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砂漠の月は美酒の色

作者: 黒森 冬炎
掲載日:2026/09/10

 月明るくして草木清風に靡くトビシュ王国には、三人の王子がいた。長兄デレクは全てにおいて優れている。金髪碧眼の上品な王子様だ。この人が国を継ぐことに、誰も意義を唱えない。三男ケビンは快活で、人に好かれる人物だった。王妃に似た柔らかな栗毛に新緑色の瞳で、愛嬌のある顔立ちだった。彼は、デレクの補佐役として早くから活躍してきた。三男は国民にも人気が高く、広報活動も担当していた。次世代は二人三脚の善政が約束されている、ともっぱらの評判だ。


 さて次男坊のアーネストだが、祖母の家系に多く見られる大男だった。輝く銀の直毛を無造作に束ね、夜空を映す藍色の双眸で眼光鋭く闊歩する。この次男坊は、西方砂漠防衛軍スカーレットタロンズを率いて血生臭い日々を送っている。西方の砂漠地帯は、魔物と盗賊と狂暴な蛮族が、絶えず国境を突破しようと襲ってくる。それを防衛するのだ。当然、柔和な者では勤まらない。加えて砂嵐にも備えなければならない。昼は灼熱地獄、夜は氷点下という厳しい自然条件は、優秀な魔法部隊により無効化された。それでもなお他の地域より厳しい環境である。


 アーネスト王子の凶行は、都でも噂になっていた。ある時は、盗賊団の砦に魔物の生首を弾丸として多数撃ち込んだ。


「うわぁ!やめろ!この狂人め!」


 毒のある魔物の血が切り口から飛び散り、元気な魔物は首だけなのに盗賊たちに噛み付いた。


「まだあるぞ!投げ込め!」

「やめろ!やめてくれ!降参だ!」

「旦那!これじゃ連中に触れませんぜ!」


 スカーレットタロンズの軍人たちまでが、大将王子に泣きごとを言う始末。


「焼いちまえ!」

「えっ、中に捕虜や財宝が」

「バカか?とっくに魔法部隊が転移済みだ。愚図どもめ」


 スカーレットタロンズには、王子と行動を共にする物理部隊と、別動隊の魔法部隊、その他に情報通信や調理、運搬、医療などの後方支援部隊があった。アーネスト王子自身は物理特化で魔法が全く使えない。その代わり手先は器用だったので、繕い物や調理に参加することもあった。


「背後関係の証人が必要なんじゃ」

「情報部隊が、早々に通信員を確保してる。証拠も抑えて中央の畜生共は告発済みだ!腰抜けどもが!さっさと火を放て!おらあああ!」


 言うなり、よく燃える魔法燃料を染み込ませた松明を砦に投げ込んだ。


「うわあああ!魔物の火を消せっ!毒煙が上がるぞっ」


 盗賊団の首領が叫んだ。子分共は右往左往している。スカーレットタロンズ物理部隊は、大将に従って松明や火矢や火槍を放った。丸めた布や小さな油壺にも火をつけて、どんどん投げ込む。全員抜かりなく毒煙対策のマスクを装備している。魔物討伐も日課なのだ。慣れたものである。


「がああ!正気じゃねぇ!」

「よしっ!良く燃えてる!撤退だ!」

「うーす!」



 またある時は、蛮族の姫に言い寄られて激怒した。件の姫は、野営地の王子用テントに忍び込み擦り寄って来た。艶かしい肢体の妖しい美少女である。しかしアーネストには効果がなかった。軍人王子は薄着の姫の肩口を片手で鷲掴みにすると、馬に飛び乗り野営地を出た。


「見張り!減俸だ!」

「ひいい!反省します!」

「痛いっ!痛いっ!」

「うるせぇアバズレ!反吐が出るぜ!」


 アーネスト王子は罵声を浴びせる。背後には、数人の精鋭部隊を引き連れている。魔物の群れを見つけると、憎しみに顔を歪める姫を投げ込んだ。トカゲや枯れ枝の姿をした、小型だが獰猛な魔物達だ。群れが蠢く乾いた砂が、そこここで盛り上がり、巨鳥や棘で覆われた猿の形に変化する。砂の魔物が雄叫びを上げて、蛮族の姫に襲いかかる。小型の魔物も、砂の魔物どもの陰から次々に姫を狙う。


