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逢魔が時のお婆ちゃん

作者: ウォーカー
掲載日:2025/11/09

 逢魔が時。それは、昼と夜の境目の時間帯。

その時、この世とこの世ならざるものが交差する。

そんな時間を見計らって、人探しをする一人の女の子がいた。


 その女の子の名前は、赤澤あかざわ紀子きこ

まだランドセルを背負っている年頃だ。

紀子は両親が仕事で忙しかったのもあって、

幼い頃から大変なお婆ちゃんっ子だった。

何をするにもお婆ちゃん、お婆ちゃんと、祖母に抱きつき、

祖母の言う事をよく聞く良い子だった。

祖母も紀子のことを、きっちゃんと呼び、たいそうかわいがっていた。

ところが、先日。

その祖母が老衰により急逝してしまった。あっという間のことだった。


 懐いていた祖母が亡くなってから、紀子は空っぽになってしまった。

両親や親戚が呼びかけても、上の空。

何をするにしても祖母を頼っていたのに、その祖母を失って、

しかも紀子はまだ幼い身なのだから無理もない。

それでも時間が経って、辛うじて日常生活ができるまでには回復した。

学校にも再び通い始め、日常を取り戻そうとした。

しかし、それがとても難しいことであることに紀子は気が付いた。

長く休んでいる間に、学校の授業は遥か先へと進んでいた。

休んでいた紀子にはどの教科も理解不能な内容へと変貌していた。

さらには、紀子が元来の快活さを失い、落ち込んでいることで、

友達から近寄りがたい存在と思われるようになってしまった。

今日も学校からの帰りは紀子一人っきり、以前では考えられないことだった。

家に帰っても、どうせ相変わらず両親は仕事で不在。

こんな時にお婆ちゃんがいてくれたらいいのにと、

紀子は人知れず涙を拭っていた。


 紀子が家に向かって歩いていると、空が真っ赤に染まっているのが見えた。

昼間と夜の境目の夕方、いわゆる逢魔が時という時間帯だ。

紀子も授業や本などで逢魔が時という言葉は知っていた。

逢魔が時は、この世ならざる妖怪や魔物が、この世に現れるという。

紀子は思った。

「もしも、逢魔が時に、この世とあの世が繋がるなら、

 お婆ちゃんの幽霊がこの世にやってきてるかもしれない。」

紀子は祖母に逢いたい一心で逢魔が時の街を歩き回ることにした。

いつもの見慣れた公園から、行ったこともない繁華街まで、

紀子は祖母の姿を求めて探し回った。

しかし、この世ならざるものなど、そう簡単に見つかるものではない。

「やっぱり、幽霊を探すなんて無理なのかな・・・。」

疲れてぐったりと公園のベンチに座り込んだ紀子。

するといつの間にか、その紀子の隣に、腰をかけている人物がいた。


 紀子の隣にいつ人が来たのか、紀子には気が付かなかった。

その人物は、ゆったりとした動作と臭いから、老人であることはわかった。

しかし、上着に付いたフードを目深に被っていて、顔はよく見えない。

そんな人物が、独り言のように静かに話し始めた。

「お嬢ちゃん、どうしてそんなに忙しそうにしているんだい?」

紀子はちょっと驚いたが、人寂しくて、その問いに答えた。

「わたし、亡くなったお婆ちゃんを探してるんです。

 今は逢魔が時。この世とこの世ならざるものが繋がる時間。

 もしかしたら、お婆ちゃんの幽霊と逢えるかと思って。」

すると隣の人物は、身体をブルッと揺すって話し始めた。

「あなたは、きっちゃん?

 きっちゃん、きっちゃん、逢いたかったよ!

