七話
「じゃ〜、僕達はそろそろ帰るよ〜」
「ククちゃんバイバイ!」
「今日はごめんね、ククちゃん。明日も来るから、また明日。あ、あと末裔様も」
「店長さんもご迷惑をお掛けしました〜」
迷惑行為をたびたび繰り返し、町の安全を守る我らが親愛なるギルド組員は、ククが作ったという店のメニューをたらふく食べると満足したかのように去っていった。
どうやら明日も迷惑を掛けにく来るらしい。さすがに店内で今日のようなバカ騒ぎはもうしないだろうが、この店の店長と店員は気が気じゃないだろう。
純粋なクク以外の、従業員達のため息が聞こえた気がした。
「本当に、元気な方々ですね」
「元気というか、バカなんだよ。ククもよく理解して対応した方がいい」
彼女も大変だ。これから毎日のように彼らの対応係を任されるだろう。他のウェイトレスでは、苛立って接客にならないだろうから。
「じゃあ、俺も帰るとするかな。腹も空いたし」
俺には母さんが夕飯を作ってくれている。そのためギルド組員が上手そうに食べているのを、羨ましそうに見ているしかなかった。これまで何度腹の虫が鳴ったことか。
「末裔様。今日はありがとうございました。明日からは、ご心配を掛けないように、しっかりと働きます」
ククは深々と、俺に向かってお辞儀をする。その拍子、俺に近づいた彼女の耳に触りたくなったのを必死で抑えたのは内緒だ。ビーストの耳と尻尾を触るのはとても失礼に当たるのである。
頭を上げて笑顔でこちらを見るククに、俺もまた自然と笑顔になった。決して、後ろめたくなったから、笑って誤摩化しているわけではない。
「うん。他のエリアの実家から通うのは、結構大変だと思うけど、頑張ってね」
「はいッ!」
元気な娘である。きっとこの店の看板娘になるだろうな。
自分よりも年上な女性に対して、俺はまるで父にでもなったかのような考えを巡らせながら、俺は店の奥へと進んだ。
末裔にしか入ることができない個室へと入り、扉の鍵を閉めて、集中。
この世界と、俺達の世界は繋がっている。
そしてその繋がりを作ったのは、俺達の祖先。だからこそ、末裔である俺達はその繋がりを通ることが出来る。
分かるのだ。大きな大きな、繋がりを。
こればかりは、説明するのが難しい。まるで体の一部かのように、俺とその繋がりはとても近くにある。そしてその繋がりは、普段は鍵の掛かった扉で隔ててしまっているけれど、本来は筒抜けなんだ。
現に鍵を開けて、扉を開く。そうすればすぐそこに繋がりがある。
そして俺は扉の中に入る。二つある流れの、片方に身を任せる。
すると、そこへ、近づいて行くのが分かる。俺達の、本来の世界へ。
繋がった。俺の存在と、俺達の世界が、繋がった。
そう理解した瞬間。世界は変わっている。
個室。先程までと、同じ光景。
そこから出る扉の鍵を開けて、扉を開く。
「あ、お疲れ様です」
俺に声を掛けてくれたのは、俺と同じ、人間の店員。
「今日は、何もありませんでしたけどね」
苦笑をすると、それは良かった。と店員も笑い返してくれる。俺はそうですねと、頷いた。
店の出口までの通り道にある談話エリアには、こちらも多くの客がいた。
勿論獣の耳や尻尾を付けた者はいないし、耳が尖った者も、ヒゲがとても長い者も、身長がとても低い者も当然いない。小さな姿を見かけたが、それはきっと親につられてやってきた子供の姿なのだろう。
「ありがとうございました」
自動ドアを通ると、想像していたよりも冷たい空気が体を突き抜けた。
思わず驚きの声を上げてしまったのは、仕方のないことだろう。
少し寒い思いをしながら帰路につくと、途中で大きな音楽を流しながら、何かを大々的に宣伝している店があった。どうやら俺が少し前にやっていた、俺としてはエンディングが気に入らなかったゲームの続編らしい。興味が湧いたので、店内のテレビに映る宣伝用の映像を見る。
ストーリーも世界観も違うものの、やはり超王道のファンタジー。
剣と魔法で、魔王を倒す。
「ねぇ。魔法を使えるなら、何がしたい?」
声が聞こえた。自分に聞かれたのかと思ったが、近くに同じように映像を見ているカップルがいた。声は女性のものだったから、彼氏にその質問を投げかけたのだろう。
「ん〜。特に思いつかない」
「夢がないな〜」
カップルは笑い合うと、何処かへ消えていった。
俺の中には、先程の質問が、何となく残っていた。
「魔法を、使えるなら」
俺は魔法を使える。マナの存在する半世界限定であるが、確かに魔法を使えるのだ。
「何を、したいか?」
願いを叶えられるなら何を願うか。ではなく、魔法を使えるなら何をしたいか。
それは先程のカップルにとっては同じ意味だとしても、俺にとっては全く違う。
『魔法使い』の末裔である俺は、大概の魔法を使うことが出来る。
ただ攻撃の魔法になると手加減が出来なくなってしまうから使わないだけで、使おうとすれば、使える。さらに特殊な魔法を除き、『上位エネルギーである魔力の下位エネルギーへの変換』という魔法の概念を超えさえしなければ、とても大変だが現存しない魔法を作り出すことも可能。
よって大体のことは出来る。──────普通の人間から見れば、これは『願いを叶えられる』に等しいだろう。
でも俺にとって、魔法は『願いを叶えられるもの』ではなかった。
ただの手段。人間としては究極の神秘であるはずの魔法は、魔王を倒すための手段でしかなかった。そもそも魔法は魔王を倒すために使うものなのだから、何に使うと考える方がおかしいのだ。
願いを叶えられるなら何を願うか。
流れ星に願いを言うとその願いが叶うとして、そしたら俺は迷わず、流れ星に願うだろう。
『魔王なんか現れなくなってほしい』と。
そうすれば半世界の住人が安全に暮らせる。そして俺は、魔王と戦うのが嫌だ。痛いし、辛いし、苦しい。もう二度と戦いたくはない。
流れ星が見つからないのなら、俺は人生を掛けてでも流れ星を探し出して、願いを叶えてみせる。
この考えを持つ俺は、とても愚かに見えるのだろうか。いや、そもそも魔法で『魔王を二度と現れなくする』ことは不可能なのだから、前提からして違う。
しかし、もしも、魔法で俺の願いを叶えることが出来るなら。
普通の人間から見れば、願いを叶える手段を持ちながら、別の手段を探しているのだ。既に願いを手にしながら、必死で願いを探しているのだ。それを愚かと言わずして何と言うのか。
そして俺は今、戦いたくないと願いながら、願いを武器にして、戦っていることになるのだ。
「寒ッ!」
店から暖房による暖かい風が来るものの、体は冷えきってしまったらしい。
携帯で時間を確認すると、俺は実に一時間もの間、一カ所に突っ立っていたのだ。周りから見れば、かなり危ない学生だろう。
俺は体を縮めながら、家への道を再び歩き始めた。