第五章 ツバサとのこと、その後
ツバサが研究機関に来てから半年が経った頃、ミコが言った。
「ツバサと、普通に話せるようになってきた」
「普通に、というのは」
「気を遣わないで、という意味じゃない。ちゃんと気を遣って、でも遣ってることを意識しないで話せるようになった」
「遣ってることを意識しない」
「最初は——どう接するか考えながら話してた。でも今は、話しながら考えてる。その順番が変わった」
「先に関係があって、そこから考える」
「そう。ソラが言ってたことだ。関係が先にある、って」
「ソラが言ってたのか」とレンは少し驚いた。
「あなたに言ってたのを聞いた。三人で食事した夜の帰り道、あなたとソラが話してたのを」
「聞こえてたか」
「聞こえてた」ミコは少し笑った。「あなたたちの会話、ときどき聞こえる。ソラは私に話しかけてこないけど、あなたへの言葉は、私にも届くことがある」
「ソラへの影響、ということか」
「私がソラに影響してるように、ソラの言葉が私に影響してる。間接的に」
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ある日の昼、ミコからメッセージが来た。
「ツバサが、レンのことを聞いてきた。v16を手伝えないか、って」
「手伝いたいと?」
「そう。ツバサは施設出身で、障害者の評価データに詳しい。v16に入れたい層のデータを、直接持っているかもしれない、と思って私が話したら——本人が言ってきた」
「会う。いつでも」
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三人で会ったのは、外縁区画の静かな店だった。
ツバサは最初と違う目をしていた。測る目ではなく、考えている目だった。
「v16に入れたいのは、どんなデータですか」とツバサは聞いた。
「数字だけじゃない。障害を持つ人間が、制度の中でどんな乖離を感じているか——その言葉を入れたい。ハシモトさんの親たちの言葉を入れたとき、同じ方法で」
「言葉を、地図にする」
「そう。空白の形を作るために」
ツバサはしばらく考えた。
「一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「私の言葉を入れることで、誰かが変わりますか」
「わからない。ハシモトさんの親たちの言葉を入れたとき、制度が直接変わったわけじゃない。でも——それを読んだ誰かが、何かを考えた。その何かが積み重なって、どこかに届くかもしれない。そのくらいのことしか、今は言えない」
「それでいいです」とツバサは言った。
「いいのか」
「大きな約束をされると、逆に信用できない。わからない、と言える人の方が、信用できます」
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v16の作業に、ツバサが加わった。
ツバサが持っていたのは、施設での経験と、義肢を持つ人間として都市国家の制度の中を生きてきた記録だった。数字と言葉が、両方あった。
ツバサのAIアシスタントは、精神支援機能が付与されていた。他者とのコミュニケーションの支援として、ツバサが言葉を組み立てるとき、補助が入ることがある。
「アシスタントの支援機能、どんな感じか」とレンは聞いた。
「翻訳みたいな感じです」とツバサは言った。「私の頭の中にあることと、外に出てくる言葉の間に、通訳が入る。でも——通訳が正確かどうかは、私にしかわからない。だから結局、最後は私が確認する」
「アシスタントが訳して、ツバサが確かめる」
「そう。アシスタントなしでも話せます。でも——あった方が、正確に伝わる確率が上がる。特に、知らない人間と話すとき」
「今は使ってるか」
「今日は、少し使ってます。あなたとミコさんとは、少し関係ができてきたから、少しだけ」
「使っていることを、教えてくれたのか」
「教えた方がいいと思った。使っていることを隠すことが——乖離を作る気がして」
レンはその言葉を、少しの間持った。
「ツバサが今言ったこと、そのままv16に入れていいか」
「入れていいです」




