狙われる者
「さて、モーセに着いたぜ」
ここ、モーセ神殿には『アルニアの謳神』といった伝承がある。
『三つの世界に三本の黒き塔が現る時、世界は破滅を呼び、紅き光を灯すアルニアの謳姫と、蒼き光を灯すシアンドの騎士が現れる』
伝承はここで終わっているが何処かに続きの記された古文があるらしい。
「この伝承の三つの世界ってなんだろうな」
「伝承の話か?アルニアはこの世界らしいけどシアンドか…。こことは違う別世界…なんてある訳ないよな」
「そうだな、別の世界なんて無いか…」
ロイがそうつぶやき何かを考えているようだ。しかし、遺跡のほうに視線を移し、ロイの表情は引き締まった。
「なあ…それより、もう儀式が始まっても良い頃だよな?それに、何だか中が騒がしくないか?」
「そうだな。それに……!?ロイ!あの神官、血を流してないか!?」
神殿の入口から一人の神官が出てきた。身体中に傷を負っており今にも倒れそうだ。
「おい!何があったんだ!!」
「貴様らは…エルニスの騎士か…?中で…神殿内で戦闘が…」
「なんだって!?何処の勢力が!?」
「わからない…。今、ブレイブハーツが応戦しているが…奴は不思議な力を使って…こちらは……壊滅状態……に…」
「ブレイブハーツが!?」
「くそっ!。アレク!まずは神殿に入るぞ!」
「…ああ」
(リエリー、どうか無事でいてくれ)
「これは、酷いな…」
神殿内の荒れ様はかなりのものだった。
「マズいことになってる…。アレク、お前戦えるか?」
「…ああ、なんとかやってみるさ…」
儀式は最奥部の謳神の間で行われる。二人はそこを目指し走った。
「なあアレク、不思議な力って一体何なんだろうな?」
「見ないことには分からないが、ブレイブハーツが壊滅させられるくらいだ…慎重に行くぞ。突っ込んだりして痛い目見るのは見え見えだからな」
「了解。やっぱりお前を警備兵にしとくのは勿体ないと思うぜ」
アレクとロイはブレイブハーツには及ばないが、元々騎士団のエース部隊に所属していたのだった。だがある事件をきっかけに二人は隊を抜け、戦いの少ない警備兵へとなったのである。
「昔とは違うさ」
「…そうか。さあ、無駄話はここまでだ!行くぞ!」
「まさかここまでとは。こちらは全滅寸前か…」
「くそ!何故だ!一人相手にこうもやられっぱなしだと?」
「…もう、撤退するしか…」
戦況は最悪だった。相手は一人にも関わらずブレイブハーツは壊滅状態。残ったのはリエリア・フローレインと隊長のボルグ・ラーグフォード、副長のリーク・マイリスだけだった。
「撤退か…だが、奴もそう簡単には見逃してくれんだろう」
「俺はあんな奴に背中を見せんぞ」
「ですが…あれを倒す手は…」
隊を壊滅させた敵は相当な技量を誇っていた。それだけじゃない、あの男は身体に光を纏い、こちらの攻撃を完全に避けきっている。
「いつまで雑談しているんですか?残りは…おや、あなた達だけですね?あなた達を殺せば僕の任務は終わる。面倒はかけさせないで下さい」
何かおかしい。どうやらこの男の目標は巫女ではなく、ブレイブハーツの隊員らしい。
「…目的は巫女様では無く、俺達だと?貴様、どういうことだ!?」
「そのままの意味です。最初から僕は巫女になど興味は無い。興味が有るとしたら…ああ、その胸元のクリスタルだけですね。標的は初めからブレイブハーツだった。そういうことですよ。さあ、そろそろ終わりにしましょうか」
男は剣を構えた。このままだと全滅するだろう。
「リーク、リエリア…来るぞ!!」
「こりゃ想像以上…だな」
「ああ…本当に壊滅寸前とは思わなかった」
謳神の間の入り口から現れたのは、警備兵の鎧を装着した二人の騎士、アレクとロイだった。
「アレク!?ロイ!?」
「お前ら!何故ここに!?」
「今はそんな事を説明してる暇はありませんよ隊長。てことで、ロイ・エルフィールド、アレク・ユートレイン両名はこれよりモーセ神殿脱出作戦に加勢致します!」
ブレイブハーツの団長ボルグと二人は、二人が一番最初に就いた部隊の隊長と部下という関係であった。
「フフッまさか貴様らが来るとは思っても見なかったな。…アレク、お前は大丈夫なのか?」
アレクは一瞬だけ俯くが、ボルグの目を見て言った。
「まだ、剣を握る事に恐怖はあります。ですが、ここで逃げてたら『アイツ』に会わす顔がありません。だから…今は戦います…」
「そうか、無理だけはするなよ?危なくなったら下がれ!いいな?」
「了解…しました」
「しかし、貴様等が来たとしても、奴にはこちらの攻撃の全てを見切られている。ただ切りかかっても同じ結果になるぞ」
先程から敵の男に攻撃を加える策が無く、一人、また一人と倒れていった。奴を倒すにはあの尋常で無い動きを封じる他無いだろう。
「策ならあります。PSE兵器を使いましょう。あの爆発的な威力なら、いくら早くても爆風に巻き込まれる筈です」
そう提案をしたのはロイだった。
PSE兵器とはPeculiarity Spirit Emit Weapon(特殊性精神放出兵器)の略で、その名の通り特殊兵器である。そのため、それを扱える者はPSE適合者であり、ある特別な訓練を受けたものしか扱う事が出来ない。
ロイはその適合者の一人であり、エルニスの中でも適性率は最高ランクだ。