「旦那、気に入らないなら送り返すだけでいいんじゃねぇですかい?」


 スカーレットタロンズの副官テオが気の毒がった。


「ふん。色仕掛けは加害者が被害者ヅラをして、被害者に責任を取らせるクソ忌々しい策略だ。そんなことをする輩は、男だろうが女だろうが、魔物の群れに食われちまえばいいのさ」

「きゃあああ!なんてことするのよ!頭おかしい!」


 蛮族だけに暫くは魔物に応戦していた。だが、アーネストたちが引き揚げて間もなく、魔物の群れに埋もれて悲鳴すら聞こえなくなった。



 アーネストは酒豪であった。手当たり次第に酒瓶を開けて、胃の中に流し込んでゆく。ある時、軍営を離れて魔物を狩った後、水場で一泊することになった。黄色がかってごつごつとした岩壁の底、緑が見える。くっきりとした星月夜を映し出す湖の畔で、一行は休んでいた。


 アーネストは大酒飲みではあるものの、作戦中は一滴も酒を口にしない鋼鉄の意志を持っていた。部下の中には意志の弱い者もいる。酔って行動に支障が出ては、王国の安全が失われてしまう。誘惑に負けぬよう、消毒用の飲めないアルコール以外、携行していない。そんなわけで、アーネストは焚火の側で干し肉を齧りながら、ぶつくさと文句を垂れていた。


「酒がねぇ。酒呑みてぇ。魔物のやつら、手こずらせやがって。こんな酒のねぇ所で一夜を明かすはめに陥るとは」


 その時、岸に近い水の中から、冷えた炭のように黒い巻毛の美女が、ひょいと顔を出した。悪戯そうな円い瞳は、夜より深い闇の色を湛えていた。


「ヘイ兄さん!酒が呑みたいって言ったかい?」

「あ?なんだテメェ」


 アーネストは、美女であろうとお構いなしに愛用の剣を突きつけた。いきなり現れた不審者である。警戒するのも当然だ。ハスキーヴォイスの美女は水柱を立てて跳び上がる。水柱の周囲も、水面が隆起した。盛り上がった水が崩れると、アーネストたちに降りかかる。


「うわぁ!テメェ、焚き火が消えたじゃねぇか!」


 アーネストは立ち上がり、岸辺に着地した美女に向かい剣を構えて詰め寄った。俄かに灰色の雲が流れて月を隠した。辺りには星明かりしかない。アーネスト以外は数人、夜目の利く者が武器を手に美女を取り囲む。


「気が短いねぇ。あんたら、長生きしないよー?」


 ずぶ濡れの美女は、船底型に撓んだ袖の中から、小さな木切れを取り出した。


「ほれ!」


 美女が投げると、木切れに火がついた。辺りは真昼のように明るくなった。


「初めて観る魔法だな」

「はーん、物を知らないねぇ。神術を見たことないのかい?」


 木切れを受け取ったアーネストが、まじまじと火を見つめた。


「神術?」

「水の神様ですかい?」

「どうりでお美しい筈だ」


 スカーレットタロンズの面々は、興味津々である。


「おっと、口が滑った。気にすんな!忘れろ。魔法だ、魔法。まあ、呑め!」


 美女は袖から、鶴口の酒壺と盃を幾つか取り出した。どれも煤けた金属製である。


「おおっ、極上の酒だな?ありがてぇ」


 美酒の芳香に鼻をひくつかせて、アーネストが盃を受け取った。満面の笑みを浮かべている。粗暴で厳つい男だが、非常に整った顔立ちをしている。笑うとなかなかの魅力を醸し出す。だが、美女は美男の笑顔に目もくれなかった。