 お婆ちゃんだよ。まさかきっちゃんから逢いに来てくれるなんて。」

紀子はその言葉が最初、理解できなかった。

言葉が言葉として頭の中で組み立てられない。

それからしばらくの時間を置いて、隣の人物に答えた。

「まさか、本当にお婆ちゃん!?」

「ああ、そうだよ。

 おっと、私を見たり触ったりしてはいけないよ。

 私はこの世ならざる身、その姿は人間の身体とは変わってしまった。」

「お婆ちゃん、どうして声が違うの?」

「この世ならざるものになって、声も変わってしまったんだよ。」

「そうなんだ。

 声色は変わってるけど、その話し方は確かにお婆ちゃんだ!

 お婆ちゃん、逢いたかった!」

紀子は隣の人物に抱きつきたいのを必死で我慢した。


 公園のベンチで紀子の隣に座ったのは、

この世ならざる姿になった祖母だった。

姿は変わっているとかで見せたがらないが、声で会話をすることはできる。

紀子はいてもたってもいられず、祖母が亡くなってからの事を話した。

祖母は、紀子の話をやさしく静かに聞いてくれた。

「そうかいそうかい、きっちゃんは、

 私がいなくなって、そんなに悲しんでくれたんだね。」

「うん。だってわたしには、両親はいないも同然だから。」

「そうか。それじゃあこれから、この逢魔が時の時間帯に、

 この公園のベンチでお話することにしよう。

 今日はもう夜が近付き過ぎた。

 私はもうすぐ向こうへ帰らなければならないからね。」

「本当に?明日もこの時間帯にお婆ちゃんに逢えるの?」

「もちろん。ただしお話するだけだけどね。」

「それでもいい!お婆ちゃん、わたし、明日も絶対来るから!」

そうして紀子は名残惜しげに、公園を後にした。

そのすぐ後、祖母だという人物の人影は夜の影に溶けるように消えてしまった。


 こうして紀子は、逢魔が時に祖母と再会できるようになった。

まるで信じられない出来事。でも本当のこと。

きっちゃんという仇名は極親しい人しか知らないはず。

声は多少変わっていたが、話し方は生前の祖母と変わらない。

あの人物が祖母であることに疑いようもない。

紀子は今日も学校が終わると、逢魔が時の時間帯に、

公園のベンチへと向かった。

そこには既に、祖母と思われる人物が待っていた。

「やあ、きっちゃん。今日は遅かったね。」

「うん、それがね、掃除当番を押し付けられちゃって。」

それから紀子は、祖母が亡くなって以来、

学校の友達と上手くいっていないことを告げた。

すると祖母は、心配そうに身をこちらに向けた。それでも顔は見えなかった。

「きっちゃんは学校の友達と上手くいっていないのかい?

 それは可哀想に。

 でもね、そんなことを気にする必要はないんだよ。」

「それって、どういうこと?」

「そんなことをしてくる連中は、友達じゃないってことさ。

 意地悪をしてくるような奴らは、拳で叩きのめせば良い。」

「こ、拳!?でもそんな乱暴なことはできないよ。」

「乱暴を先にしてきたのはどっちだい?相手だろう。

 だったら、やり返してもおあいこってわけだ。

 じゃあ、友達と上手くいかなければ、頬の一つも叩いて見せなさい。」

「う、うん・・・。おばあちゃんがそう言うなら。」

紀子は祖母に相談に乗ってもらって、勇気が出た気がする。

意地悪には意地悪をし返せば良い。

覚悟して、その日は祖母と別れた。


 次の日、紀子はいくらかの元気を取り戻して、祖母に逢いに来た。

「きっちゃん、学校はどうだった?」

「うん!意地悪なことする子たちに、ビンタしてやった!

 そうしたらびっくりして、もう何も言って来なくなったよ。

 お婆ちゃんの言った通りだね。」

「そうかい、そうかい。

 きっちゃんは素直で良い子だねぇ。

 また意地悪をされたら、もっと強く反撃してご覧。」

「うん。ところで、お婆ちゃん。

 わたし、まだ困ったことがあるんだ。」

「どうしたんだい?」

「長く休んでたせいで、学校の授業についていけないの。

 どうしたらいいのかな?」

「ふむ、そんなことか。きっちゃんは真面目だね。

 学校の成績なんてのは、所詮はほぼ試験で決まるものだよ。

 だったら、その試験問題を事前に手に入れれば良い。」

「そんなこと、どうやって?」

「何か理由をつけて職員室に行って、先生がいない机を調べるんだよ。

 そうして、試験問題を見つけたら写真に撮るんだ。

 最近は写真を撮るのなんて簡単だろう?

