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実父母(じつふぼ)とその影に苦しみ続ける私

作者: 瀬崎遊

 ある伯爵家のとびきり美しい男と、とびきり美しい女が結婚した。

 その二人から生まれてくる赤ん坊も当然とびきり可愛い子のはずだった。

 なのに生まれてきた子は父にも母にもどことなく似ているのに残念な配置で、両親にとっての可愛いからは程遠かった。

 両親はその子供にアグリー(不細工)と名付けた。


 アグリーの後に生まれた弟妹は母によく似た弟と、父によく似た妹でそれはそれは可愛らしかった。

 祖父母と両親は私の顔を見てはため息を吐き、私が生まれたときどれほどがっかりしたかと、事ある(ごと)に私に話してきかせた。


 当然弟妹もその話を聞いていて育ち、私が五歳になる頃にはなんとなく四人と私一人という関係になり、祖父母が来た時には六人と一人になった。

 皆が出かけるときもアグリー、一人家に取り残されそういうときは誰も私の食事を用意してくれなかった。

 それがだんだん習慣化してきて両親も祖父母も弟妹も私のことを気にかけなくなっていった。

 それがどんどん酷くなり側に居ても居ないものとして扱われるようになっていった。


 私は両親にかまってほしくて私はここにいると訴えたけれど、シッシッと手を振って向こうへいけと追いやられた。

 それが続くと私を気にかけてくれた使用人たちですら私をぞんざいに扱うようになっていく。




 それでも八歳まではまだ良かった。

 食事だけは両親弟妹と一緒だったので飢えることはなかった。

 八歳を過ぎたある日、母に「もう一緒に食事しなくてもいいでしょう?一緒に食事すると陰気臭くなるし、明日からは自分の部屋で食べなさい」と言われてしまった。


 最初の頃は両親たちと同じ食べ物が運ばれていたと思う。それが日が経つ毎に品数が減り、量が減り、運ばれる回数が減っていった。

 お腹が()いて調理場に顔を出すと食べ物は貰えるのだけど、両親や弟妹に会うと「みっともない顔をして屋敷の中を歩かないで!!」と言われるので部屋から出られなくなってしまった。


 食事もまともに運んでもらえないくらいなので、私の世話をしてくれる人は誰もいなくて髪は(もつ)れ、膝より下までの長さになり、体が痒くて()くとポロポロと体から(あか)が落ちた。

 自分で自分が臭いと思うのだから人が(そば)によるともっと臭いだろう。


 それが余計に悪循環を呼び、掃除も洗濯もしてもらえなくなった。

 それがさらに悪化していくと不衛生だからと言って弟妹と横並びに与えられていた部屋から追い出され、屋根裏部屋へと押しやられた。

 屋根裏部屋に移されてたったの二日で水も食事も届かなくなった。


 水も食事も届かなくなってたったの二日で意識の混濁が始まり、無意識に助けを求めて部屋から這い出したけれど、すぐには見つけてもらえなくて、発見されたときはいつ呼吸が止まってもおかしくない状態にまでなっていた。


 発見した執事が慌てて呼んだ医者に治療と同時に虐待を指摘され、騎士団が呼ばれた。

 両親弟妹、使用人全員が捕まり、祖父母も捕まった。

 私は病院に四ヶ月入院して、騎士団の采配で私を養子にしてくれる人を探してくれて、子供がいない侯爵夫妻が何度も面会にきてくれて、退院と同時にその人達の子供になることになった。




「アグリー。今日からここが君の家だよ」

 義父母が手を繋いでくれて屋敷の中を案内してくれる。

「それとね、アグリーが嫌でなかったら名前を変えたいと思うのだけれどどうかしら?」

「お義父様とお義母様に名前を付けてもらいたいです」


 小さな声で答えると義父母はウンウン唸りながら私の名前をシャロンと名付けてくれた。

 呼ばれ慣れなくて「シャロン」と呼ばれても反応はできなかったのだけれど、時間とともに「シャロン」という名前に馴染んでいった。


 閉ざされた世界にいた私には貴族としての教育が足りないので「一緒に頑張ろうね」と義父母が少しずつ教えてくれた。

 家庭教師を雇うところまでの教育を義父母が優しく教えてくれる。

 八歳までは弟妹が両親達に教えられているのを見ていたこともあって、義父母の言うことが理解できたおかげでそれほど戸惑うことなく私はしらなかったことをどんどん覚えていった。


