十話
日本人の女性にとって永遠の悩みと言えば、やはり体重の問題だろうか。
男の俺にとっては非常に理解し辛い問題であり、一キロや二キロ程度変わったとしても見た目にさしたる違いはないだろう。減量中のボクサーか。と言いたくはなるが、女性は複雑なのだろう。
女性はダイエットをする。それも本格的なものではなく、今ダイエット中なんだ〜。と言いながらお菓子を食べるのを我慢したりする程度の。勿論成功なんてしない。そしてストレスが蓄積するのである。
そもそも肉付きが良い方が健康には良いだろうに。必要のないダイエット、それも無意味なダイエットをすればストレスが溜まるのは当然だ。ただ日本人の女性が世界に比べて比較的痩せている、寧ろ痩せ過ぎているのが原因なのかは知らないが、そのストレスは比較的微々たるものである。しかし勿論それは確かに存在し、何かの切っ掛けを待っている。
その切っ掛けが、秋。即ち、食欲の秋である。
秋は太りやすい。上手い食べ物が多いのもあるが、生物として来るべき冬に向けて栄養を溜め込もうとしているのも、原因としてあるかもしれない。まぁ真実かどうかは俺は知らないが、女性陣はそれを察知しているのだろう。そして殆どの女性が、理解をしながら食事の魅力に負けてしまうのである。そして思う。
太ったのは、全て秋が悪い。
それが後押しとなり、一年間に蓄積されてきたダイエットによるストレスが集結。マナと感応。結果、魔王顕現。というわけだ。
もちろん秋になる前にストレスが一定量蓄積すれば、それは魔王となり、秋に現れる可能性がとても少なくなる。しかし、救太の担当していたエリアでこれまでにそれは現れることはなく、季節型、食欲の秋。通称『食べ過ぎ』として現れてしまった。
ストレスの強さは魔王の出現頻度に比例する。
魔王の強さはストレスの蓄積時間に比例する。
これは俗説のようなものなのだが、比較的事実と合致している。
魔王が現れるには同種のストレスが一定量蓄積することが条件なのだが、その一定量というのを一つのゲージと比喩する。ゲージが溜まれば魔王が出現と考える。
俺達の世界で集団的に強力なストレスが発生すると、そのゲージは一瞬にして溜まり、魔王へと変わる。ならそのゲージ以上の、そのゲージから溢れたストレスがあればどうなるか。それはもう一本の新しいゲージへと溜まって行くのだ。つまり、強いストレスがあるほど、ゲージは早く溜まっていく。
後者の説については具体的な説明が出来るわけではない。ただ長年の実感として、この説が生まれた。突貫工事で作られた建物より、じっくりと設計図から練られた建物の方が耐久性は当然高い。それと同じように、魔王もまた一からじっくりと育った方が強くなるのかもしれない。たいした説得力のある説明は出来ないが、事実として時を掛けて生まれた魔王は強い。
つまり、『食べ過ぎ』は強い。
一流とは口にすることも出来ない、俺や救太では一人では倒せないほどに。
「キキキキ!」
秋茄子にさつま芋。サンマに松茸。そんな秋の味覚達に非常に形状が似ている魔物達が俺に襲いかかる。ただ形状が似ているだけで、食欲は一切湧かない。眼球も巨大な牙を持つ口も持ち、涎をダラダラと垂れ流しながら襲いかかってくる生物に、食欲が湧く者がいたら是非とも教えてほしい。
立ち並ぶ住宅やマンションの屋根を跳び回り、奴らの攻撃を避けながら走る。数がとても多く、動きも素早い。
『まだかよ灯路!?』
『今向かってるっての! 魔物の数がいつもより多いんだ!』
『ああ、それはあれじゃないか!? 計るだけダイエットがプチ流行しただろ!』
『それだ畜生!』
流行というのは怖い。流行ならば、ちょっとやってみようという気になる。そしてろくに方法も調べずに決行して、失敗し、ストレスを溜めるのだ。そのダイエット法が悪いというわけではないが、非常に、迷惑な話である。
先程の比喩だが、ゲージに溜まるのは同種のストレス。
ダイエットという基礎を含んだストレスならばどんなストレスでも溜まる。そして、混ざるストレスが少量だと意味はなくなるがそのストレスの種類が多ければ多いほど、ストレス同士が複雑に絡み合いより強力な魔王になる。ダイエットは様々な方法があるので只でさえ強力になりやすいのに、流行なんてなれば、失敗してストレスを感じる女性が多くなってしまう。困ったものだ。
走り続けた俺の視界に、一人の男と、巨大な球体。そして無数の点が映り込む。
男は川村救太。救世の武器である二本の巨大な大剣を両手に持ち、無数の点に見える小さな魔物達を切り裂いている。どうやら巨大な球体の形状をしている魔王に近づきたいが、魔物が多すぎて近づくことが困難のようだ。
『ようやく見えたぞ!』
『よし! 一旦体勢を立て直す。結界を張るからぶち噛ませぇぇぇええええ!』
魔力反応を確認。救太の周囲に強力な結界が形成されていく。
俺はニヤリと笑った。溢れ出す興奮を隠せない。
牽制とはいえ、攻撃的な遠距離魔法を使うのは久しぶりだ。
「うらぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
魔力を杖の先端に集中。凝固。熱、光エネルギーに変換。
射出。発動。
音は無い。あくまで牽制。夜の暗闇に、まるで太陽が現れたかのような光が吹き出していた。魔王に眼球は存在していないものの、魔物の目にはかなりの被害を与えてやっただろう。同時に熱も混ぜたから、多少はダメージになっているはずだ。
『熱いぃぃぃぃぃいいいいいいい! そして目がぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!』
問題は、味方のダメージの方が大きかったということだろうか。