二話
いい加減な魔法の説明の後、俺は実際に魔法を使ってみせ、授業は終了した。何故か分からんが、結果は高評価だ。間違いなく末裔という色眼鏡がある。喜ばれたのは素直に嬉しいけれど、何とも複雑な心境である。
「素直に喜んでおけば良いわい。まったくあのバカ共目が! ワシの授業では笑顔一つ見せんくせに……」
「まだ拗ねてるんですか、アルさん」
「ふん! じゃ」
皺だらけのじいさんが頬を膨らませてもキモいだけだ。早急に止めてほしい。
「怒りたいのはこっちなんですけどね。お陰で時間取られましたし、俺は今日は貴男に育毛剤を届けに来ただけなんですけど。この意味のない育毛剤を」
「意味はあるわい! 十年後にはフッサフサじゃわい!」
「その台詞、一体何年前から言っているんですか?」
エルフは非常に繊細な種族である。言い換えれば、凹みやすい。ストレスを溜め込み易い。その影響は毛根に顕著に現れる。つまりはエルフの男性は、非常に頭部の砂漠化が進み易い傾向にあるのである。
目の前の老人も、その例に入る。彼は教師であると共に、魔法の研究者である。彼の永遠の研究テーマは、再生。
何を、とは聞かない方が礼儀であろう。
「カツラを冠るとか、植毛とかあるだろうに」
「バカもん! あんなものは邪道。自らの髪を生やすからこそ意味があるんじゃろうが!」
凄くどうでもいい。
「じゃあもう、俺は帰るんで」
このまま会話を続ければ永遠と髪の重要性を語られるのは目に見えている。老人の話が長いのは世の常である。
「なんじゃ、茶でも飲んでいけ」
「いやですよ。また授業でも教えることにされたら堪らない」
「もう頼まんよ。生徒の人気を取られたら困るからの」
「人気なんてあったんですか?」
「これでもな。無駄に歳は喰っとらん。知識量と教える経験じゃ他の教師共には負けん」
「……人望は無いわけだ」
「ほっとけ」
何となく帰り辛くなってしまった俺は、アグレルファー縮めてアルさんの私室と化している魔法学準備室にある、パイプ椅子に座った。アルさんは二つのコップにコーヒーを入れると、その内一つを俺に渡してきた。相変わらずインスタントコーヒーである。少し位良い物を飲んでも、罰は当たらないだろうに。
渡されたコーヒーをゆっくりと飲む。高校生としては、俺はよくコーヒーを飲む方だと思う。ミルクも入れず、そのままというのは珍しい部類に入るのではないだろうか。
理由としては、俺の父さんにある。父さんの少ない趣味といえるものの一つが、コーヒーなのだ。
どこから買ってきたのかは分からないが、父さんは如何にも高そうなミル。コーヒー豆を挽く道具を何個か持っている。父さんはたまの休日に、よくそのミルを使ってコーヒーを挽き、ハンドドリップでコーヒーを楽しんでいる。
小さかった過去の俺は、父さんが楽しそうに入れたその黒い液体が、コーラよりも魅力的なものに見えたのである。─────少し飲ませてもらったら、苦くて吐き出してしまったけれど。それが悔しくて、飲めるように努力したのは恥ずかしい思い出だ。
アルさんと会話を続けながら、コーヒーを飲み進める。父さんの入れたコーヒーに比べると物足りないが、それでもおいしいコーヒーだった。
「そうじゃ、孫の写真があるんじゃよ。見たいじゃろ?」
始まった。どうせ見たくなくても見せてくるのだろう。
エルフというのは、長命な種族が住むこの世界の中でも更に長命である。五、六百年は当たり前だし、最近では千年ほど生きるご長寿エルフも増えてきたらしい。アルさんも確か七百年は生きていたはずだ。本人も年齢は確かじゃないらしいが。
そんな俺のような人間からは想像も付かないような、長い年月を生きるエルフだが、残念ながら出生率がとても低い。どうやら卵子や精子が体内で作られる頻度が非常に短く、性欲もまた、かなり少ないことが原因だそうだ。
それでも女性は一生の内に一人や二人子供を生むので、長い目で見れば別に俺達人間の出生率と変わりはないのだろうが、やはり長い時を生きる身からすれば低く感じるらしい。他の種族と接すれば、それはまた謙虚になる。
エルフ達にとって種族の中で子が生まれるということは非常に御目出度いことであり、それが身内の子だとすれば、お盆と正月が一緒に来たという表現では間違いなく足りないであろうお祭り騒ぎだ。
目の前の老人もまた同じ。それに孫というものはとても可愛いらしいので、メロメロになるのも無理はないだろう。親バカならぬジジバカでも、仕方のないことだ。
「ほれほれ。可愛いじゃろ〜」
緩みっぱなしの顔を近づけながら、アルさんは一枚の写真を見せてくる。確かに可愛い。人間換算で七歳ぐらいの、エルフの特徴である耳の尖った男の子が映っている。アルさんから聞いてはいたが、一見すると女の子と間違えそうだ。というか、間違えていただろう。目はパッチリと開いているし、睫毛も長い。将来はかなりの美男子になりそうである。
「隔世遺伝というヤツじゃろうか。ワシの子供の頃に似ての〜」
涙が出てきた。この子は将来、頭皮が寂しくなるのか。
俺は始めてアルさんの無駄だといえる研究が、役に立つようになることを祈った。