「へへっ、イケるクチだね?」

「そこそこだ」


 美女はアーネストに美酒を注いだ。さらりとした黄金色の液体が、きらきらと光の粒を纏って盃に落ちてゆく。


「旦那、作戦中ですが」

「ここの水辺は聖域だ。魔物はこねぇ。盗賊団も新しいのは別の場所だし、蛮族どもは別動隊が当番だろ?今んとこ、どっちも大人しくしてやがるしな。ただ単に疲労を防ぐために一泊したんだよ。情弱が」

「へへっ、そういうことなら、喜んで」

「おー、呑め呑め!」


 美女は皆に酒を注いだ。


「女神様、お名前を伺っても?」


 酔いが回って大胆になった者が質問した。まだまだ正気のアーネストが部下をギロリと睨む。女神は素性を隠している体裁なのだ。蒸し返すのは良くない。そんな事をしたら、女神は美酒を持って立ち去ってしまうかもしれないではないか。そうなると、神の酒を口にする恵みを失ってしまう。しかし、アーネストの懸念は杞憂に終わった。


「名前ー?ミードとでも呼んどくれ」


 女神は気軽に名乗ったのである。偽名のようだが、誰も気にしない。相手は神様なのだ。呼び名を賜っただけでもありがたい。それからミードは、踊るような足取りで、その場にいた全員に酒を注いで回った。


「ミードか。俺はアーネスト。アーニーと呼んでくれ」


 盃を掲げて、アーネストも名を告げた。


「おー、兄さん、アーニーってのかい。よろしくな」

「おう。ミード、乾杯だ!」

「へへっ、アーニー、いい呑みっぷりだねぇ!気に入った!乾杯っ!」


 ミードの酒壺は、酒が尽きることがなかった。スカーレットタロンズは、ひとり、またひとりと酔い潰れていった。アーネスト王子と酒の女神ミードは、夜が明けるまで酒を酌み交わした。とくに何か熱心に話し込んだ訳ではない。ひたすらに呑み続けたのだ。


「ミード、この酒は本当にうまいなあ」

「うまい」

「注ぐか?」

「まだいい」

「いやあ、それにしても美味い」

「美味いな」


 そんな調子で陽が昇り、アーネストは馬の背に女神を引き上げた。自分の前に抱きかかえるような姿勢で、女神を乗せて砦に戻った。蹄鉄は砂漠に負けない魔法金属製である。砂に埋もれず、熱にも冷気にも耐えられる。帰還した大将を迎えた留守番連中は大騒ぎであった。


