二話
窓から校内にある木々を見ると、緑から赤や黄色に衣替えをしている最中。最近、スーパーではサンマなどの秋の味覚が売り出されるようになってきたらしく、我が家の食卓にも並ぶようになってきた。秋の食べ物は美味いものが多い。今晩も、母さんの作る料理が楽しみだ。
さて、そろそろ現実と向き合おう。
現在図書室には、挙動不振気味な俺と、そんな俺をまったく気にせずに黙々と読書を続ける文月さんの二人のみ。邪魔する者は誰もいない。
この学校で、図書室を利用する生徒は少ない。少ないが、俺が図書室に行くときは、他の誰かがいたはずだ。未だかつてこんな状況はなかった。
二人きり。二人きりだ。
これは完全に、話しかけるチャンスじゃないか?
いや、でも迷惑掛けちゃったらいけないし。
だが、救太の言う通り、それで進展の機会がなくなってしまっては、元も子もない。
そうだ、救太が言っていたじゃないか!
俺は昼休みの救太の言葉を思い出す。
帰り道は危険なのだ。通り魔が出るかもしれない。
そんな危険な状況でありながら、彼女を一人で帰らして良いのか!?
─────断じて、違う。
危険な芽を、事件の芽を潰す。そこに、理由は必要ない。
誰かのために何かをする。そこにも理由は必要ないはずだ!
さぁ、言うのだ香木原灯路! 彼女の安全を守るために!
「ぁぁぁあああのぉぉぉ!」
ガタッ!!
「───ッ!」
し、しまったぁぁ! 思わず大声を……しかも立つ勢いが有り過ぎて椅子が倒れて大きな音が! 好きな娘をビビらせてどうする!? 彼女にとっての危険人物に、俺がなってどうする!?
と、とりあえず謝罪だ。
「ご、ごめん」
「───────────────いや、べつに……」
文月さんは、俺など見る価値もないと言うように、俺の方に向いていた首を明後日の方向に動かした。 こ、これは完全に怒っている。
沈黙。俺と文月さんの間に、気まずい雰囲気が流れ出してしまった。
心の中から、誰かが俺に声をかける。『もう、止めてしまえ』と声をかける。
───────だが、ここで止めてしまって何が残るというのか。現段階の、文月さんの俺に対する評価は、突然奇声を揚げた、ちょっとヤバい同級生。という最悪に近いものを叩き出しているに違いない。この恋を終わらせないためにも、決してこのままで終わるわけにはいかない。
『がんばれ、お前なら、できる』
心の奥深くで眠っていた、僅かな勇気。それが俺を、励ましてくれる。
そう。俺なら、できる。
好きな娘に話しかける程度がなんだ。魔王を倒すよりも、よっぽど簡単じゃないか。
──────できる。俺なら、できるッ!!
「あ、あのさ。ほら、あれだよ、あれ。───と、通り魔。うん。いるじゃん? ほら、危険じゃん……? か、帰り道とか。だから早く、帰ったほうが、良いんじゃないか、なんて──────思って、みたり、するんだけどなぁぁ……?」
へたくそかぁぁぁああああああ!!
吃り過ぎの噛み過ぎじゃないか! 完全に、気持ち悪いと思われたよ、これ。
そうだよね!? 魔王なんか倒せても、上手く喋れるかどうかなんて、対して変わんないよね!?
「い、いや、その、あの」
終わったよ。何もかも終わったよ。
俺の恋、完全終───────────────。
「……そう、だね」
文月さんは何時もの無表情を僅かに崩して、そっと笑った。
それはまるで、崖に咲いた一輪の華のように。
ひっそりとしていながらも、確かに俺の心に、その美しさを刻みこんだ。
「早く、帰る。───ありがとう」
───俺の恋した女性は、どうやら女神だったらしい。