一話
俺の通う高校は、基本的に寛容な校風だ。
だから携帯ゲーム機を持ってきたとしても没収されることは無い。勿論、授業中に取り出したりすれば反省文を書かされることは明白だが、現在俺がやっているのように昼休みに遊ぶ分には黙認される。
そのゲームは、いわゆる王道のロールプレーイングゲーム。
選ばれた少年がなんか凄い力を手に入れたりして、世界を救っちゃったりするゲーム───────の、リメイク版である。あまりにも王道過ぎてリメイク前の作品はあんまり売れなかったらしいが、設定が複雑化される傾向にある現在ではそれが逆に新鮮でプチブームになっているらしい。
「ありえねー」
同級生達がワイワイと昼飯を食べている、賑やかな教室の中。俺は心からこみ上げてきた一言を、ボソッと呟く。同じ教室にいる、知人、友人、そして何より女性陣に、気持ち悪いヤツだとは思われないように配慮して、とても小さな声で。
俺の視界に映るゲーム機の画面の中では、エンディングが流れている。つまり俺は今ゲームをクリアした所というわけだ。やたらとストーリーが長かったため、ここまでの道のりは険しかった。
だが達成感は欠片も無い。
「リア充め……」
エンディングだ。エンディングが悪いんだ。
……何なんだよ、この結末! マジで有り得ねぇって!
「ヒロ、お前なんでそんなに不機嫌になってるんだよ」
「はぁ!? そりゃ不機嫌にもなりますよこの野郎!」
友人の一人が昼食らしきサンドウィッチを食べながら声をかけてくる。それが切っ掛けとなって堪えていた陰鬱とした感情が溢れ出す。その感情を全てぶつけるかのように俺は彼にゲーム機の画面を突きつけた。
「何で勇者が姫様と結婚することになってんの!」
「いや、何でと言われましても……」
友人は苦笑して画面を見た。
そこには世界を救った野郎様が、清々しくも憎たらしいイケメンフェイスを振りまきながら、豪華で優美なお姫様と教会で式をあげているシーンが映っていやがる。
このリア充め……。祝ってやる祝ってやる祝ってやる! 心の底から祝ってやる! 末永く、お幸せにな!
「あー、有り得ない。本当に有り得ないわ、マジで」
「何が不満なんだよ。超ベタだけど、最高のハッピーエンドじゃねぇかよ」
そうだね。ハッピーエンドだね。どこかで見たような気がしなくもないけど、良い終わり方だね。悪く言うとベダだね。よく言うと王道だね。別に嫌いじゃないよ。どちらかというと好きな終わり方だよ。
───────だが、しかし。
「不満だね! 大いに不満だね!」
「だから、何が不満なんだよ」
「おいおい。それはまったく、カラスに何故君は黒いのかと聞くようなものですぜ?」
答えは、決まっているだろうが。
「なんで勇者が幸せになってんだよ!」
「──────────はぁ?」
理由は分からないが、目の前の友人は呆れ返った顔をしている。しかも俺の魂の叫びが聞えたであろう周りの奴らもまた、同じ顔。何故だ。
まあ冷静に考えてみると、確かに俺の言っていることが不可解に感じるのも無理は無いかもしれない。
ゲームの中でも勇者という人物は、それはそれは素晴らしい人物。自分のことより他人を優先。世界を救うためにどんな努力も惜しまない。愛する姫のためにどんな辛い戦いも乗り越える。
そんな誰からも愛されるようなキャラクターには、愛する姫様と結ばれて幸せになってほしい。寧ろ、幸せになって当然だ。そう皆が考えるのは当然だろう。
分かるよ、凄く分かる。だからその、頭の痛い人間を見る目を止めろ。いや、止めてください。
─────だって、仕方がないだろう。
俺にとって、それは。カラスが白くなるほど有り得ないことなのだ。
「世界をたかが一回や二回救った所で、リア充になれると思うなよこの野郎!」
「ああ、嫉妬か……」
その、はいはい全部理解しました。みたいな顔を止めろ。
俺のこの気持ちはお前では理解できないほど深い感情なんだよ。
「違う、事実だ!」
人差し指を友人へ突きつける。
「いや、全然意味分かんないから」
友人はそれを鬱陶しそうに払った。
「お前は疑問に思わないのか?」
「───別に、良いんじゃねぇの? それだけ、凄いことしたんだからよ。褒美というか、その位の幸せがあってもよ」
酷く面倒くさそうに、俺の質問に答える。
しかし、そんなことは俺の求めた答えではない。
「世界を救うことが凄いことだと思うな!」
「ああもう! 面倒くさいなお前!」