「旦那が嫁さん連れて来た!」

「なんだあの美女」

「魔物じゃねぇだろうな?」

「無礼だぞ!」


 アーネストは一喝した。


「でもまあ、こんな嫁なら良いかもな?」


 アーネストはミードを見下ろして、ニヤリと笑った。砦の仲間たちがどよめいた。当の女神はキョトンとしている。


「うん?嫁?」

「どうだ?夫婦にならないか?」

「なんだ、兄さん、妻が必要なのかい?」

「いや別に。兄貴と弟が嫁取りすりゃあいいからな。だけど、ミードみたいな嫁さんがいるのも悪くねぇ気がしたんだよ」

「ふうん?そうかい?まあ、それも面白いかもしれないね?」


 それを聞いて、アーネストは上気した。


「ミードもそう思うか?」

「うん、ちょっとはね」

「よし!今夜は婚礼だ!城に知らせを出しておけ」

「うす!旦那!」

「うおおお!めでてぇ!」


 砦が湧き立ち、調理場は活気付く。伝令が魔法便を頼みに走る。魔法部隊は城と緊急通信を行った。


「結婚だと?」


 トビシュ国王が目を剥いた。


「次男坊め、唐突に何をするんだか」


 長男デレクが溜め息を吐いた。


「お嫁さん、どんな人だろ?」


 三男ケビンは無邪気に喜んだ。


「アーニーのお嫁さん」


 トビシュ国王妃が不安そうに眉を顰めた。


「今夜とは、ふざけおって」


 国王が目を吊り上げた。


「いつ知り合ったのかも言ってこないなんて」


 デレク王子がもう一度溜め息を吐いた。


「馴れ初めが知りたいよね!」


 ケビン王子は嬉しそうだ。


「一体何者なのかしら」


 王妃は暗い顔を見せた。


「砦だけで婚礼を済ませるとは、全くもってけしからん」

「父上、議会を開いては如何でしょうか?なんと言っても王子の婚姻です。自分勝手に決めて良いものではございますまい」


 デレクは常識的だ。王妃はすぐに同意した。


「それが宜しゅうございます!陛下、デレクの言う通りですわ。すぐに阻止しなくては」

「しかし妃よ、これを逃したら、あの癲狂王子に嫁が来ると思うか?」


 国王は煮え切らない返事をした。苛立ちながら、息子が家庭を持つチャンスを逃すまいとも思っていた。


「父上、僕もおめでたいと思います!」

「陛下!だからと言って、好き放題を許していては、国民にしめしがつきませぬ」

「妃よ、落ち着きなさい」


 王城で国王一家が狼狽えている間に、砦ではあっという間に婚礼の準備が整った。優秀な魔法部隊の活躍で、王子妃に相応しい盛大な婚宴が開かれていた。花嫁は、オレンジの白い花を刺繍した純白のヴェールを被る。オレンジの花は純潔の象徴である。ドレスも白い絹で、トビシュ王国の国旗が地紋に入っていた。図象は翼の生えた酒壺だ。初代国王夫妻が婚礼の夜に揃って見た夢に出て来た、銀色で白い翼が生えている、鶴口のついた酒壺をデザインしたものなのである。


 城では結論を出せずに一夜が明けた。朝食後、砦に国王直々の連絡が入った。


「アーネスト!この馬鹿者!」

「なんだよ、ジジイ、朝っぱらから大声出すんじゃねぇ」

「王子の婚姻は国事であるぞ!好き勝手に決めて良いものではない!」


 家族の前では賛成派だった国王だが、手放しで喜ぶ訳にもいかない。彼は一国の王なのだ。王子の婚姻は議会の承認を受けるのが慣例だ。必須ではないが、国王としては体面というものがある。国益というものもある。相手はスパイかもしれない。魔物という事だってあり得る。誰だか解らない人物と、いきなり結婚したと言われても、許す気にならないのが普通だ。


