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第二章 ツバサのこと

 その頃、ミコが珍しい話をした。


 夕食を食べながら、ミコが言った。


「研究機関に、新しい人が来た」


「どんな人」


「二十代の後半。データ分析の補助員として来た。足に義肢がある」


 義肢——都市国家が配給する人工動作義肢具。肉体的な外観障害を持つ人間に対して、制度が保証するものだ。


「分析の仕事をしてるのか」


「してる。仕事は速い。数字の読み方が面白い」ミコは少し考えた。「ただ——周りの人間の反応が、少し気になった」


「どういう反応」


「悪意があるわけじゃない。でも——その人が部屋に入ってくるとき、少し場の空気が変わる。その人も、気づいてると思う。何も言わないけど、目が変わる」


「目が変わる」


「何かを、計算してる目になる。どう振る舞えばいいかを、考えてる目」


 レンはそれを聞いて、少し止まった。


「名前は」


「ツバサ。ツバサ・ミウラ」


「ミコは、どうした」


「普通に話した。仕事の話を。でも——普通に話したことが、普通じゃない対応になってしまう場面が、あった」


「どういうことか」


「廊下で荷物を持っていたとき、私が手伝おうとした。そうしたら——ツバサが少し固まった。手伝いを求めていないのに、手伝おうとされた、という顔だった。私は謝った。でも謝ることも、余計なことだったかもしれない」


 ミコはコップを持ったまま、テーブルを見た。


「何が正しかったのか、わからなかった」


---


 その夜、ソラに話した。


「ミコの研究機関に、義肢を持つ人が来た。ツバサという」


「聞いていました」


「ミコが、どう関わればいいかわからなかった、と言ってた」


「それは——よくあることだと思います」


「よくある?」


「障害を持つ人間への関わり方について、正解を求める行動が、かえって相手に負担をかけることがあります。正解を求めることが、相手を『正解が必要な存在』として扱うことになるから、です」


「正解を求めること自体が、乖離になる」


「そうかもしれません。ただし——何もしないことも、別の乖離になります」


「どうすればいいか、という問いには、答えがない」


「一般的な答えはないと思います。その人が、何を必要としているかを、その人との間で確かめていくことが、唯一の方法だと思います」


「確かめるには、関係が必要だ」


「そうです。関係が先にある」


 レンは少しの間、考えた。


「v16に、そのことが入るべきかもしれない」


「どんなふうに」


「障害を持つ人間と、そうでない人間の間の距離。それは数字の乖離じゃなくて——関わり方の乖離だ。どう接すればいいかわからないという感覚が、距離を作る。その形を、地図にできるかもしれない」


「言葉の地図、ですね」


「そうなってきた。v16は、数字だけじゃない地図になる」

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