五話
「L・O・V・E、ククちゃん! フ〜ッ!」
「や、やめて下さい! 他のお客さんの迷惑になりますから! やめて下さい!」
ベティやゴブリン三人娘。そしてミタとマリーに別れを告げ、帰宅をしようとLINKに入った俺の目に入って来たもの。それは仮にも半世界の市民のためという大義名分を掲げた組織であるギルドが、有ろうことかその市民に迷惑を掛けている姿であった。
具体的には一人の女性店員を男達で囲って、求愛行為を行っている。
────頭が痛い。爆殺でもしてやろうか?
そんなことを思ってしまった俺は、決して悪くないはずだ。
「お前らぁぁ! 何やってんだ!」
「やべッ! 末裔様だ!」
ギルドの組員達は俺の怒声を聞くと、教師に見つけられた素行の悪い生徒のように焦り出す。年齢的にはお前らの方が圧倒的に上だろうに。
「リッちゃん! 助けてくれ!」
彼らが助けを求めるのは、彼らのリーダー的な存在である俺の友人リッチ・クルークス。しかしどうやら彼は手を伸ばす気はないようで、相変わらずの笑顔で容赦なく言い放った。
「だから今日はやり過ぎだから、この辺にした方が良いって、言ったじゃないですか〜。さすがに今回は僕らの自業自得というやつだよね〜」
「そ、そんなッ!」
そして彼らには絶望という名の俺が忍び寄るわけだ。
「正座ぁぁぁぁぁああああああ!」
「すいませんッしたぁぁぁぁあああああ!」
時間にして三十分ほど。やり過ぎたギルドの組員。そして責任者的な立場であるリッチに俺は無言の正座を強要した。リッチは一応注意はしたらしいが、最初の段階で組員を煽ったのは事実。反省してもらわなければ困る。
「あ、あの。私は別に、気にしてませんので……」
俺に話しかけてくるのはことの発端というか、完全な被害者である、ギルド組員による求愛行為を受けていた女性。
雪みたいに白い髪と肌に、ルビーのような赤い瞳。兎族であることを証明する、頭から生えた長い耳と、形のいいお尻から生えた小さな丸い尻尾。クク・アートと言う名前の草食系ビーストの彼女は、最近このエリアに転勤となったLINKの店員さんだそうで。
正座をしているバカ共の話を聞くと、ビーストの中でこの可愛らしい彼女は少し噂になっていたらしい。そこで首謀者であるリッチが、己の欲に忠実に従った結果。パトワールという名目の遊び歩きの最中。何故か、たまたま、彼女が働いている店の近くに来た。それならせっかくだから、見に行こうじゃないか。という話になったらしい。
そしてビーストが多くを占めるリッチ率いるギルド組員達は、彼の意見に多数決で可決。店内に入ってみれば、それはそれは可愛らしい店員がいるではないか!
