第11話 領地の異変3
皆が避難を開始した様子を見届けたダニエルは、走り去っていく冒険者の後を追った。
オークが現れたのは、壁が新設されている箇所から200メートルほど離れた場所。
ちょうど、森と草原の境目だった。
この辺りは、普段であれば小型の魔物やたまに中型を見かけるだけで、大型などめったに出現しない。
おそらくは行方が分からなくなっていたオークの一体だろうと、ダニエルは当たりをつけた。
防壁の設置作業時に周囲の警戒任務を請け負っているのは、中ランクの冒険者たちだ。
一人ではオークの討伐は厳しいが、数名集まれば問題はない。
ダニエルが追いついたとき、彼らは五人で連携を組んでいた。
遠巻きに見ていたが、危なげなく対処ができている。
こちらも、何事もなく無事に終わりそうだ。
ダニエルが肩の力を抜きかけた、その時だった。
場の空気が、一瞬にして変わった。
大気が震えたと言っても過言ではないほどの圧が、周囲を覆う。
オークは討伐できたが、誰もがこの異様な雰囲気に気圧され動くことができない。
森からのっそりと現れたのは、斧を手に持つ一体のオークだった。
大きさは他と変わりがないにもかかわらず一目で特殊個体と判別できるのは、その肌の色のせいだ。
ダニエルが初めて目にする、黒色の肌を持つオークだった。
◇
「へ、変異種だ……」
「俺たちでは、どう足搔いたって勝てねえ……」
種族ごとに差はあるが、総じて変異種は強力な魔物とされている。
それがオークともなれば、中ランクの冒険者たちでは討伐は不可能。逃走一択となる。
「全員、この場から離脱!! 周辺に逃げ遅れた者がいれば、避難誘導を! 騎士団へ、至急派遣要請を頼む!」
我に返ったダニエルは、即座に指示を出す。
いつまでも呆けている場合ではない。
領主代理として、絶対に領民を守らねばならないのだから。
五人の冒険者たちは一斉に駆け出したが、慌てた一人の足がもつれ転倒する。
先ほど知らせに来た、あの冒険者の男だ。
急いで立ち上がろうとする男へ、オークが近づいていく。
手に持った斧を悠然と構え、ニヤリと笑った口元からは鋭い牙が覗く。
仲間が助けに戻ろうとするのを手で制止した男は、「早く、皆へ知らせに行け!」と叫ぶ。
束になってかかっても、自分たちでは到底敵わない相手。仲間を無駄死にさせるつもりはない。
その表情は、運命を受け入れる覚悟を決めた漢の顔だった。
斧が振り下ろされた瞬間、仲間たちは目を閉じる。
「ジョウカ!」
ガチャン!!と、辺り一帯に衝撃音が響き渡る。
オークの斧を受け止めたのは銀色の物体だが、家庭用掃除機よりも一回り以上大きい。
ダニエルにとっては、郷愁をそそる見慣れた形状。
それは、前世での『仕事の相棒』だった。
◇
ダニエルは、魔法の行使と同時に魔道具を男とオークの間に割り込ませた。
『浄火』では間に合わない。ならば、盾として使用するしかない。
家庭用掃除機のノズルと本体を重ねてもオークの一撃に耐えきれるのか不安はあったが、迷っている暇はなかった。
ところが、発現したのは第四形態の魔道具、業務用の大型掃除機だった。
斧の攻撃に耐えたばかりか刃を欠けさせ柄まで折り、武器を使用不能にする。
さらに、ノズルをバットのように大きく振り抜き、ヘッドでオークの顔を殴り飛ばす。
不意を突かれたオークは受け身を取れず、森の中まで吹っ飛んでいった。
この隙に男を立ちあがらせたダニエルは再度、避難誘導と派遣要請を依頼する。
頭を下げ礼を述べた男は、仲間とともに走り去っていった。
役目を果たした魔道具が、ダニエルのもとへ戻ってきた。
ヘッドをブンブン振り回す姿は、尻尾を振りながら飼い主のところへ駆け寄る犬に似ている。
「久しぶりだな! まさか、おまえも一緒に転生していたとはな……」
なぜ、自分の魔道具が前世の掃除道具だったのか。ダニエルはようやく合点がいく。
