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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Alice in Wonder ××××!

作者: 或都ふつれ

 朝、目が覚めたら、わたしは不思議の国にいた。 幻想的な空の色、どこまでも広がる草原に、遠くには大きな城が見える。そして、自分の背丈より遥かに大きなキノコ! 辺りには蝶々も飛んでいて、どれも絵本で見たのとそっくりだった。

 ふと、水たまりをのぞき込む。そこには水色の装束をした自分が写っていた。絵本の主人公を象徴するかのような衣装。そして普段とは違う金色の髪。それをいつものようにツインテールにして、わたし――アリスはそこにいた。

 自分の姿を確認すると、アリスは嬉々として歩き出す。目指すは遠くに見えるあの城。アリスは大好きな絵本の主人公になった気分だった。そしてしばらくすると、アリスは迷路花壇にたどり着いた。アリスは背伸びをするが、迷路の中身はちっとも見れない。一度入ったら出られないだろう、そう思わせるような複雑さ。しかし、アリスは挫けることはなく、その心はわくわくとした冒険心に満ちていた。

 自分の心のままにアリスは進む。時折鉄製の歪んだ扉が立ち塞がったが、途中で見つけた色とりどりの鍵で開き、どんどんアリスは進んでいった。行く道が正解かどうかなんてわからない。いや、どうでもいいのだ、そんなことは。だって、ここは夢にまでみたワンダーランド! ここにいる、それだけで十分、楽しいのだ!

 歩き、歩き、少し疲れたところで、やっとのことで迷路を抜ける。そこにはかわいらしい椅子とテーブルがあって、熱々のポッドとティーカップ、砂糖の入った容器、そしてクッキーの積まれた皿が置かれている。アリスはティーカップに紅茶を注ぐと、角砂糖を5つ程入れ、それを一気に飲み干した。何とも甘くて、とっても美味しい! そしてクッキーをそれまた一気に平らげる。そしてまた、ティーカップに紅茶を注ぎ飲み始めた。なんて楽しいのだろう! アリスは満面の笑みを浮かべた。今日はお菓子の食べすぎを咎めるお母さんはいないし、こんなにたくさんのクッキーを独り占めしたのは初めてだ。紅茶だって何の制限もなく、いくらでも飲むことができる。

 紅茶とクッキーを一通り堪能したところで、アリスは一抹の寂しさを覚えた。こんなに楽しい場所なのに、夢のように素敵な場所なのに。お母さんも、友達たちもいないことがもったいなく思えてきたのだ。ここに彼女たちがいれば、もっと楽しいはずなのに、独り占めは幸せだったけれど、みんなで分けた方がもっと美味しかったはずなのに。

 そのようなことを考えていたら、空が赤く染まり始めた。するとテーブルの周囲、背丈ほどある草垣から、何かが飛び出してくる。アリスはびっくりしてテーブルから飛び上がった。

 それはトランプ兵だった。長い槍を持ち、こちらに向けている。彼らは次々と現れ誰にともなくいった。

「ようやく見つけたぞ!」

「捕まえろ!」

 敵意を向けられているのは幼いアリスにもよくわかった。とっさに身を翻し、元来た道を駆け出した。するとトランプ兵たちもアリスを追って迷路花壇に入っていく。追いかけっこが始まった。

 逃げろ、逃げろ。息を切らせてアリスは走る。絵本の通りなら、トランプ兵は悪役(よくないもの)で、捕まるのは駄目な気がした。しかし、アリスの目の前は行き止まりだった。後ろにはトランプ兵がおり、引き返して別の道を行く時間はない。どうしようかと考えていると、アリスは花壇の隅に小さな穴を見つけた。とっさに飛び込んで息をひそめる。目の前をトランプ兵が走ってきた。ここが行き止まりであることに気づくと、先ほどまで前を走っていた獲物がいないことに首をかしげる。そしてトランプ兵は辺りを見回す。まずは花壇の上の方を見る。アリスは自分の口を手でふさいだ。花壇はトランプ兵と同じくらいの背丈で、少し背伸びをしたら向こう側が見えてしまう。最も、トランプ兵のどこに目があるかはわからないのだが。花壇の向こう側を見てアリスがいないことを確認したトランプ兵は、ぐるりと振り返り歩いて行った。