これはもう声を掛けるしかない。
組員の中のビーストがやる気を出し、いつものノリで他の種族の組員も、興味はないがおもしろそうなのでそれに乗っかる。最初の方はリッチも楽しんでいたのだが、ビーストの組員達が割と本気を出しており、冷静になったときには収集が付かなくなっていた。その結果、店の迷惑も考えずに、いつも以上の馬鹿騒ぎになってしまったのだ。
「いや、ククさんは被害者なんだからもっと怒ってもいいんですよ。それに、さすがに今回のはやり過ぎでした。反省してもらわなければ困ります。──────どうせ、また何かやらかすでしょうしね」
「は、はぁ……」
「確かククさんの実家と、前にいた働いていたエリアは、神那さんの担当するエリアだったよね?」
「はい。加藤様には逃げ遅れた所を救って頂いたこともあります」
「そうか。あそこのギルドはここと違って、しっかりと働いているからな〜。ここと違って」
俺は言いたいことを全て視線に込めて、ここのギルド組員達を睨んでやった。大した凄みは出ていないだろうが、いつもは平然としているバカ共も今回は少しだけバツが悪そうだった。
ククさんはそのバカ共の様子を見て、ちょっとだけ苦笑すると小さい子供に注意するかのように、正座している彼らに向かって人差し指を向けた。
「今回は許しますが、もう二度と迷惑は掛けないで下さいね? じゃないと、怒りますよ」
ちょうど俺からは死角に成る形で、ククさんの表情を見ることは出来なかった。だが何故だろう。背筋に冷たいものが走る。バカ達も顔が青ざめていた。
ああ、そうだ。おどおどしていて臆病な様子だったが、彼女もまた、ビーストなのだ。
ビーストは理性を持ちながらも、野性を持ち合わせる種族である。
そもそもこの世界が半世界となる前までは、ビーストはコミュニティーを作らずに個々人で生きる種族であったのだ。そのため、個人で自然界で生きぬくためには、理性による知恵と、野性による本能を兼ね備える必要があったのだろう。彼らが俺達の世界にいる動物と同じような特徴を持つのは、その野性というものを持つが故の、象徴のようなものだと言われている。
半世界になり、俺達の世界で言う所の『現代的』な生活をするようになってからは、他者とのコミュニケーションも必然的に増え、彼らの野性というものは基本的に表に出てくることはなくなっていった。
しかし勿論、彼らがビーストであるからには野性というものは無くなっていない。
特に好戦的で活発な性格が多い、肉食系の動物の野性を持つビーストはそれが顕著だ。まず見た目からして違いがある。主食は肉であると断言する肉食系のビースト達は、人形でありながらも動物的な特徴が多い。俺らの世界にあるフィクションから似たような姿をした存在を探すと、狼男が適当だろうか。その動物的特徴は狼だけではなく、虎や熊などもある。
彼らに魔王などの戦いを手伝ってもらったことがあるが、凄まじいの一言だ。障害を障害とせず、本当に人形であるのか疑ってしまうほどの、アクロバティックで野性的な動きで魔物を葬っていく。その姿を表現するなら、正しくビースト。真似をしろと言われても、俺が人間である限りできそうにない。
肉食系の中にも、リッチのように人に動物の耳と尻尾を付けたようなビーストもいる。これはリッチのように男性がなるのはごく僅かで、基本的に女性のビーストがこの例に当てはまる。このタイプのビーストは、動物の特徴を多く持つビーストよりは野性は少ない。だがその分知性が秀でている。
草食系のビーストもまた、そのタイプの肉食系と似たような特徴で、ククのように人に近く、知的な能力が高い。違う点は、耳や尻尾が兎や馬などの草食系動物のものであることと、肉を食べることを好まず、ベジタリアンであるということ。そして性格は、肉食系よりも圧倒的に大人しく、静かな平穏を好む傾向がある。
草食系の中で僅かに動物的な特徴が多いタイプもいるが、基本的に男性のビースト。この二例は『遺伝子的に男性の方が野性が強く、更に肉食系の方がよりそれが顕著である』という証明だろう。
では女性であり、草食系でもある、クク・アートには野性が少ないのか。それについては、俺は間違いなく少ないと断定できる。先程までの弱気だった彼女には、野性というものは殆ど感じなかったし、それは店内にいる他の客も同じだろう。
しかし、ないわけでもない。それも他の客が同意してくれるはずだ。
現状感じ続けている悪寒の理由は、強い魔力を感じたからではない。生き物としての危険察知能力が、強い野性の力を感じて警告を発しているからだ。
自らを脅かす、何かがいると。
「いいですか?」
「──────────────────はい」
そして誰もが知っている。いや。男なら、誰でも知っている。
『怒った女には勝てない』ということを。
例え肉体的には男が優れていたとしても、『女は強い』ということを。
正座をしているバカ達。そしてそれを見ている俺と、店内の男性客は、その事実を再確認した。