ダニエルの成長と魔力量増加に合わせて、相棒も共に進化していたのだ。
家庭用掃除機を発現させるのに必要な魔力量は『1,000』だった。
数日前に確認した魔力量は、『1,486』。
昨日発現させたときはまだ第三形態だったから、今日1,500を超えて進化を果たしたのだろう。
本体を撫でると、今度は嬉しそうにクルクルと回転を始めた。
明らかに、これまでの魔道具とは違う。自由意思を持っているようにみえる。
「おまえって、もしかしてAI機能が搭載されていたのか?」
会社から、掃除機の機能に関してそんな説明を受けた記憶はない。
ダニエルの問いかけに、魔道具も「いいえ」と答えた……ような気がした。
「残念だが、ゆっくり再会を喜び合う時間はないようだ」
森まで飛ばされたオークが戻ってきた。先ほどの物理攻撃で鼻が変形し、顔には血が滲んでいる。
それでも、足取りはいまだ力強い。
変異種だけあり、そう簡単には倒れてくれない。
ダニエルは、応援が来るまでの間ここで時間稼ぎをしなければならない。
覚悟を決めてオークのもとへ向かう主に追従するように魔道具が続く。
「確認なんだが、おまえはオークを吸い込めるのか? …………『動いていたら、できない』か、なるほど……」
言葉のやり取りはできなくても、魔道具の考えていることが感覚的に理解できる。
動き回る敵を吸引できるのは、どうやら中型の魔物までのようだ。ゴブリンなどが対象になる。
大型は、動きが止まっていたらできるとのこと。
たとえば、死んでいたり、生きていてもケガで動けない状態なら行使が可能らしい。
ただし、これまでと同様に吸引できる数は無限ではないようだ。
これに関しては、後日しっかり検証をしようとダニエルは心に留めた。
距離を取ったまま、お互いに睨み合う。先に動いたのはオークだ。
ダニエルが死ぬか気を失えば、魔道具は消滅する。
魔道具を脅威の存在と認識したオークが、それを操る者を先に排除しようとするのは至極当然の判断だった。
主に襲いかかろうとするオークの前に、大型掃除機が立ちはだかる。
火を吹き出して威嚇し、本体で体当たりをし、ヘッドで足元を執拗に攻撃。さらに、ホースで首を絞めようと大暴れまわった。
大型掃除機の動きは、ダニエルの意思によるものではない。
すべて自発的なもの。
自分で考え行動し、経験を次に活かす学習能力。
AI機能を搭載されたロボットのようだった。
首に纏わりついてくるホースを必死に引きはがしたオークは、それを掴み勢いをつけて放り投げる。
と同時に、腰に差したままだった折れた柄を、ダニエルへ投げつけた。
柄はブーメランのように回転しながら、ダニエルに向かってくる。
折れてはいるが、元は丈夫な太い木の棒で作られた斧の握り手部分。
子供の体では、当たれば大ケガ。打ち所が悪ければ、死もあり得る。
ダニエルの魔道具ができることは、吸引による『浄化』魔法と、『浄火』魔法と物理(殴打)による攻撃のみ。
盾となるのは魔道具だけで、防御魔法はない。
つまり、大型掃除機が傍にいない状況では、完全な無防備状態ということ。
周囲がゆっくりと流れるように見えるのは、前世の最後のときと同じ。
柄が真っすぐ自分に向かってくるのが、はっきりとわかる。
どう考えても、避けようがない。
ケガをしたら、痛いだろうな……とか。
父や兄に叱られるだろうな……とか。
やっぱり、このまま死ぬのだろうか……とか。
そんなことを考えていたら、大型掃除機の悲鳴のような叫びが聞こえた。
(防御魔法を認識しろ? でも、防御魔法なんて……)
その瞬間、ピコン!と鳴り響いたのは三度目となるあの音。
いつものように、ステータス画面が表示される。
ダニエル・エンダイバー(六歳)
属 性:無属性【ジョウカ魔法:浄化、浄火、城下】
魔力量:19
新しい魔法『城下』を目にしたダニエルの前に突如現れたのは、壁だった。




