表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
二章 「食欲の秋は恐ろしい」
11/79

三話

 長く住んでいれば何か体からカビが生えてきそうな気がする、相変わらなボロボロのアパート。


 そんな安っぽくて不潔な感じが何かピッタリな、見た目だけは良い引きこもりドワーフ。


「ぐひひっひひひひひいっっひ!」

「いい加減、その気持ちの悪い笑い声を止めろ!」

「だってありがとうって、言われたんスよ。これはもう──ぐひひひっひ」

「ぁぁぁあああ! 黙れ黙れ黙れ!」

 

 テンションが以上に高まっている俺は、幸せを分かち合ってやるために、そんな残念ドワーフにこの喜びを伝えてやろうとしていた。しかし有ろうことか、その伝えようとしている相手は俺に黙れと言う。


 これはいったい、どういうことか。


「何故だ。俺は純粋に、お前に幸せを届けてやろうとして、だな……?」

「それが迷惑だって言ってんだよ! てめぇの惚気話で幸せになれるわけがないだろうが! だいたい、家に送り届ける話はどこに行ったいんだよ!」

「ああ、それは大丈夫だ。空手をやっている友達と帰るそうだからな。あのときはまだ明るかったし、二人で帰ればまず問題はないだろう。少し、残念だったけどな」



「お前、その友達って……。もしかして、彼氏なんじゃね?」

「え?」



 ───────うそ、だろ?


 

「───────────────いやいやいや。ないないない。うん。だって、うん。ないよ。それはないよ。うん」


 サァッと顔から血が引いていくのが、自分でもよく分かった。

 あれほど俺を鬱陶しそうにしていたマリーナだったが、現在俺に向ける顔には哀れみしか籠っていない。


「だってお前、空手をやっているとか、普通で考えたら男じゃね?」

「いやいやいや! 女性が活発的になりつつある昨今、女性が空手をやっていたとしてもいいじゃないか! おかしくなんかないじゃないか!?」

「じゃあお前、その好きな娘が学校一の美少女とか言ってるが、それが事実なら彼氏がいたっておかしくはないんじゃないか?」


 た、確かに。あれほどの美少女を、性欲の化け物のような男子高校生が放っておくのか?


 完全にないとは言い切れない。彼女の評価を低くする同級生共を見くびっていたが、俺と同じように彼女の魅力に気づく者がいたとしても、不思議ではない。


 むしろ、そう考える方が、自然。


「マジかよ……。何で気がつかなかった、俺。その可能性の方が、高いじゃないか」


 頭がフラフラする。立っていられない。思わず俺は床に手をついた。


「ヒロ……」


 優しい声で、名前を呼ばれた。ポンと、肩を叩かれる。

 顔を上げると、微笑みを浮かべたマリーナの顔があった。


 ああそういば、俺はこいつのことが好きだったんだ。


 その顔を見て、そんなことを思い出す。とても懐かしい記憶だ。何故か俺の頭の中では、黒い歴史として封印をされていたけれど、一体どういう理由からだろう。こんな素敵な女性を好きになったんだ。胸を張ったっていい。


『これから頑張れよ。小さな末裔様!』


 あの言葉が、幼い俺を奮い立たせた。


 当時の俺は、末裔とかいうことはよく分からなくて。魔王とか魔物とか、きっと嫌で辛くて苦しいことだと思ったけれど。それが、彼女のためになるというのなら。前に進むことが出来た。


 末裔としての俺の原点は、彼女なのだ。



 彼女がいるから俺がいる。

 それは香木原灯路としての、揺らぎない真実。

 マリーナ・トゥトゥルは、俺の始まりなんだ。



 彼女の整った顔は、ニヤリと卑猥に歪んだ。



「ざまぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!」

「黙れ黙れ黙れぇぇぇぇええええええええ!」



 ─────────そうだ、この女は俺の始まりだった。そして同時に終わりだった。


 純粋な少年であった香木原灯路の、終わりであり。

 今の、軽く頭のおかしな俺の始まりなのだ。

 

『嫌いなもの? お前みたいな鬱陶しいガキ全般』


 そう言われて、それでも尚、好きな気持ちが変わらずに距離を離した七年前。


『新作のゲームはまだかよ。小遣いが足りない? 知るか。いいから買ってこい』


 パシリにされていることに気がついた五年前。


『あ、お前声変わりしたんだ。────何か声、気持ち悪ッ! お前もう喋んな!』


 自分の中の何かが崩れさる音を聞き、半世界の住人は異種族と愛し合わない事実を知った三年前。


 ああ、懐かしき黒歴史。もう二度と、蓋を開けることはあるまい。


 俺は頭の中に再度封印を施し、固い決意をしたのだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