「結婚祝いは酒でいいぞ」

「なんだと、図々しい。この親不孝者!」

「仕事が忙しいから、もう通話終了する」

「はっ?こら!まて!あっ、切りおった」


 後ろでは女神が、朝から盃を傾けていた。アーネストも朝酒に付き合う。


「さすが天上の酒だ。呑めば呑む程、調子が良くなるぜ」

「ほほう!流石アーニーだ。普通の人間は、少し呑むなら死に損ないでも健康になるが、大量に呑むと酔っ払うし二日酔いにもなるぞ」


 アーネスト王子は、昨夜からどれだけ女神の酒を呑んだか分からない。だが、一向に酩酊する気配がなかった。


「おっと、こいつぁいいや。縁分ってやつだねぇ」

「その通りだな!ミード」


 アーネストは、ご機嫌で新婚妻を抱き寄せてキスをした。ミードも上機嫌でキスを返した。


「人間の結婚てのも良いもんだね。なんだかふわふわした気分がするよ」

「だな!酒も余計に美味く感じるよな?」

「そうだね。おんなじ酒のはずなのに、昨日よりずっと風味が上がった気がするよ」


 二人がウキウキと手を繋いで砦の巡回をしていると、非番の兵士が声をかけて来た。


「旦那、姐さん、おはようございます!」

「おう、テメェら、非番なのに早いな」

「へへっ、今日は休みですから、昨日の美酒を、ちょいとばかし分けて貰えねぇかと思いましてね」


 アーネストは、問いかけるようにミードを見た。やや身体を傾けると、白銀の後れ毛が顔や肩にサラサラと流れた。ミードはその様子を、盃に落ちる神酒のようだと思った。


「うん、いいよ」


 ミードはふたつ返事で酒壺を渡した。


「えっ、姐さん、壺ごと下さるんで?」

「うん。けど、砦全体にあげたんだからね?独り占めや、仲間内だけでこっそりと呑むのは駄目だよ?」

「うす!」


 女神様の言葉は、天の戒律である。禁忌を破る愚を犯す者は、この砦には存続しなかった。それ故に、勤務中の仲間たちにも、あっという間に酒壺の下腸が知れ渡った。


「テメェら!酒の話は勤務時間外にしやがれ!ぶっ弛んでると、どてっ腹(ぱら)に風穴が開くぞ!」

「うす!」


 実際、地に足がついていないと、生命に関わる砦なのだ。少しくらいの雑談なら構わないが、今朝は、皆がその話題で持ちきりなのである。興奮ぶりが目に余ったのだ。


 居室に戻ると、二人は窓辺に腰を下ろして一息ついた。


「ミード、そういやぁ、天の家族に新婚の挨拶しねぇで良いのかよ?」

「うん?まあ、いいんじゃない?地上での事だし」


 アーネストは青くなった。


「おいっ、まさか、天上に戻ったら、この婚姻を無かったことにするんじゃねぇだろうな?」

「違うよー」


 ミードがケラケラと笑う。アーネスト王子はほっと胸を撫で下ろした。


「ならいい。良かった」


 ミードは酒壺を取り出して、盃に透明な酒を注いだ。


「お?違う酒だな?」

「うん。いろんなのがあるよ」


 天界の婚姻問題は有耶無耶になった。


「呑んでみな」


 ミードが差し出す盃を、アーネストは丁寧に断った。


「いいよ、ありがとう。勤務中だからな」

「人間には、新婚休暇ってのがあるんだろ?」

「今の状況じゃあ、そりゃ夢のまた夢だな」

「蛮族と魔物が、今んとこ大人しくなってんじゃないのかい?」

「まだ絶滅してねぇからな」


 アーネストは気炎を挙げた。


「弱った隙に、どっちも根絶やしにしてやるぜ!」

「どっちが蛮族なんだか分かんないねぇ」

「なんだと?俺たちスカーレットタロンズは、無抵抗の民から資産や命を強奪したり、なぶり殺しにしたりなんて畜生以下の蛮行なんかしねぇぞ!」


 アーネストは卓を拳で叩いた。


「ああ悪かったよ」

「だがな、非道な行いをする奴らには、容赦しねぇ」

「分かったよ」


 ミードは手を伸ばして、アーネストの手の甲を軽く摩った。アーネストは忽ち機嫌を直し、にこりと笑った。藍色の瞳が、別人のように和らいでいた。


「旦那っ!」


 斥候隊からの伝令が、慌ただしく駆け込んできた。


「何事だ」

「東の峡谷に、都からの輸送隊を狙う盗賊が埋伏してますぜ!」

「規模は?」

「五百ってとこでさぁ」

「待て、峡谷付近に新しく住み着いた奴らは、そんなに居ないだろう?」


 アーネストが表情を硬くした。


「ええ、斥候によると、二十人程度でした」

「どういうことだ」

「しかも、隠れてる連中は、盗賊とは思えねぇ程の防具やら、頑丈な弓矢やら、品質のいい刀やらを身につけてるんでさぁ」

「蛮族と組んだか?」


