ジュニア冒険者、はじめての現場
私は、“ジュニア冒険者”。
と言っても、モンスターと戦うわけじゃない。
だってここは2040年の日本。
魔法なんてないし、私たちの敵は“社会問題”だ。
今日のクエストは「地域農園の採取手伝い」。
農村の担い手不足を補うため、冒険者ギルドが自治体に代わって支援している仕事だ。
「ユイ、軍手持った? 水分は? スマホの充電は?」
「ママ、心配しすぎ!」
私のママ――南瀬桜、29歳。
十二歳までは親同伴かパーティーが必要だから、ママと一緒にクエストを受ける。
……受けるんだけど。
「ユイはまだ八歳なんだから、無理は絶対だめだからね」
「わかってるよ!」
私はわかってる。
でも“冒険者”は、ただの手伝いじゃない。
国家でも企業でも拾いきれない困りごとを、
ギルドがクエスト化して、私たちがこつこつと片づける。
社会の中に残った小さな穴を、埋める仕事。
それが冒険者。
私もやりたい。
自分の力で、誰かの役に立ちたい。
――でも。
「ユイちゃん、鎌は危ないからママがやるね!」
「ママぁぁぁ!! 私もやらせてよ!!」
今日も、ママの過保護が炸裂している。
***
ユイには申し訳ないと思っている。
私が心配性すぎるのは、自覚している。
でも――この十年で日本は変わってしまった。
ヒューマノイドの普及で仕事は減り、
地方は高齢化で限界集落寸前。
保育も介護も現場が崩壊しかけ、人手は常に不足している。
そんな中で“冒険者ギルド”が生まれた。
国と並列するインフラ組織。
自治体・企業・個人のあらゆる依頼を受け、
人手不足を補うために活動する。
冒険者は、いわば社会の裏側の補強材。
だからこそ、危険な現場もある。
ユイが傷つく可能性が、
たとえ1%でもあるなら――
「ユイちゃん! こっちは私が運ぶから!」
「ママが全部やったら“ユイの記録”、増えないじゃん!」
そう、ジュニア冒険者には“実績”が必要だ。
十三歳で正式な冒険者になるために。
働く力を身につけるために。
……わかってる。
頭ではわかっているのだ。
でも私は母親だ。
失敗も怪我も、なるべく遠ざけたい。
ユイがどれだけ成長したいと願っていても、
つい手を出してしまう。
それは、未来への恐怖と、
ユイへの愛情がごちゃまぜになった感情だった。
***
午後の作業。
地域農園のおばあちゃんが言った。
「ユイちゃんは器用だねぇ。次は袋詰めもやってみる?」
「はい! やりたいです!」
私が立ち上がると、ユイがすぐに言った。
「ユイ、重い袋は――」
「軽いやつでいいので、やらせてください!」
おばあちゃんが笑った。
「桜さん、少し見守ってあげて。
冒険者は“できない子”に大人が手を貸す仕組みじゃないよ。
“できるようになる子”を育てる仕組みさ」
その言葉は、ママにも私にも沁みた。
私は袋を持ち、丁寧に詰めた。
思ったより重い。
でも、できる。
「ユイ、上手になったね……」
「ママ、見てて。私、自分でできるよ」
今日、はじめてそう言えた気がする。
***
夕方。
帰り道の農道で、ユイが言った。
「ママ。私さ、ちゃんと見習い冒険者になりたいの」
「うん、なってるよ」
「違うよ。ママの“お手伝い”じゃなくて、私が“働く側”になりたいの」
胸を刺されたようだった。
働く側。
自立。
責任。
八歳に背負わせるには重い言葉。
でも2040年の日本では、子どもたちが早く社会とつながることが必要になっている。
冒険者制度は、そのためにある。
ユイの気持ちは真剣だった。
私は深呼吸した。
「……明日から、任せるところは任せるね」
「ほんと?」
「ええ。あなたができることは、あなたの力でやっていい。
危険だけ、私に任せて」
ユイがぱあっと笑った。
こんなに嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだった。
***
翌日。
私たちは再び農園に向かった。
今日のクエストは「地元直売所への品物運搬」。
昨日より作業量が多い。
おばあちゃんが心配してくれたけれど、私はユイの方を見る。
「ユイ、できそう?」
「うん。軽い方なら私が持つね」
ユイは自分で選び、自分で運び、自分で考えて動いていた。
途中で疲れて座り込んだユイに、私は言った。
「ユイ、ここはママが少しだけ手助けするね」
「ありがと。でも次は自分でやるから」
荷物を運び終えると、直売所の店員さんが笑顔で言った。
「助かったよ。
子どもでも大人でも、冒険者は立派な仕事だね」
その言葉が、胸に染みた。
帰り道。ユイが言う。
「ね、ママ。冒険者って“冒険する人”じゃなくて、“誰かを助ける人”なんだね」
「そうね。世界を救うヒーローじゃなくて、社会を支える仲間ね」
「じゃあ、私、ちゃんと冒険者になりたいな」
「なれるわ。あなたはもう、誰かを助けてる」
二人で歩く夕暮れの農道。
私たちの影は、同じ方向に伸びていた。




