二話
俺は鍵を開け、扉を開いて個室から出た。
「あ、末裔様。いらっしゃいませ~」
「スペシャルサンドイッチ、よろしく。テイクアウトで」
「かしこまりました~」
ビーストの店員にちょうど会ったので、この店の看板メニューを一つ頼んでおく。その味を思い出して、口の中に涎が溢れた。殆ど毎日食べているが飽きることはない。寧ろ食べれば食べるほどに嵌って行っている気がする。虜の魔法でも掛けたのではないかと疑ってしまうほどだ。
個室のあった場所から移動すると、やはり此方側もこの店は賑わっているのだと実感した。店内に置かれた席は様々な種族の住民で埋まっており、空席を探すのが大変だ。
「お待たせしました~。スペシャルサンドイッチで~す」
「ん。ありがとう」
お金を払って、待望のサンドイッチを受け取る。
我慢できなかったので、行儀は悪いがその場で一つ、口にした。
「───至福」
挟んである具材はいたってシンプルだ。レタスにハム。薄い卵焼き。そして特製のソース。食べる前に見た目で判断すれば、大体の味の想像がつく。しかし実際に口にして見るとその想像との違いに驚く。もちろん、良い意味で。
俺は口をモグモグと動かして、広がる幸せを堪能しながら出口へ向かう。
「あ、末裔様だ〜。こんにちわ〜」
「お〜。こんにちわ」
途中、店内にいる客から挨拶をされたので手を振りながら返していく。客はとても多いので少し面倒に感じる所も無いと言えば嘘になるが、まぁこれも有名税というかなんというか。面倒という気持ち以上に嬉しいし、ありがたいことだ。
店から出ると、そこには店から入った時と同じ光景が映っていた。当たり前と言えば当たり前だが、異世界に来ているわけだから初めてここへ来たときにガッカリしたのも仕方の無いことだろう。
そんなふうに過去を思い出していると、店内のときと同じように通行人からの挨拶ラッシュが始まる。
ビースト、エルフ、ドワーフ、ビースト、ビースト、ドワーフ、ホビット。
そして友人のビースト。その後ろにその他数名。
「お〜。末裔様、お元気か〜い」
集団の先頭に立つ、糸目の男に狐の耳と尻尾と髭を付けたようなヤツ。
俺の友人、というか悪友なそいつの名前は、リッチ・クルークス。
肉食系、狐族のビースト。
「元気だよ。お前らは相変わらずフラフラしてんのか?」
「酷いな〜。僕達はフラフラしてるんじゃなくて、パトロールをしてるんだよ」
そんなリッチの言葉を切っ掛けに、そうだそうだと背後にいる連中が騒ぎだす。正直鬱陶しい。どうやらこいつらにとって、平日に町を歩き回って綺麗な女性をお茶に誘うのがパトロールみたいだ。
「………そんなんだから『ギルド』はただの遊び人集団だ。なんて、批判されるんだよ」
「しかたがないさ〜。賢人の考えは凡人には分からずってね〜」
「ひゅ〜。その通りだぜリッちゃ〜ん」
「リッちゃん最高〜!」
「ギルド最高〜!」
リッちゃん! ギルド! リッちゃん! ギルド! と、バカ騒ぎ。
仕舞にはリッチの胴上げが始まりやがった。俺の忠告は完全に逆効果になっている。
周りの通行人からの、こいつらを早くなんとかしてくれ。という視線が痛い。だがそんなことは俺が一番悩んでいることだ。確かに俺はこの半世界を救う末裔様なんてやっているが、残念ながらバカを治すことなんて出来やしない。
バカは死んだら治るというのなら一方通行な解決策は見えてくるが、さすがにそんなことは出来ない。というより、どうせこいつらのバカは死んでも治らないだろう。
「──────お前らなぁぁぁ」
そろそろ本気で説教でもしようか。このバカ共が。
そんなことを考えた瞬間。まるで神様がそんなことは無駄だ。と一括するように、魔法で編んだ俺の警戒網にソレが引っかかる。
「おい。仕事の時間だぞ、お前ら」
気持ちを切り替えて、出来るだけ声に力を込めて目の前のバカ達に告げる。
残念ながら高校生の若造の声に凄みが出ることは無いが、それでも緩んだ日常の空気を霧散させることには成功したようで、リッチを含むギルド達の顔つきが変わった。
それを確認して、俺は世界に『接続』する。
自分が大きな何かに、溶け込んでいくような感覚が訪れる。それはとても温かい感覚だ。
俺は呼吸をするように、『マナ』を体内の器へ取り込んだ。
接続を解除。
続いて体内に取り込んだマナ、即ち魔力を使用して警戒網を更に拡大させ、ソレの詳細な情報を掻き集める。頭の中にスルスルと呆気なく情報が入ってくるのは気持ちが悪いが、そこは我慢だ。
「──────うげぇぇぇ。『ゴミ溜め』だぁぁぁぁ…」
