空間転移
「はぁ、はぁ…。何でこんな所にあいつらが…。銃もアイツ等のジャミングで使えないし、『装置』だって調子が悪いから『飛ぶ』事も危険だろうし…」
暗闇の中狭い路地に彼女は身を息を殺し身を潜めていた。しかし、こんな場所ではすぐに気付かれてしまう。万事休す…彼女の頭にはそんな言葉が浮かんでいた。
トン…トン…トン
(…!?足音?もう気付かれたの?このまま見つかったら…)
足音は止まらずに、無情にもだんだんとこちらへと近付いてくる。
トン…トン…トン。
足音と共に心臓の鼓動も大きくなり、冷や汗が服に染み付き最悪な気分になる。
(…来た!)
彼女は足音の主へと銃口を向けた。
「うわ!」
足音の主は、思いのほか小さな悲鳴を上げて条件反射だろうか頭部を守る構えをとっていた。
「こ…子供?」
目の前にいたのはこちらの世界で言う高校生位の男の子だった。
「…君は流石に組織の連中ではないわよね?」
少年は首を縦に振った。それにしても未だに少年は構えをとったままだ。そこまで銃が怖かったのだろうか。
「……あ、銃を向けっぱなしだった…。ごめんなさい、私も気が動転しちゃって…」
彼女は銃をホルスターに戻しながら言った。
「あなたは民間人よね?私はヴェルカ・ライナード。君は?」
「俺は雨宮タツミです。さっき追われていたのはあなたですか?」
「バッチリ見られてたのね…。やっぱり隠密行動は性に合わないわ…。とにかく、ここは危険よ。君は早くここから逃げて」
ヴェルカが腰を上げたと同時に、ヴェルカが追われていた、もう一つの大きな影が現れてしまった。
「おおっと、話し声が聞こえると思ったらやはりお前だったか、ヴェルカ・ライナード!!」
「しまった!長居しすぎたか…」
唯一の逃げ道を大男に塞がれ、この先の道も行き止まり、残るは廃ビルの中しか道は無い。
「さあ、どうする?ヴェルカ・ライナード!ご自慢の銃も『PSE』が使えなければ単なる玩具だろう」
(な…何がどうなってるんだよ。PSE?なんなんだよそれ。しかもなんだ?あの重武装した大男は…。もしかして俺はとんでもない事に巻き込まれてるのか?)
「…ん?何だそいつは?お前、仲間がいたのか?」
「違う!この子はここに迷い込んできただけなの。だからこの子だけは解放して!」
「フン…民間人か。仕方ない、そいつは解放してやろう」
タツミはその言葉に安心をし、男の顔を見上げた。
だが、その安心も一瞬にして壊された。大男はその言葉と不釣り合いな笑みを浮かべていたのだ。
「フハハハ!俺がそんなにも甘い男だと思ったのか!?馬鹿か!お前は!見られたら以上は誰であろうと殺すさ!ハハハハ!」
(クソ、こんな所で終わっちまうのか?俺の人生は…)
「立ち止まっててもただ死ぬだけ……なら、賭けてみよう…タツミくん!こっちに!」
ヴェルカがタツミの手を引いて走った。
「でもそっちは!」
先は廃ビルの入り口だった。
「フハハハハ!まだ足掻くつもりか?つくづくあきらめの悪い奴だなぁ!」
ヴェルカは劣化していた入り口を一蹴りで突き破りそのまま階段を目指す。
「これから屋上に向かうわ」
「でも、屋上なんて行ったら…」
確かに屋上では逃げ道も無くなり、男の言うとおり、単なる足掻きになってしまう。だが、ヴェルカは
「確かに上はどちらにせよ行き止まりよね。でも、考えがあるの。自信ないけど!」
そう言ったのだ。
屋上にたどり着くがまだヴェルカは走ることを止めない。先程の大男ももうそこまで追い付いてきているだろう。
「さあ、走れる所まで走るわよ!?」
「え?ちょ、マジかよ!?」
そんな事を言っているうちにいつの間にか柵まであと三メートルもない。タツミは思わず目を閉じたくなる。
「タツミくん、飛ぶわよ!!!」
タツミは手を引かれるままにフェンスを飛び越えた。二人は地面とは無縁の空間に浮かび、すぐに落下を始める。
「う、うわァァァ!!?」
二人の身体は重力に従いながら急降下していく。
「フンッ、血迷ったか。最後の手向けだ!地面につく前に楽にしてやる!」
そう言うと男は背中に担いでいたロケットランチャーを構え、躊躇無くトリガーを引いた。
「さあ、うまくいってよね!!!」
それは突然起きた。落下していくタツミ達は空中で動きを止めた。だが、目の前には男の撃ったロケット弾が。
「ちょっと…マズいかな」
「…!」
爆音が鳴り響き、空中には爆煙が舞っている。タツミ達はロケットランチャーの直撃を受けた…ハズだったのだ。
「…?…無傷…なのか?」
「はぁ…間に合った。惜しかったね?『南側』の大男さん?」
「…!?ディメンションフィールドだと?貴様!?何をする気だ!?」
いつの間にかタツミ達の周りには空間の歪みが出来ていた。これが防壁の役目を果たしタツミ達を爆風から守ったのだろう。
「こことは違う世界に飛ぶのよ?そう…その名の通り異世界へ!」
大男はそんなヴェルカを笑い飛ばした
「ハハハハハ!そんな不安定な空間転移装置でか!自殺行為にも程がある」
「これだけ機能していれば十分。人間の2人くらい簡単に飛ばせるわ!」
「ふんっ、だが座標の指定は不可能だろう?それに『WEST』はこの一件に『テスタメンツ』を動かすらしい。じきに貴様等を消しに行くだろう!その少年も例外なくな!貴様はともかくそっちの野郎はどうするつもりだ?」
テスタメンツという単語が出た瞬間、ヴェルカの表情が少しだけ曇って見えた。
「テスタメンツ…、でも…私が絶対助けに行く!絶対に見捨てなんかしない!!」
タツミには二人の会話がひとかけらも理解できない。これから自分はどうなるのだろうか。そう考えると不安な気持ちが溢れてくるタツミだった。
「大丈夫、私はあなたを絶対に助けに行く。…そろそろ時間みたいね。必ず…必ずまた会いましょう!それまで無事でいてよね?」
突然、目の前が真っ白になり…タツミの意識は遮断された。