第六章 地図が広がること
v16の最終調整に入った頃、ナナセから連絡が来た。
「データを見ました。今回は、今までと構成が違いますね」
「違います。言葉が入ってます」
「言葉の地図、と呼べばいいですか」
「そう呼んでもらっていい」
「障害を持つ人間のデータが、初めて入った」
「入った。空白だった層が、初めて形を持った」
ナナセは少しの間、黙った。
「制度改訂への影響は、v15より読みにくくなります。言葉は、数字より解釈が分かれる」
「そうです。でも——解釈が分かれることが、新しい対話を作るかもしれない」
「誤解も増えます」
「増えます。でもソラが言ってたことがあります。誤解が最多になるということは、関心が最多だということでもある、と」
「……あなたは変わりましたね」
「変わりました」
「どこが変わったと思いますか」
レンは少し考えた。
「v1を作ったとき、俺は一人だった。数字を見て、空白を見つけた。今は——空白の場所に、人間がいる。その人間が、言葉を持ってきてくれた。俺が地図を作っているんじゃなくて、地図が人間を呼んで、人間が地図を作っている」
「地図が、作り手を作っている」
「そうかもしれない」
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v16が公開されたのは、三十一歳の冬だった。
公開の当日、引用件数はv14のときより少なかった。
「少ないですね」とソラが言った。
「少ない」
「気になりますか」
「なる。でも——今回は数字の地図じゃないから、引用のされ方が違うと思う。数字は引用しやすい。言葉は、引用した瞬間に文脈が変わる。引用されにくい言葉の方が、読まれているかもしれない」
「読まれているかどうかを、確かめる方法はありますか」
「今はない。でも——ツバサが言ってた。わからない、と言える人の方が信用できる、と。俺もわからない、で持っておく」
「持っておきます。記録します」
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その夜、ミコがレンに言った。
「v16、読んだ」
「どうだった」
「ツバサの言葉が、そのまま入ってた。通訳が入って確かめる、というところ」
「そのまま入れた」
「ツバサ、自分の言葉が入ってることを知ってる?」
「知ってる。確認した上で入れた」
「どう思ってたか、ツバサに聞いたか」
「聞いた。——なんか変な感じ、と言ってた」
「変な感じ」
「自分の言葉が、地図になるとは思ってなかった、と。でも——地図になることで、誰かの空白が埋まるかもしれないと思うと、悪くない、と」
ミコはしばらく黙った。
「ツバサの言葉が、誰かの空白を埋める」
「埋めるかどうかはわからない。でも——空白の形が見えるようになる。そこに誰かがいたことが、わかるようになる」
「欠けた場所を、歩いていく」
「ユキの本の話だ」
「v16も、同じ構造をしてるんだね」ミコは言った。「欠けた場所があることを、見えるようにする地図」
「最初から、そういう地図を作ろうとしてた。v1から、ずっと」
「止まっていない」
「止まっていない」




