよ』
『新しい映像を手に入れたぞ』
『──────チッ。分かったよ。買えばいいんだろ? だけどこっちだって金が無いんだ。一本だけだ。要望を言え』
マリーナは恐らくゲームの制作会社を言って、遠話を切った。その会社が作ったゲームを、何でもいいから買って来いというわけだろう。何とも適当な要望だが、これでもし俺が今まで買ってやったことのあるゲームを買って来たら、烈火の如く怒り出すのだ。非常に面倒くさい。
「まだあの性悪引きこもりドワーフと仲が良いのか」
先程までの満面の笑みが嘘のように消え去り、非常に不機嫌そうに話すのはアルさん。
性格が悪いのは疑いもない事実であるマリーナだが、アルさんはアイツが嫌いというよりも、どうやら女性のドワーフを嫌っている。
「ま、こっちとしても見返りは貰ってますし」
「ふん。さっさと縁を切ることじゃな」
その理由を俺はよく知っている。だから、これだけ嫌味な爺さんとなってしまっていても、アルさんのことを嫌いにはなれない。
男性のエルフも女性のドワーフも、毛に関する悩みを抱えていると言えば、アルさんが女性のドワーフを嫌う理由が分かるだろうか。ただしその悩みはまるで正反対の方向を向いており、N極とS極のように決して合わさることのない悩みである。
あ、これはまったく関係のない話だが。『脱毛会』と『育毛会』という二つの団体があって、それらは非常に仲が悪いらしい。
「誰かを憎んだって、体の一部にダメージが届くだけですよ?」
「だまらっしゃい!」
アルさんは机を叩く。その上に置いてあった、コーヒーカップや様々な実験道具達がカタカタと音を立てて揺れた。確か生徒達には物を大切にしろと、怒ってなかっただろうか。因に孫の写真集は完全に魔法で防御されている。無駄に高度な魔法だ。
体をプルプルと振るわせながら、真っ赤な顔でアルさんは怒声を上げる。
「奴らは決して踏み込んではならない領域へ入って来たのじゃ! 奴らだけは、奴らだけは許すことはできん! 本来有るべきものを、自らの欲のためだけに捨て去るなど……断じて許さんぞ!」
再び机を叩く。
「無駄毛の処理など! 無駄毛の処理など! 色気なんぞに目覚めおって! そもそも、無駄な毛なんて、何処にもないわぁぁぁぁぁぁああああああ!」
いいじゃん。女の子なんだし。と、思ったけど言わない。
そもそも髪は抜いてないのに、何がアンタをそこまでさせるんだ。と、思ったけど言わない。
「う、失ってしまったものは、簡単には戻ってこんのじゃー!」
だって号泣するんだもん。何も言えないさ。
「涙を拭いて下さいよ。良いことありますって」
「う、うう」
先程までは歳には似合わないほど元気だったアルさんだが、涙を流しているその姿は年相応だ。
きっとこれから後一時間は泣きながら愚痴を零すに違いない。
「ワシだって、若い頃は……」
「はいはい」
アルさんは五百年ぐらい前の話を始めた。これでもう、聞くのは何回目になるだろう。でも残念なことに、その話は非常に面白い。五割が自画自賛の話だとしても、面白い。
何せ、この世界が半分になる前の話なのだから。