 そうやって少しずつ試験問題を集めていくんだ。

 そうすれば、無駄なく試験で高得点が取れるんだよ。」

「それはそうだけど・・・そんなことして大丈夫かな?」

「大丈夫さ。先生は所詮、仕事でやってるだけだ。

 試験問題を見られても、生徒の成績が上がれば良い事じゃないか。」

「そっか、それもそうだね。うん!お婆ちゃんの言う通りにやってみる!」


 それから次の日、紀子はまた祖母に逢いに公園にやってきた。

「お婆ちゃん!試験問題、手に入りそうだよ!

 授業中なら先生がいないから、試験問題も見放題だったよ。」

「そうかい、それはよかったねぇ。

 折角上手くいってるんだ。絶対に見つかるんじゃないよ。」

「うん!気をつける。

 ところで、まだ相談したいことがあるんだ。」

それから紀子は、祖母に様々な相談をした。

「わたしの赤毛をからかう男子がいるんだ。」

「そんな奴は、頭に鉛筆でも刺して、自分も赤い頭にしてやりな。」

「私、みんなみたいにもっとおしゃれがしたくて・・・。」

「それなら、アクセサリーを付けてる奴から取っちまいな。

 なあに、留め金が切れてれば、落としたのと区別はつかないさ。」

「わたし、もっとお小遣いが欲しくて。」

「それなら、親の財布からお金を拝借してしまいな。」

祖母に相談した返事は、紀子にもなんだか乱暴に感じられた。

でも、祖母の言うことだからと、

紀子は言われてた通りにしたと祖母に報告していった。


 今日も逢魔が時、紀子は祖母に相談をしていた。

「お父さんとお母さんが、仕事でいつも一緒にいてくれなくて・・・」

その相談に対する祖母の答えは、またしても苛烈なものだった。

「いいかい、きっちゃん。

 両親っていうのは、子供と一緒にいるものだ。

 両親が子供と一緒にいなくなるのは、その役目を終えた時。

 きっちゃんのお父さんとお母さんが一緒にいてくれないのは、

 両親はもう親としての務めを果たしたからじゃないかな?

 だったら、そんな連中を敬う必要はもうないよ。

 ・・・消してしまいな。」

「消すって、どうやって?」

「台所に包丁の一つもあるだろう。

 それで寝込みを襲うんだよ。

 そして、騒ぎになったら、強盗でも入った事にすればいい。」

「えっ、ええっ!?そんなことするの?」

「そうだよ。

 きっちゃんは良い子だから、お婆ちゃんの言う事は聞けるだろう?」

紀子は表情を固くした。

顔の前に手を合わせて、震える声で祖母に言った。

「本当は、こうであって欲しくなかった。

 わたしの間違いだと思っていたかった。」

「きっちゃん?お婆ちゃんの言うことが聞けないのかい?」

「・・・聞けない。」

紀子の身体は小さく震えていた。

しかしそれでも、毅然として祖母に話をした。

「お婆ちゃん、覚えてる?わたしの最初の相談。」

「覚えているよ。掃除当番を押し付けられたんだよね?」

「うん。その後、相手を叩きのめしたって言ったけど、あれは嘘。」

「・・・何だって?」

「それだけじゃない。

 今までこの公園でお婆ちゃんに相談したこと全て、

 言われた通りにはせず、普段通りに何もしなかった。

 だから、学校のみんなも無事だし、何も盗んでないよ。」

「きっちゃん!お婆ちゃんを騙したのかい!?」

声を荒げる祖母に対して、紀子は仁王立ちになって、

祖母の前に立ちはだかった。

「あなたはお婆ちゃんじゃない!