「うわぁぁ」
「末裔様、どんまい………」
入ってきた情報に、俺は膝から崩れ落ちた。口から零れたその情報に、リッチやギルドの組員、更には俺達の会話から状況を察していた通行人たちからも、慰めと励ましの言葉を頂くことになった。
「───頼む、手伝ってくれ」
「それは無理」
軽く涙目な俺の頼みは、バッサリと切られた。
その場にいる全員が声を揃えて。酷いにもほどがある。俺が同じ立場だったら絶対に断るけど。
「───ちくしょう……。やってやんよ!」
まだ残っているスペシャルサンドイッチは通行人の中にいた子供へプレゼント。残念ながらもう今日はそれをおいしく頂くことは出来ない。
俺は魔力を放出して、このエリア内の各所にあるドワーフ製のスピーカーに干渉し、操作を開始する。
『えー、皆さんこんにちは。このエリアの担当末裔、香木原灯路でございます。えー、避難勧告でございます。魔王が現れますので、直ちに最寄の魔王対策避難用転移魔法陣を利用しての避難をお願いします』
長くなるので、コホンと一咳。
『繰り替えします。魔王が現れますので、最寄の魔王対策避難用転移魔法陣を利用しての避難をお願いします。えー、魔王はいつもどおり私が責任を持って倒しますのでご心配なく。皆さんの尊い命を確実にお守りします。えー、しかし建造物等のエリア内の物体における無事までは保障をしかねますので、ご了承下さい。確実に壊したく無い物がある方は、避難の前に必ず結界装置のスイッチを、お付けになるようにして下さい』
後は何を言わなければならないんだっけ? 魔王が現れるたびに繰り返しているけれど、どうも慣れない。
『えー、そして。貴重品は必ずお忘れにならないように、個人の物は個人で携帯して下さい。えー、皆さんは盗むという行為は行いませんが、同じ種類の物の所有者が分からず、トラブルになることがあります。それを避けるために、貴重品は必ず携帯して下さい。えー、何か分からないことや問題が生じた場合、係りのギルド組員へご相談下さい』
うん。これでアナウンスは完璧だ。
『───えーっと、これは個人的なことですが、今回の魔王は『ゴミ溜め』なので、協力してくれる人がいると嬉しいなぁ~? というか協力して下さいマジで。待ってますから! お願いします!』
操作を切る。周囲を見渡すと、リッチ達ギルド組員達が避難する人々を誘導していた。
避難する人々を含め、全員俺と目を合わそうとしない。
LINKで親しげに挨拶をしてくれた人も、昔避難に遅れて魔物にやられてしまいそうになった所を俺が颯爽と助けた人も、絶対に俺と目を合わそうとしない。
試しに避難する人々の波に近寄ってみた。まるで斥力を受けたかのように、グニャリとその波が曲がった。
俺を避けるように。ハッハッハー、避難するのは俺からじゃないぞ〜。
「………」
俺は魔法による高速移動で波の中に突入。知り合いのエルフの顔を掴んで無理やり目を合わせようとした。
「ねえねぇ~。僕の魔王退治を手伝ってくれないかなぁ~?」
「…………」
エルフの顔は全く動かない。俺から目を反らしたまま、完全に不動だ。まるで山を動かそうとしているが如し。表情筋すら欠片も動かない。
「ねえねぇ~。君と君の彼女のキューピットになったのは誰だったかな~? ほら、言ってごらん?」
「………………」
ちっ。これは駄目だ。
俺は次の獲物へ狙いを定め、一瞬で捕獲。
「ねえねぇ~。君が魔法を上手く使えなくて苛められていたとき、君に魔法を教えることで苛めっ子を見返すきっかけを作ってあげたのは誰だったかな~? ほら、言ってごらん?」
「…………………」
こ、こいつも駄目だ。
俺が次の獲物を探そうと周囲を見渡すと、歩いて避難していた人々が、全力疾走になっていた。魔法まで使用している物までいやがった。
「ちょっ! お前らそんなに嫌か!? そんなに嫌なのか!?」
先程捕まえたヤツもまた、俺が驚いているときに逃げ出した。
その瞬間に耳に届いた、あっ……。という情けない声は誰が出したんだろうか。周りには俺しかいないはずなのだが。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉおおおおお! お前らなんかだいッ嫌いだぁぁぁぁあああ! 良いよ! 一人で倒すよ! 最初っからそのつもりだったし! 一人でも超余裕だし! 別に仲間とかいらねぇしぃぃぃいい!」
自らの鼓舞のため勇ましい雄叫びを挙げ、俺は魔王が現れる予想地点まで走り出す。
別に涙なんか流していない。