 三ヶ月ほどで最低限の事ができるようになり、それから家庭教師に教えて貰えるレベルにまでなった。

 地頭も悪くなかったようで、乾いた砂が水を吸い込むように知識を吸収していくことができた。




 義父母はとても可愛がってくれ、私のことを「可愛い」と言ってくれたけれど、私は素直に聞き入れられなかった。

 「シャロン。愛しているよ」と義父母に言われたのは一緒に暮らし始めて一年が経つ頃だった。

 天にも昇る気持ちになってあまりに嬉しくて涙がボロボロこぼれて、泣いていることに気がつくと声が抑えられなくなり、大きな声を上げて泣いた。


 義父母は私が泣き止むまで二人で抱きしめてくれた。

 小さな声で「私もお義父様とお義母様を愛しています」と伝えると義父母もとても喜んでくれた。

 それから双方にあった遠慮のようなものがなくなり、義父母とシャロンは本当の家族になった。








 十五歳になり学園に通う年齢になった。

「シャロン、学園で友達も好きな人も見つけなさい」

 私の肩を抱いて額にキスをしながら義母がそう言ってくれた。


「学生の間に友人になった人は特別よ。でもね、貴族の子供の集まりだってことは忘れたら駄目よ。どの子も家名を背負っていることは忘れちゃ駄目。その中でも信用できる人を選ぶのよ。きっと色んな大切が見つけられるわ」

「はい。学園生活を楽しみます」


「学園に近い屋敷で良かったわ。シャロンが居ない生活なんて考えられないもの」

 義母の言葉がくすぐったくて嬉しかった。

「シャロン、しっかり学んで楽しんできなさい」

 私は笑顔で義父母に「はい」と答えた。



 学園はとても楽しかった。少ないけれど友だちもできて、毎日朝がくることが楽しみでならなかった。

 特別な人もできた。侯爵家の四男でデリアンという人に「好きだ」と伝えられ、私もデリアンのことが好きだったので「好きです」と答えた。


 付き合って半年ほど経つと「婚約を申し込みたいのだけどいいかな?」と聞かれ返事をする前に嬉しくて涙が流れ、私は何度も頷いた。

 翌日、デリアンの父親から婚約の打診があり、義父にどうしたいか聞かれ「婚約したいです」と答えると義父母はデリアンとの婚約を受け入れてくれた。

 王家に届け出を出し、了承が得られてデリアンと私は婚約した。



 私がシャロンとしての人生を楽しんでいると実の両親の話が耳に入るようになった。

 虐待をしていた伯爵夫妻の労役がそろそろ終わって出てくるらしい。

 両親の噂から弟妹の行方も知ることになった。


 弟は男子修道院に入れられていて、妹は女子修道院に入っていることを知った。

 使用人たちの半数以上は絞首刑になっていて、使用人の中でも役職に就いていた人たちは公開斬首刑になっていたこともこのとき初めて知った。


 義父母に聞きにくかった元の家族のことを何も聞かないのも不自然な気がして義父母に噂を耳に挟んだのだけれどと口火を切った。

 義父母は痛ましい顔をして「知りたいか?」と聞かれ「特別知りたいわけではないけれど、知らないのもどうかと思って・・・」と答えた。


 義父母は少し遠い目をして当時のことを思い出すように話して聞かせてくれた。

 元の家族や使用人たちが捕まったときのことは義父母は関わっていないのでよくは知らない。と前置きされ、私が廊下で倒れているのが見つかって伯爵家に医者が呼ばれたときはもう駄目だと思われた。


 医師が栄養剤の点滴をして、屋敷では対応しきれないからと私を病院に運ぶと医師が言うと両親はそれに難を示した。

 それを振り切って医師は自分の乗ってきた馬車で私を病院へと運び込んだ。

 病院で私を診察した医師が虐待で騎士団に訴え出て、騎士団が屋敷へと派遣された。


 たとえ両親が罪に問われなくても両親に私を返すことはできないと医師たちと騎士団の人が考え、子供を欲しがっている義父母に話がいった。

 義母は流産で子供が産めない体になっていて、義父母は子供を欲しがっていた。

 義父母は本当は生まれたての子供が欲しかったのだけれど、何度か面会している内に義父母が引き取らなかったらこの子はどうなるのかと気にかかり、私にもどうしたいか聞いてくれた。


 その頃のことははっきりと私も覚えていた。

 その裏で両親と弟妹、使用人の取り調べが行われていて、弟妹に関してはそれほどの罪はないけれど、その状況をおかしいと感じられるようになるまでは修道院で育てられる方がいいだろうということになった。


 使用人には厳しい処罰が与えられることになった。

 主人が間違ったことをしていたら(いさ)めることも使用人の務めでもある。

 そのために訴え出る部署もあるらしい。

 それにも関わらず、使用人が貴族の娘を虐待するなどありえないということだった。


 執事長と執事、メイド長と副メイド長、私は知らなかったけれど私には二人の専属メイドが付けられていたらしく、この人たちが公開斬首の刑になった。

 他の使用人は絞首刑に。

 そして両親は北の労役所で労役八年の刑が言い渡された。

 義父母が言うには貴族が受ける罰の中でもかなり厳しいものが言い渡されたということだった。


 両親は労役から、弟妹は修道院から出てきても貴族に戻ることは叶わず、平民へと落とされることが決まっている。

 そのため、弟妹は修道院から出ないほうが幸せに暮らせるだろうと義父母は言っている。

 両親は労役から出てきても辛い生活になるだろう。

 