 アリスは穴の中で縮こまっていた。自分の心臓の音がうるさくてたまらない。どうしてこうなってしまったのだろう。ここは夢にまでみた絵本の世界で、わたしはどうしてここにいて。きっととても楽しいことになるはずだったのに。先ほどまでのわくわくした気持ちとは一転して、アリスは「どうやったらこの夢が終わるのか」を考えていた。

 そしてアリスは思いつく。「この物語が終わったら、この世界も終わるはずだ」と。そしてアリスはこっそりと、慎重に歩みを進めた。目指すは物語の終着点。ハートの女王が住むお城へ。

 あまりにも堂々とした、真っ白で、真っ赤で大きなお城。そこにたどり着いたときには、アリスはもうふらふらだった。何度トランプ兵を隠れてやり過ごしたか、何度見つかって逃げる羽目になったのか、わからない。だけど、確か絵本では、物語はここで終わるはずだった。アリスは記憶をたどり、物語を思い出す。何度も何度も読み返した、大事な大事な物語。「確かこの後は、クロッケーをやって、悪者扱いされて、それから……」アリスは考えるのに夢中で、背後から近づくトランプ兵に気が付かなかった。

 アリスは一瞬にしてトランプ兵たちに羽交い絞めにされてしまった。力の限り抵抗するも、多勢に無勢。あっという間に玉座の間へと連れてかれてしまった。赤と黒のパッチワーク模様の広い玉座の間では、ハートの女王が玉座から身を乗り出してアリスに何かを叫んでいた。周囲ではトランプ兵たちが女王を制止している。

 アリスは羽交い絞めから解放されるも、頭の中は恐怖でいっぱいだった。怖くて怖くてたまらなかった。すぐに逃げ出そうとするも、トランプ兵に囲まれている。女王は持っている扇でアリスを指して、トランプ兵たちに何かを命令している。このままでは危ない目にあってしまう。それだけは確信していた。

 どうして。そうアリスは思う。こんな夢のような、美しい世界で。どうして自分はこんなに怖い思いをしなくてはいけないのだろう。どうして自分の思い通りにならないのだろう。こんな夢のようなのに。そして、アリスは思いついた。()()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()

  アリスは立ち上がり、まっすぐ女王の方を向く。周囲ではトランプ兵がこちらに槍を向けながら少しずつ近づいてくる。しかしそれは些細なことだった。女王はアリスを指さしてヒステリックに叫ぶと、トランプ兵が一斉にアリスに襲い掛かる。

 「ここは夢の中。それなら、わたしは無敵なんだから!」

 アリスは恐るべき跳躍力で飛び上がると、トランプ兵の槍に乗った。そのまま目の前のトランプ兵に蹴りを打ち込む。トランプ兵は倒れこみ、周囲からは動揺が見られた。おびえるようにこちらを見つめている。

 アリスは堂々とした様子で仁王立ちをしている。女王の命令と共に正気を取り戻したトランプ兵が一斉にとびかかってきたが、アリスの敵ではなかった。

「あなたたちなんか、ただのトランプだ!」

 繰り出される槍をよけては、蹴りやパンチを喰らわせる。トランプ兵の動きは非常に緩慢で、アリスにはスローに見えた。あっという間にトランプ兵たちを一掃すると、アリスは柱から柱へと飛び上がり、ついにはシャンデリアの上に乗ると、まっすぐ女王をにらみつけた。