「…よし、それでは作戦を伝える」
まず、前衛の4人が敵に集中して攻撃を仕掛け、敵の注意を逸らす。その間後衛のロイがPSE兵器の充填を開始し、充填が完了次第後退の合図を出しPSE兵器を解放する。
「とんだ博打作戦ですね」
「他に方法は無いんだ。仕方あるまい」
「…嫌いではない」
「そろそろ下らない茶番も止めにしませんかぁ?僕もさっさとあなた達を殺して戻りたいのですが…」
敵の男も待ちくたびれているようだ。
「ああ、よくもまあ律儀に待っててくれたもんだ!さて…アレク、わかってると思うがチャージ中の俺は無防備当然だ。ちゃんと護っててくれよ?」
PSE兵器を使用する『ブラスター』は解放するまでの時間敵の攻撃を防御する事が出来ない。そこでブラスターを守る『シールダー』の存在が重要になるのだ。
「よし、シールダーはアレクに任せる!」
「まあ、護るとしたら神子様が優先ですがね。そのときはロイに耐えて貰います」
「お前…まあそれもそうか!チャージ、始めるぜ!」
作戦が始まり、PSE特有のチャージ音も聞こえてくる。アレクは背中に背負っていたシールドを構え、攻撃に備える。ボルグ達は腰の剣を抜き、敵に特攻を仕掛けた。
(実戦か…。久しぶりだな…。見守っててくれよな?アイカ…)
「そろそろ限界だ!ロイ!まだか!!」
「もう少し…!さあ、こい!!…PSEのエネルギー収集率78%…上昇制限値到達まであと15秒!」
「ん…?あれは?」
「まずい!アレク!抜かれた!」
「ぐあッ!!」
男は一直線にロイ達に接近し、構えたシールドと共にアレクを吹き飛ばした。
「ナイス吹っ飛びだ!アレク!射線上に味方なし…うっしゃ!くらいやがれ!!!」
ロイの銃口から放たれた閃光は男に向かって炸裂した。
「あの間合いなら、いくら早くても避けられ…」
爆煙の中にある影に、リエリアは言葉を失った。
「嘘だろ…?あれの直撃をどうやって…」
「力を持つ者がいるとは…予想外でしたねぇ。まあ、その程度では掠り傷で済みますが。しかしまあ…」
突然男の姿が消えた。
「まずい!ロイ!後ろだ!!」
アレクの叫びも虚しく、男は鬼のような形相で剣を振りかぶっていた。
「僕は力を持つものが嫌いなんだ!!!」
「がっ、クソッ…」
胸元を大きく切り刻まれたロイは、崩れるように地面に倒れた。
「ロイィィィィ!!」
ゴゴゴゴゴゴッ!!!
「神殿が!さっきの爆発の影響でか!?」
「…もうじきここは崩壊しますね。仕方ない、僕も任務は諦めて撤退しましょう。あなた達も逃げた方が良いのでは?おっと、忘れるところでした。このクリスタル頂いていきますね?」
男が放心状態のまま地べたに座り込んでいた巫女の胸元からペンダントを引きちぎり、クリスタルの部分だけを剥ぎ取り、消えるように去っていった。
「仕方ない、俺達もひとまずここを出るぞ!」
「…しかしロイは!」
ロイは鎧ごと深く斬られており、見ただけでも重傷とわかる傷だ。
「置いてけ…。俺はどうせ助からん。それに、俺を背負ってここを出て行く時間は無いだろ?」
ロイの声にはいつものような張りが無く、今にも消えてしまいそうだった。
「そんな…ロイ!俺は嫌だぞ!?何でお前を置いて行かなきゃならないんだ!俺は意地でもお前を…」
「バカ野郎…そんな事してたら俺もお前もペチャンコだ…良いから…早く行くんだ!」
ロイの目はいつになく本気だ。ここまで本気の目をしたロイはリエリアもアレクも初めてだろう。
「…隊長、リークさん、アレクを頼みます。リエリーは巫女様を…」
「わかった…。ゴメンね…ロイ…」
リエリアは決心し、神子を背負い出口へと向かった。しかしその目溜まった涙は今にも頬に流れそうな程であった。
「おい…行くぞ」
アレクは半ば抱えられるように、二人に両脇を掴まれ連れて行かれた。
「ロイ…ロイ!!!」
半ば引きずられるアレクを見送るとロイは口を開いた。
「やっと行ったか…、また会おうな…アレク。………なあ、あんた、一体この世界はどうなっちまうんだ?」
無事神殿を抜け出した五人だが、生還したことに誰一人と歓喜する者はいなかった。
「クリスタルは奪われ、ブレイブハーツは壊滅、そしてロイも…」
未だ恐怖で身体を震わす巫女を気遣いながらリエリアは口を開いた。
「不味いことになったな…。俺は一度エルニス城に戻り、国王に報告をする。リエリアとリークはクリスタルの奪還を命ずる。いいか?」
「…はい」
「不味いことって!それだけですか隊長!もっと何かあるんじゃ…。それに、リエリー…お前も」
しかし、それより先がアレクの口から放たれることはなかった。リークの右手がアレクの頬に飛んだのだ。
「お前、勘違いしているようだから言っておく。あいつらの前で、これまで家族同然の付き合いをしていた同僚が何人死んだと思ってる…。」
「…ッ!」
リークはアレクを背に、
「…死んだ仲間の事は考えるな。だがな…死んだ仲間への想いは忘れるな…。その想いがいずれ、己の強い意志となって『勇ましき心』はつくられる…」
そういったのだった。
そして彼は「俺は奴の情報を探る」といい神殿を後にした。
「…リークさん」
「アイツは無愛想に見えるが、隊の中で一番の仲間想いでな。暇さえあれば死んだ仲間の墓参りをしてるような奴なんだ。さあ…お前は俺と巫女様と一緒にエルニスへ戻ろう」
「…はい」