 世間ではシャロンと虐待した伯爵家の関係は解らないだろうから気にはなるだろうけど、気にしないほうがいいと義父母が抱きしめてくれた。

 両親や弟妹に会いたいならその場を設けると言ってくれたが、会いたいと思わなかったし、私はもう関わりのない人たちなのでどうでもよかった。

 「関わりたくない」と告げると少し痛ましい顔をして「その方がいいわね」と義母が答えた。



 デリアンにだけは本当のことを知っていてほしくて義父母から聞いた両親のことを伝えた。

 初めは驚いていたけれどデリアンは「シャロンが養女と知ったときから何らかの事情があるだろうと思っていた。辛くはないかい?」と私を気遣ってくれた。

 「今は幸せだから大丈夫」と伝えると義父母と同じ少し痛ましい顔をして抱きしめて背を撫でてくれた。







 両親たちのこと以外は特に何も起きず、楽しく学園生活を終え、デリアンと結婚をした。

 デリアンが婿入りの形で義父に付いて仕事を色々教えてもらっている。

 一年ほど夫婦二人の時間を大切にして、結婚から一年半が経ち妊娠した。



 痛くて辛い陣痛を乗り越えて生まれてきた子は実母(じつぼ)にそっくりな女の子だった。

 デリアンがデューナと名付けた。

 デリアンは美しい我が子に夢中になり義父母もとても可愛がった。


 シャロンは我が子をひと目見たその瞬間から、この子供を愛せない。と苦しんだ。


 表面を取り繕い、さも我が子を愛しているかのように振る舞ったけれど、デリアンには私の態度のおかしさに気づかれてしまった。

 デリアンに問い詰められ、私を虐待した実母にそっくりなことを伝えた。

 「実母は実母。デューナはデューナだろう?!」と至極当たり前のことをデリアンは言った。

 それでどうにかできる感情なら、生まれてきた我が子を愛せないなんて思ったりしない。


 シャロンが生んだ子。

 それは理解していたけれど、可愛いと思えないものをどんなに頑張っても可愛いとは思えなかった。

 デューナが一歳になるとまた妊娠して次は男の子を生んだ。

 今度は実父(じっぷ)そっくりでレオンと名付けられた。


 この子も愛せない。とシャロンは悲しく思った。


 シャロンは神を呪った。

 なぜ?どうして?と。デリアンそっくりな子が欲しかった。だったらきっと愛せた。

 百歩譲って私にそっくりでもよかった。

 なのにどうして私を苦しめた人たちそっくりな子ばかりが生まれるのか。


 少し大きくなったデューナは母である私に全幅の信頼と愛情を向けてくれる。

 それに(こた)えたいと思うのに応えられない。

 私はデリアンに泣きつき、義父母にも泣きついた。

 愛したいのに愛せない。苦しいと。

 子供たちに甘えられると鳥肌が立ち嫌悪が湧き立つ。


 そんな苦しみの中、三人目を妊娠した。もう生みたくはないと思っていたけれど一縷(いちる)の望みに賭けた。

 生まれてきたのはデリアンそっくりなとても可愛らしい男の子だった。

 フェルタと私が名付け、この子は無条件に愛せると思った。

 抱き上げても鳥肌は立たないし、愛おしいと思える。

 上の二人に悪いと思いながら、その罪悪感から余計にフェルタを可愛がった。


 四人目もデリアンと私によく似た女の子だった。シャローナとシャロンが名付けた。

 当然シャローナを抱いても鳥肌は立たない。愛情が湧き立つ。

 上の二人はデリアンに可愛がられ、下の二人は私が可愛がることでバランスを取って育てた。


 子供たちが成長すると上の二人は実父母にますます似ていく。

 憎しみを感じるわけではない。愛したいと思うのに愛せない苦しみを抱えながらデューナが学園に入る年になって、初めてデューナと二人っきりになって話をした。


 私がどんなふうに育ったか、デューナは何も悪くないこと。

 愛したいと思っていること。それでも愛せないこと。

 デューナとレオンに悪いと思っていてもどうにもならないことを話した。

 レオンも同様に学園に入る年になるとデューナに話して聞かせたことと同じことを話した。


 二人は色々思うところはあっただろうに、私には何も言わなかった。

 デューナは勿論、レオンまでもがこの家から出ていくことを選んだ。

 デリアンはレオンは嫡男だからこの家を継がなければならないと説得したが、私の知らない場所で義父母も交えて話し合ったようで、私には二人がこの家から出ていくことだけを伝えられた。



 フェルタは学園でいい人を見つけ、シャローナは少し年上の相手といい仲になって二人共結婚した。

 フェルタは家を継ぐためにデリアンと義父に色々教わって毎日忙しくしている。

 フェルタの妻が一人目の子を生んで、その子は私を虐待した実母にそっくりだった。


 孫なのに。(いと)しいフェルタの子供なのに、愛せない・・・。


 私の人生にどこまでも実父母が付いて回るのだと涙がこぼれた。

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