 そして女王にとびかかる。女王はもたついた動きで逃げようとするも、視線だけはずっとアリスの方を向いていた。

「いっけぇ!」

 アリスは女王を渾身の力で蹴り飛ばす。これでこの夢もきっと終わる。そう思ったが、女王は再び起き上がり、アリスを見つめている。アリスは再び女王を地面に叩きつけた。女王は痙攣したが、しかしまた立ち上がってアリスに言葉にならない言葉を語りかけている。今度は思いっきりかかと落としをくらわし、そのまま立ち上がれないようにした。けれども女王はアリスをじっと見つめている。なぜ女王は倒れないのか。なぜこの夢は終わらないのか。アリスは疑問に思ったが、その疑問はすぐに解消した。玉座の後ろ。そこに妖しく光る身の丈ほどの巨大なハート型の宝石があったのだ。それが女王の力の源、弱点に違いない。そう思ったアリスはすぐにその宝石へと手を伸ばした。


 ――――ガシャン。大きな音が鳴る。視界が一瞬ホワイトアウトし、周囲の景色が切り替わる。それは見慣れた場所。簡素で機能的な、真っ白な空間。清潔感があったであろう場所は、あちこちにひびが入り、まるで廃墟を思わせた。自分を見ると、髪は元の色に戻っており、白くてたくさんのベルトが付いた服を着ているが、あちこちでベルトが引きちぎられていた。アリスは不思議の国に来る前のことを思い出す。そういえば、白くてベルトがいっぱいある服を着せられて、機械の椅子に座らされて、拘束されて――痛い注射を終えたあとすぐに眠くなったのだった。目の前には大きな機械が死んだように壊れている。周囲一帯には白衣を着た研究員が倒れており、中には見知った顔もいくつかあった。確かあの人は、いつかわたしにこっそりクッキーをくれた人だった。

 そして、ハートの女王を見る。そこには白衣を着た女性がおり、地面に倒れ伏し、体をいくつかおかしな方向に曲げながら、それでもアリスを見て、必死に手を伸ばしていた。アリスは何もわからない。自分が今どういう状況にいるのか。全くもって理解できなかった。だから、アリスは見たまま――思ったことを、言った。

「――――――――お母さん?」


 Alice in Wonder labo! 完


 





 とある研究員の日誌


 7月10日

 新しい研究チームに配属された。空想を現実に置換する魔法使いを生み出すという研究だ。なんとも空想的で、馬鹿らしい内容だろう。こんな不可能なことを研究しているチームのリーダーが、あんな理性的な女性であるということが何より意外だった。


 7月15日

 研究のために国中から被検体が集められた。我が国が誇る魔力測定システムにより適性があるとされたメンバーだが、どうにも子どもが多いように見える。リーダー曰く、この研究には空想と現実の区別もつかない者が対象となる傾向があるそうだ。それにしても、こんな研究のための被検体にさせられるなど、哀れなものだ。


 7月30日

 新しい被検体が研究所にやってきた。なんと、そのうち一人はリーダーの娘であるという。研究に支障は出ないかと心配する私に、リーダーは「被検体はただの子どもじゃない。全員が誰かの子どもなの。なら、私の子どもだけ例外ってわけにはいかないでしょう。適性があるのなら、贔屓するわけにはいかない」といった。なんと責任感が強いのだろう。だが、この実験の被検体には多少の危険が伴うというのに、親としてそれはどうなのか、とも思う。


 10月20日

 プロジェクトスタートから数カ月がたったが、被検体たちが哀れでならない。まだまだ友達たちと遊びたい年代だろうに、研究所で独り物語だけを縁に過ごすだなんて。どちらにせよ成功率は低いのだ。研究員として干渉は最低限にとどめておくよう言われていたが、子どもの一人にクッキーを分けてやった。


 (他愛もない日常的な内容が続く)


 7月1日

 もうすぐプロジェクトスタートから1年になる。ようやく「空想を現実に置換する装置」のプロトタイプが出来上がった。これが特殊なフィールドを周囲に展開し、被検体の脳内をそのフィールドに上書きするという仕組みだ。フィールド内にあるもの全てが被検体の空想に置き換えられる。協議の結果、最初の被検体はリーダーの娘になった。誰でもよかったのに、リーダーの意地とつまらない責任感に付き合わされるとは、彼女もかわいそうだ。ともあれ、明日、ようやく最初の実験が行われる。とっとと成功させて、早く違う、もっと現実的なプロジェクトに移りたいものだ。


 日記はここで止まっている。


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