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本を読むということ  作者: 赤月忍
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本の貸し借りをはじめたのは、夏休みに入る少し前だった。

よって、長期の休みを挟むことで図書館へ通うことも多くなり、

いる子さんからはかなりの冊数の本を借りることが出来た。

返すのはいつになってもいいからと、借りた物を読み終える前に次の本を貸してくれることもあり、

僕は休みの間暇さえあれば本の虫になっていた。


 夏休み中だからといって、松羽東部図書館に入ってくる人が極端に増えるということは無かった。

 というのも、少し足を伸ばせばここよりも遥かに大きな図書館がある。

 宿題の調べ物をする学生達なんかは皆そちらへ出向いているのだろう。

 そこへは僕も行ったことがあるのだが、こちらの方が通うには丁度いい距離だったのと、

 いつ行っても結構人がいて落ち着かないのとであまり利用していなかった。


 日本の夏特有の不快なじっとりとした暑さと格闘しながら、今日もまた図書館へ辿り着いた。

 家からここにくるまでは数分だったが、館内のよく効いた冷房が心地よいと思えるほど、身体は火照りを訴えていた。


「あ、いる子さん。この本、ありがとうございました」

いつもの場所で彼女を見つけて、声を掛けた。

「もう読んだんですか。読むのが速いですね」

「一冊は絵本だったので……」

絵本はどうしてもじっくり腰を据えて読めるような本では無い。

子供向けの本などに触れる機会は最近は無かったし、内容も悪くは無かったが、物足りない感はあった。

「いる子さんは、絵本もお好きなんですね?」

「ええ。素敵な絵本は子供だけじゃなくて、読み聞かせをする立場の親としても、一読者としての大人が読んでも、面白いと思うんですよ」

「なるほど。同じ絵本でも、読み手とその立場が変わることで感じるものが違うってことですね」

「そうなんですよ。私は、つい最近誕生日だった娘にも絵本をプレゼントしたんですよ」

彼女の娘さんも本は好きのようだ。

しかし、絵本のプレゼントというのは、女の子とは言え僕より上の年齢では珍しいのではないかと思う。

親からこの年でもらった絵本を、僕だったら大事に出来るだろうか。

「それでね、今返していただいたこの本と、作者が同じ方なんですよ。

貸していたのは、最初の方に書かれたものですね。娘にあげたのは最新のものなんです」

わざわざそうしたのか、たまたまそうなったのかは分からないが、同じ作者の本とは。

彼女が娘さんのことを思ってその本をプレゼントとして選んだように、

今返そうとしている本は僕に貸すために彼女が自宅にあるものから選び出してくれた、

いわば思いのこもった本なのではないか。


 絵本だからすぐ読んでしまえると、さっと流し読みしてしまった僕は少し恥ずかしくなった。

「あ、あの、すみません。

…やっぱりこの絵本だけ、もうしばらく貸してもらっていいですか?」

いる子さんは微笑んでいた。


 本を貸すということ、借りるということもまた、話したり、共同作業をしたりするのと同じコミュニケーションの手段のひとつだと思う。

 本は誰が読んだところで当然ながら内容は変わらない。しかし本を借りることで、

 貸してくれた人がどのような文章に感銘を受け、どういった筋書きの物語を好んで読むのか等といったことが分かる。

 決定的なものではないかもしれないが、相手の内面をうかがい知るヒントにはなるはずだ。

 言うなれば、言葉の無いメッセージのやりとりである。

 今では、文字媒体の種類は数多く存在し、実際に手に本を持たなくても活字に触れることは出来る。

 むしろ世の中はこういった次世代のものに傾いてきており、

 この先文字通りの"読書をすること"がアナクロで古代人のような扱いを受ける時代になっていく可能性もある。

 本自体は決してなくなることはないと思うが、

 もしかして、こうして手に取ることのできる本によるコミュニケーションがいずれは廃れていってしまうのではないか…。

 そういう可能性があると思うと少し悲しい。


 相変わらず、いる子さんから借りる本は汚れていた。

 もうこの頃にはそんなことは些細なことと気にならなくなっていたのだが、自分の持っている本はやはり汚さないように扱っていた。


 僕も、いる子さんから借りるばかりではなく、本を貸すこともあった。

 しかし、大事な本、汚したくない本は、貸さなかった。

 もちろん、貸せば汚されると思っているわけではない。いる子さんの本は、長い間いる子さんの手元にあって、

 何度も読まれてきたから汚れてしまっているだけで、彼女が物を雑に扱う人だから汚れているわけではないのだし、

 彼女も借りた本は気をつけて扱ってくれるに違いないと心の内では分かったつもりでいたのだが…

 それでも、貸す際は、ついついおすすめの本の中でも傷つけられたり失くされたりされても困らないような本を選んでしまっていたように思う。


 僕には、大好きな本が一冊あった。こればかりは何度も読んだし、

 未だに部分的に読み返したりすることもある。本当は、貸し借り友達にはこういう本を貸すべきではないだろうか。

 だが、僕はその本を貸すことがそれでも出来なかった。


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