 アーネストは推察した。蛮族は刀メインの戦闘スタイルだ。盗賊を取り込んで国境の内側まで侵入したのかもしれない。


「それが、今までに見たことのない格好をしてんです」


 伝令は、斥候から渡された絵を取り出した。白黒だが、色など細かいところは、言葉で補足されていた。


「全くの新手だな」

「ええ、峡谷の盗賊とは無関係ってこともあり得ます」

「どっから湧きやがった。トビシュの民には見えねぇな」


 トビシュ人は肌が白い。蛮族も白い。報告に描かれた伏兵は、赤銅色の肌をしていた。アーネストは眉間に縦皺を寄せて思案する。


「そういやあ、南方の商業国家は、こんな見た目の連中が住んでたかな」

「旦那、南は小っちぇえ友好国が3つありましたよね?」

「そうだ」


 アーネストは頷いた。


「隊長クラスを全部呼べ!潰しに行くぞ!」

「うす!」


 アーネストは、軍靴を鳴らして石造りの廊下に飛び出した。ミードには特にする事がないので、平然と盃を傾けていた。


「テオ!南の状況を聞いてこい!」

「あいよー、旦那」


 扉の一つから顔を出したテオ副官が、情報室へと駆け去った。会議はいつにない緊迫感に包まれていた。スカーレットタロンズは西方砂漠地帯の防衛軍だ。南方の状況にはやや疎い。各地の情報は、月毎に纏められて中央から送られてくる。砦独自の情報収集は行っていなかった。砂漠地帯は、全国一危険で繁忙な防衛戦線だ。緊急通信が来ない限り、他所の地区に構ってはいられないのである。


「南の奴ら、何やってやがる!三歳児並べといたほうがまだ役に立つんじゃねぇの?木偶の坊が!」


 トビシュ王国内の魔法情報網が活発に消息のやり取りを行い、砦は中央議会とも連携することになった。なにしろ友好国、もしくは友好数カ国が外敵に転じた可能性が高いのだ。王国は大パニックである。もう、王室次男の電撃結婚騒ぎどころではなくなった。


「俺が出る!以上!」


 侃侃諤諤の議論をぶった斬り、アーネストは精鋭を率いて現地に跳ぶと宣言した。


「分析や計画は勝手に続けろ」

「なりませぬ!迂闊な行動は黒幕を逃し国際関係にヒビを入れますぞ!」

「うるせぇ、捕まえりゃ解かんだろ!」

「みだりに手を出しては」

「輸送隊を襲われてからじゃ遅ぇんだよ」

「罠では?砂漠の蛮族による陽動なのでは?本当に荷を襲うとは限りませんぞ」


 保守派が魔法通信で食い下がる。


「左様でございますよ、殿下。砦を手薄にして、蛮族が襲撃してくるのではないでしょうか?」

「頭沸いてんのか!ジジババども!」


 首脳陣には老害爺さんの他に頑固婆さんもいる。


「お口が過ぎますぞ!アーネスト殿下!」

「今、んなこと関係ねぇだろうが!暇人が!」


 吐き捨てて、アーネストは荒々しく扉に向かう。


「テオ!後頼む」

「あーい、旦那。頼まれましたー」


 アーネストよりは穏やかな副官テオが、中央との擦り合わせを引き受けた。


「ジジイ、吉報を待ってな!」


 アーネストは、口が耳まで裂けそうな程の狂笑を浮かべて立ち去った。


「なんなんだ!あの狂人は!」

「呼び戻せ!軍法処置だ!」

「あー、各位大臣がた、並びに元帥殿、誠に申し訳ないことではございますが、西方防衛の指揮権は、アーネスト王子殿下にのみ帰属しております。中央から完全に独立致しております。皆様、お忘れですか?」


 西方砂漠地帯は、緊急度が高すぎるのだ。中央の決定を待っていたら、魔物と盗賊と蛮族とにトビシュ王国が呑み込まれてしまう。


「不敬な!」

「や、不敬とは?アーネスト第二王子殿下は、あれでもれっきとした正統王族ですよ?」

「国王陛下の御前会議だというのに、勝手な行動をしおって!気が触れておる」

「国王陛下が何も仰せではないのに、皆様はどういう資格でアーネスト殿下を弾劾なさるので?」

「静粛にせよ!」


 とうとう国王が口を開いた。


「元帥!」

「はっ!」

「今までに分かったことを纏めろ」

「南方では何の異変も報告されておりませぬ。埋伏者の数はおよそ五百、武装しております。付近の盗賊とも、蛮族とも、姿形の特徴が合いません。南方の小国ガンの兵士と類似しておりますが、確証は御座いません。埋伏は、都から西方砂漠地帯への補給ルート上でございます。この度の補給物資は、およそ1時間後に埋伏地点を通過致します」


 国王が前面に出たので、テオは口をつぐんだ。長いこと話し合っていたが、第一報となんら変わり映えのしない纏めだった。テオたち砦のメンバーは、苛立ちを隠すのが精一杯であった。