 お婆ちゃんだったら、あんな乱暴なことは言わない。

 あなたこそ、お婆ちゃんの名を騙る偽者なんでしょう?

 いや、きっちゃんって仇名は知ってるから、

 お婆ちゃんであることは間違いない。

 でも、あなたは変わってしまった。もうわたしが知るお婆ちゃんじゃない。

 わたし、分かったんだ。

 これが、逢魔が時ってことなんだ。

 この世ならざるものが現れるってことは、

 亡くなった人が幽霊としてそのまま現れるわけじゃない。

 この世ならざる存在と同化して、変わってしまうんだ。

 だからあなたはお婆ちゃんそのものじゃないって、すぐわかった。」

「その確証を得るまで、お婆ちゃんを騙してたってわけかい?

 きっちゃんはいつからそんな悪い子になってしまったんだい?

 悪い子にはお仕置きしないとね・・・。」

祖母を名乗る人物がゆらりと立ち上がる。

その大きさは、祖母のような老婆のものではない。

背こそ曲がっているものの、大きく渦巻く虫のような輪郭をしている。

しかし紀子は怯えながらも、手首に巻いていたものを取り出した。

それは、祖母が愛用していた数珠と、祖母を供養する時に使った数珠だった。

「お婆ちゃん、逢魔が時に呼び出してごめんなさい。安らかに眠って!」

紀子が二つの数珠をジャラジャラと鳴らして手を合わせる。

すると、祖母だったものは急に苦しみだした。

「ぐぅぅぅ、この婆、自ら俺と分離しようというのか。

 そんな事をすれば、この世にはいられなくなるぞ。」

「それでも良いの!きっちゃん、私を成仏させて!」

紀子は激しく数珠を打ち鳴らす。

すると、祖母だった人影は、

この世ならざるものと、祖母の幽霊と、二つに別れた。

両方とも苦悶の表情を浮かべ、夜の闇に溶けていく。

消えゆく姿で、祖母は紀子にやさしく微笑んだ。

「していいことと、いけないことと、それを区別できるようになったら、

 きっちゃんはもう立派な大人だよ。

 私に頼らなくても、自分自身で考えて行動できるはず。

 もしそれでも困ったら、お父さんお母さんに頼むか、

 私の御位牌に手でも合わせておくれ。

 そうすれば、きっと心が落ち着いて、良い考えが浮かぶから。」

そうして祖母とこの世ならざるものは、この世から消えていった。

辺りは夜の闇に包まれ、逢魔が時は終わっていた。


 それから、紀子がいくら探しても、

もう逢魔が時に祖母が現れることはなくなった。

「寂しいけど、これでいいんだよね。

 お婆ちゃん、安らかにお眠りください。」

紀子は祖母の御位牌に手を合わせると、立ち上がった。

まだ生きている親族、両親と話すべく。

両親は家族より仕事を優先する人だ。

祖母と話すようにはいかないだろう。

でも。今は祖母が応援してくれている。

問題が手遅れになる前に、両親と話し合いすることが、

祖母への供養にもなるだろう。

この世ならざるものに頼ってはいけない。

まずはこの世のものと上手くやっていかなければ。

「お父さん、お母さん、お話があるんだけど・・・」

紀子は両親に立ち向かっていった。



終わり。


 現代の赤ずきんちゃんを目指して、この話を考えてみました。

赤ずきんちゃんの童話は諸説あるようですが、

この話は、お婆ちゃんを食べた狼を赤ずきんちゃんが撃退する話です。


今はもう、幼い子供でも既に大人の事を疑っています。

赤ずきんちゃんこと紀子ちゃんは、

逢魔が時にお婆ちゃんに逢えたことは喜びながらも、

そのお婆ちゃんの言う事には疑いを持ち、従いませんでした。


子供は大人の言うことを良く聞くもの。

ただし、それは大人が正しいことを言っている時に限る。

子供も大人も一言一言が真剣勝負です。


お読み頂きありがとうございました。


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