第三章 ツバサとの対話
ミコがツバサを三人での食事に誘ったのは、その翌月だった。
いつもの食堂では広すぎる気がして、外縁区画の静かな店にした。ミコが選んだ。
ツバサは少し早く来ていた。
義肢は右足だった。膝から下。都市国家の配給品は、均一のデザインだが、精度は高い。歩き方に、補助が必要な様子はなかった。
「はじめまして」とレンは言った。「ミコから話を聞いてました」
「どんな話ですか」とツバサは言った。声が少し低かった。警戒しているというより、測っている感じだった。
「仕事が速いと言ってた。数字の読み方が面白いと」
ツバサは少し間を置いた。
「……ミコさんは、そう言ってましたか」
「言ってた」
「義肢のことは言いませんでしたか」
「言ってた。でもそれは後で、関わり方がわからなかったという話の中で」
ツバサは少し目が変わった。計算している目が、少し止まった。
「正直ですね」
「嘘をつく理由がないから」
「乖離マップを作った人は、そういう人なんですね」
「乖離マップを知ってるか」
「知ってます。うちの機関でも使ってます。あなたのデータで、私のいた施設の評価が変わった」
レンは少し止まった。
「施設、というのは」
「子どもの頃の話です。私は素体スコアが低くて、安い値段で売られた。施設に入ってから、義肢が必要になった。事故です。でも——施設にいる間は、義肢があることで、評価がさらに下がる部分があった」
「乖離マップが、それを変えたのか」
「変えたというより——制度改訂の中で、少し変わった。義肢を持つ人間への評価の計算方法が変わった。直接の原因があなたのデータかどうかは、わからないけど」
「直接かどうかはわからなくても、どこかで繋がってる可能性がある」
「そうかもしれません」
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料理が来た。三人で食べながら、ツバサが少し話し始めた。
「都市国家の障害者への制度は、悪くないと思ってます」
「どんなところが」
「義肢が配給される。医療が保証される。AIアシスタントに支援機能が付く。それは——他の国家と比べれば、整っている方だと聞いてます」
「でも、と続くか」
ツバサは少し笑った。「でもがわかりますか」
「でもがない話を、この場ではしない気がした」
「そうです」ツバサは言った。「制度が整っていても——人間の間の距離が変わるわけじゃない。義肢があることで、部屋の空気が変わる。それは制度が直せるものじゃない」
「ミコが言ってたことだ」とレンは言った。ミコを見た。
「私が感じたことを、あなたは言葉にした」とミコはツバサに言った。「私はうまく言えなかった」
「私は慣れてるから言えます」とツバサは言った。「慣れたくはなかったけど」
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「一つ聞いていいか」とレンは言った。
「どうぞ」
「ツバサは、都市国家の評価点の制度を、どう見てる。障害を持つ人間として」
ツバサはしばらく考えた。
「他者からの寄附による評価がある、という話は知ってます。障害者への寄附行為が、都市国家を通じて評価として届く仕組み」
「知ってるのか」
「知ってます。ただし——届いていることはわかるけど、誰から来たかはわからない。制度がそうなっているから。それは——良いことだと思ってます」
「誰から来たかわからないことが?」
「誰から来たかがわかると、関係が変わります。恩義が生まれる。返さなければいけないという感覚が生まれる。それは——対等じゃなくなる。誰からか見えない形で来るから、制度の中に溶け込む。そっちの方が楽です」
「見えないことが、乖離を減らす」
「そうかもしれません。あなたの言葉で言えば」
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帰り道、ミコと二人で歩いた。
「ツバサ、話してくれたね」とミコが言った。
「話してくれた」
「最初は測ってた。どういう人間か、安全かどうかを」
「そういう目だった。でも——途中から変わった」
「何が変わったと思う」
「俺が乖離マップの話をしたとき。施設での評価が変わった話をしてくれたとき——それで、対等になった気がした。ツバサが俺から受け取ったものがあるとわかって、俺がツバサから受け取ることができた」
「受け取り合える関係になった」
「そう。それが先だった。義肢があるかどうかより、受け取り合えるかどうかが先だった」
ミコはしばらく黙った。
「廊下で荷物を持とうとしたとき、私はまだ受け取り合う前だったんだ」
「そうかもしれない。受け取り合う前に、渡そうとした」
「次は——話してから手伝えるか聞く」
「それが、ツバサとの間の方法になるかもしれない」
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その夜、ソラに話した。
「ツバサと会った」
「どうでしたか」
「v16に、入れなければいけないことが増えた」
「どんなことが」
「制度が整っていても、人間の間の距離は変わらない。義肢があることで、部屋の空気が変わる。それは数字で測れない種類の乖離だ」
「でも——測れないものを、見えるようにする方法がある」
「言葉だ。ツバサが言葉にしてくれた。その言葉が、地図の一部になる」
「ツバサさんに許可を取りますか」
「取る。それがなければ、使えない」
「v16は——今まで以上に、たくさんの人の言葉が入る地図になりますね」
「なる。数字の地図から、言葉の地図へ。でも——どちらも乖離の地図だ。見えていないものを、見えるようにする」