「一旦、アーネストからの報告を待とう」


 国王が決定した。議会には不満が渦巻いたが、新情報もなく砦の批判ばかりしていても無意味なのだ。


「休会!続報が入り次第、再開する」


 国王は有無を言わせぬ態度であった。王の威厳が、古狸どもを黙らせた。



 やがて捕虜を連れたアーネストが戻って来た。引っ立てられて来たのは、十名程だ。残り約四百九十名については、お察しである。連れてこられた捕虜たちは、気力を失った者もあれば、怨嗟を全身から放っている者もある。捕虜の中には、補給部隊の制服を着ている者も数名いた。伏兵と同じ服装だが、明らかにトビシュ人の容姿を持つ者もいた。


「どさくさに紛れて逃げようとしたスパイも、全員ひっとらえたぞ!」

「うおおお!旦那、流石です!アーネスト殿下万歳」

「荷物は徹底的に検査しろ!余計な小細工を許すな!」

「うす!」


 検査中の物資から、毒物が検出された。


「やはりな」


 物資の検査には、アーネストが直々に立ち会っていた。捕虜の尋問はテオに任せている。そこへ、ミードがのほほんとしてやって来た。


「記録とサンプルを残したら、これどうすんの」

「廃棄だな」

「解毒しようか?」


 何でもないことのように、ミードが言った。片手には酒壺を持っている。


「ミード!最高の奥方だな!」


 アーネストはミードを抱き上げて、くるりと一回転した。地に下ろすと同時に頬を両手で挟んで、何回かキスをした。


「はいはい、落ち着いて」


 満更でもなさそうな顔をしつつ、ミードは大量の物資に女神の酒を振りかけた。その場に居合わせたのは、スカーレットタロンズの構成員だけである。当然誰も咎め立てはしなかった。


「もう大丈夫だよ」

「ありがとうございます!ミード姐さん!」

「ほれほれ、じゃんじゃん感謝なさーい」


 ミードは女神である。賛美が存在の糧となるのだ。御前会議が再開するや否や、アーネストは怒鳴った。


「我が妻ミードの功績を讃えよ!」


 一切の説明無しである。


「なんと?」

「この気が違った男を摘み出せ!」


 会議室が騒然とした。悪評天を突くアーネストに対しては、誰も遠慮をしない。国王補佐についているデレク王子は、今回書記官なので黙っていた。国王が収拾するよりなくなった。


「アーネスト、何が起こったのだ?」


 冷静な質問を受け、アーネストは事の顛末を語った。


「解毒?」

「突然現れた怪しい女は、やはり民間の詐欺師だったか」

「スパイじゃないのか」


 現地におらず、ミードの酒も口にしていない人々だ。この反応になるのも頷ける。


「王子妃に対して不敬である!廃棄するはずだった大量の物資を救った我が妃の功績を、早く讃えねぇか!」

「黙れ、狂人が」

「食糧にも布類にも、武器にも、何もかもに毒が仕込まれていたんだぞ?」

「先ほどの報告では、解毒方法が知られていない南方少数民族の毒物が検出されたと言っていたな?何故、怪しい女が解毒できたのだ?スパイとしか考えられぬ!」

「恩知らずめ!」


 アーネストは罵倒した。砦側の出席者達も同調した。その場はしばし罵詈雑言の嵐となった。そこへミードが静かに入って来た。片手には酒壺を持っている。


「なんだ、小娘」

「部外者を入れるな」

「酒壺ではないか?」

「酔っ払いめ!出ていけ」

「この緊急事態に、なんたることだ。嘆かわしい」


 出席者たちが口々に拒絶の意を表した。ミードは涼しい顔で言い放つ。


「あっちの人達には関係ない」

「ミード?」

「アーニーたちは同じ酒壺の酒を酌み交わした仲間だからね。当然助けもするよ。だけど、あっちとは全く縁が無い」


 ミードは元帥を見つめていた。アーネストの目付きが鋭くなる。


「ジジイども、またちょっと休んでろ!魔法通信兵!通信を切れ」

「うす!」


 スカーレットタロンズの魔法部隊は王国一である。彼等が指定した区域は、瞬時にあらゆる魔法通信が遮断されてしまう。物理的な盗み聞き対策の防音魔法障壁もバッチリだ。


「ミード、元帥は内通者だな?」

「自分で調べなよー」


 神は地上のことに、関わり過ぎてはいけないのである。元帥はミードにとって縁のない相手だ。怪しい人間としてのミードを攻撃しただけであって、酒神を冒涜した訳ではない。従って、ミードも神として元帥に影響を与えることは御法度だった。