何故か友人は俺の目の前から去っていく。恐らく俺の言った言葉にぐうの音も出なくなったのだろう。
俺はゲームをリセットすると、『最初から』を選んで物語を始める。
エンディングはともかくゲーム自体は面白いんだよな、これ。
「あー、異世界行きてぇ〜」
「お前、漫画の読み過ぎだって」
「まだ高校生だからセーフだ。若さ故の妄言として許される」
「許されねぇよ。今、俺の中でお前は痛いヤツ認定だよ」
「マジでか! ───勘弁してくれよ〜、俺はただ純粋に異世界に行きたいだけなんだって。異世界行って、魔法なんか使って、美少女とお近づきになりたいだけなんだって」
「超不純じゃねぇか。主に最後」
「純粋だよ。純粋な性欲だ」
「俺の中でお前は痛い変態認定だよ」
「マジでか!?」
肌寒くなってきた風を肌で感じながら道を歩く。空を見上げ、増えてきた羊雲に、秋になった実感をしみじみと味わっていると、とある学生の会話劇が耳に入ってきた。
制服から見て、俺の通う高校から比較的近くにある高校だろう。残念ながら、向こうの高校のほうが歴史的にも学力的にも、さらには制服の人気でも負けている。友人曰く女子のレベルでも負けているらしいが、それは知らん。
高校生二人は、近くを歩く俺のことをまったく気にせず話を続ける。
「でもよ。正直な話、お前も行きたいだろ?」
「…………まぁ、行けるならな」
「だよな~。魔法とかファンタジーなもの、使ってみたいよな~」
「無いと分かってても、見てみたいよな。エルフとか、ドワーフとか、ホビットとか」
「そうそう! 美人なエルフとイチャイチャしたいよな~!」
「────────やっぱりお前は変態だ」
「あれ!? どこで間違えた!?」
───最初から間違いだらけだろ。
脳内でツッコミをしつつ、俺は彼らの横を通り過ぎた。道を進んでいくと段々と車の交通量が増えていき、様々な店の店内から流れる音楽が聞えてきる。その中で最近気に入っている曲もあったので、気分が乗ったのでハミングで歌いだす。恥ずかしいので周りに人がいないことは確認済みだ。
交差点の横断歩道を渡ろうとすると、対面した方向から人がやってくる。そこで一人カラオケは終了。
道を更に進むと、ようやく目的地である店の看板が見えてきた。
俺が毎日通っている店。読書喫茶『LINK』
全国的に展開をしている有名店だ。外装はレトロでカジュアルであり、落ち着いた雰囲気を演出している。店頭に植えてある植物の緑が心地よい。前に改装されてからかなりの時間が経っているはずだが、その外装は新築と言われても気か付かないほどに綺麗だ。
指紋一つないガラスの自動ドアから店内に入ると、そこには大量の本がある。
簡単にこの店の説明をするなら、漫画喫茶の発展版と言ったところだろう。
店内には漫画やライトノベルといった、ティーン・エイジャー向けの本も置かれているし、勿論ハードカバーの本もあれば、様々な専門誌も置いてある。更には有名な雑誌も取り揃えてある。
つまりはどんな年代層の客がやってきたとしても、そのニーズに対応が出来るということで。当然のように、店内は客で賑わっていた。
「いらっしゃいませ~」
受付に行くと、店員は相変わらずの素敵な笑顔で迎えてくれる。
「お願いします」
「はい、畏まりました」
いつものように、財布から会員証を取り出す。色合いが少なく、シンプルな会員証。まるで保険証がなにかと間違えそうなそのカードを、俺は店員に見せた。それだけで手続きは終了だ。
もちろん、普通ではこうはいかない。
「こちらへどうぞ」
俺は店員に、個室のある場所へと案内される。その中の一室に入るやいなや、俺は椅子に座った。
「それでは、今日も頑張って下さい」
「まだ現れるとは限りませんけどね」
「それでもあなた方がいるだけで、万が一を無くすことができますから」
「────そうですね。何かがあったら、全力で働きますよ」
「はい。よろしくお願いします」
店員は俺に綺麗な礼をすると、仕事へと戻っていく。それを確認した俺は、扉を閉めて鍵を掛けた。
ふと、俺は道の途中で見かけた二人の高校生の会話を思い出す。
パソコンでインターネットを立ち上げ、検索ワードを入力。
『異世界』『ファンタジー』
ヒットしたサイトは、物凄く多い。それだけの人が、無いと思いながら、そこを夢見ている。
俺は鍵を開けた。
扉を開く。
そして、そこへ入った。
自分の身体が、そこへ───半世界へ、近づいていくのを感じる。
繋がった。そう理解した瞬間、その時にはもう、世界は変わっている。