六話
LINKの店内には、客の需要に合わせて精読エリアと談話エリアが存在する。
喫茶店として友人や家族との談話を楽しみたい客には、談話エリアに案内。そして読者喫茶であるからには、黙々と静かに本を楽しみたいという客も多く、そんな彼らは防音機能のある壁を一枚隔てた精読エリアに案内することで、どちらのお客様にも不快感なく寛いで頂くことができる。何ともよく出来た店である。
ククによる説教によって反省をしたギルド組員。彼らは反省の意を証して店内から退出する、ことはなく。迷惑は掛けないからと土下座をしてまで現在も客として談話エリアに居座り続けている。
そして不安なが残る俺もまた、見張りのために店内にいるのだった。
「まったく。そろそろ夕飯の時間だというのに……」
「なら帰ればいいじゃないですか」
「そうだ〜。帰れ〜」
帰、れ。帰、れ。帰、れ。帰、れ。
俺の安易な発言によって、水を得てしまったバカどもは、合唱を始めやがった。しかし、ククが怖いのか声はとても慎ましい。ならやるな。
「大丈夫ですよ末裔様。ちょっとギルドの違いに狼狽えてしまいましたけど、私もプロです! 今度はしっかりと対応して見せます!」
やる気に満ち溢れているククは、長い耳をピンッと立てる。この原因が、俺がただ一言、頑張って。と言っただけなのだから、複雑な心境である。
どうも彼女は末裔というものに、かなりの尊敬の念を抱いているらしい。
この世界の住人は末裔を英雄視する者が多い。というか、大半がそうだが彼女はよりそれが顕著だ。決して妄信という所まではいってはいないが、俺が何か真実味のあるほら話を披露し、それは真実であると言えば、彼女は比較的簡単に騙されてしまうのではないだろうか。勿論、そんなことはしないが。
ギルド組員のバカ共と俺の、非常にくだけた会話にも驚いていたほどだ。彼女は、先程溢れ出していた野性をこちらが忘れるほどに、慌てていたのだから。どうやら俺がいつ怒り出すか心配だったらしい。
彼らと俺の関係性は俺も結構気に入っているということ。そして、いくら魔王の駆除をしているからといって特別視も気を使う必要もない。バカ共と同じような態度でも別段構わない。という旨を伝えたことで安心はしてもらったものの、それでも彼女は俺への高尚な存在と接しているかのような態度を変えない。いくらか手を尽くしたが、逆に俺が彼女の名前を呼び捨てにしている始末だった。
だって、末裔様は凄いですから!
満面の笑みで、瞳を輝かせながら言われては、俺としてもありがとうとしか言えない。裏切るようで忍びないが、これはもう時間をかけて、俺がいかに駄目なのかを理解して頂くしかないだろう。
「覚悟しておけ」
「はい! 辛くなっても、頑張ってお仕事をします!」
何か違う気がするけど、まあ良いか。
しかし神那さんは、やはり住民からの尊敬を集めているのか。
本人はもちろん嫌がっているだろうけど、それも仕方のないものなのかもしれない。
誰かの前に立ち、背中を見せれる人は確かに存在しているのだ。
後ろを歩きたいと思う、大きな背中。
人はそれを、カリスマと呼ぶのかもしれない。
俺には絶対に手に入れられないものの、一つだ。
「な〜に、落ちこんでるんですか〜?」
声を掛けて来たのは、ニヤニヤと笑う友人リッチ。
「何のことだ」
「またまた。分かりやすいな〜」
その言葉を歯止めに馬鹿共は俺への集中砲火を開始した。
「ああ、分かりやすいな」
「凄く分かりやすい」
「寧ろ全てが顔に出ている」
「つまりは感情を隠す脳がない?」
「そうか! 末裔様は、おバカ様だったのだ!」
おバカ様! おバカ様! おバカ様!
「だぁぁぁあああああ! お前らだけにはバカとは言われたくねぇぇぇええええ!」
「うるさっ。ここ店内なんですけど……」
「常識で考えれば分かりますよね。迷惑だって」
「はぁ、情けない」
「店内にお越しの皆様。末裔様に変わりまして、不肖リッチが謝罪を申し上げます。誠に、申し訳ございませんでした。二度とこのようなことがないように、十分注意をしておきますので、この場はお怒りを御納め下さいませ」
こ、この野郎どもが…………。
「あ、あの、末裔様ッ! 私は末裔様はバカじゃないと思います!」
「───────────────────……ありがとう」
凄く的外れだけど、心は安らぎました。
半殺しじゃなくて三分の一殺しぐらいにしておきます。
「末裔様〜」
「あぁん?」
「僕らは、毎日が楽しいよ?」
バカ共は、全員揃って俺に向かって厭らしい笑みを浮かべる。
「──────────はっ」
そりゃあそんだけ好き勝手やれば、楽しいだろうよ。
俺は悪友達を、鼻で笑ってやった。