「テメェら!死ぬ気で調べ尽くせ!」


 アーネストの号令の元、王国の安全は隅々まで確認された。一年という短い時間で、南、北、東の辺境軍を始めとする軍部、物資に関わる生産者や商人たち、審査に関わる文官たち、その他宿屋や民間の飛脚業者に至るまで、協力者を増やしていった。初めはデレクとケビンのことすら疑ってかかったのだが、調べて行くうちに、国王一家はシロだと解った。


「漸く落ち着いたな」


 事態がすっかり収束してから、国王がアーネストに個人通信を送って来た。


「ミード嬢にも褒賞を与えよう。お前たち、中央で婚礼をあげに戻らないか?」

「そんな暇ねぇよ!」


 蛮族は平定されず、魔物は減らない。盗賊達も各地から流れ込んでくる。砂漠地帯は相変わらず混沌たる状況だ。


「そうは言ってもなあ」

「ジジイ、倒れたら笑いに行ってやるよ」

「縁起でも無いことをぬかすな」

「こっちは本当に忙しいんだよ。少なくとも蛮族が片付くまでは倒れんじゃねぇぞ」

「魔物のほうが厄介だと思うよー?」


 ミードが横から口を出した。


「魔物はいなくならないからねー」

「そうなのか?とんでもねぇな」


 女神の言葉なので、信憑性は高い。


「アーニーは砦を離れないほうがいい」

「ミードの言う通りにするよ」


 ふたりが自然と甘い雰囲気になったので、国王は咳払いした。


「こちらから訪ねてもいいんだが、デレクの奴が危険だから駄目だと聞かなくてな」

「ああ、年寄りは来んじゃねぇ。守る人手はねぇから」

「魔法耐性がない人は、魔物の発生地帯に近づいたら危ないよ」

「せめて、王孫が産まれたら城に戻ってくれまいか?」


 国王は期待を込めて頼んだ。


「うんまあ、もし、そういうことにでもなれば、アーニーの家族とは縁続きってことになるかな」


 孫と聞いて、アーネストはそわそわした。ミードは淡々としている。


「では、期待しておるぞ。ほら、王妃からも何か言ってやれ」

「来るなら来れば良い」

「ババァ、ミードになんて態度取りやがる!」

「今はまだ縁のない者だ。構わないよ」


 ミードが気のない様子で盃を傾けた。王妃が憤慨したので、国王は慌てて通信を終了した。


「人間は面倒だな」


 ミードはアーネストに盃を差し出した。


「まあ、そう言わずに。側にいてくれよ?」

「うん、アーニーは好きだから一緒にいるよ」


 何気ない答えに、アーネストは狂喜した。


「えっ、ちょっと!いたた」


 アーネストは、喜びの余りきつく抱きしめ過ぎたのだ。


「ご、ごめん」


 アーネストはそそくさと身体を離すと、改めてミードに笑顔を向けた。


「ずっと側にいてくれよ?愛しい奥さん」

「いいよ。乾杯しよう。愛しい旦那さん」

「ああ、この良縁に」

「良縁に」


 ふたりは腕を交叉して、交杯礼を行った。窓の外には砂漠の月が冴え冴えと銀色に輝いている。月の光はアーネストの髪色に溶け込んで、ミードの黒に輝きを添えていた。夜は静かに更けて行く。これから先も、洒脱な酒の女神と正気とは言えない軍人王子は、仲良く酒を酌み交わして行くに違いない。砂漠の水場で始まった奇縁は、後の世までも語り継がれることだろう。

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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 素敵なカップルですね。
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