90.
「今回は何を作るんですか!?」
物置を改装して作られたキッチンスペースで、買って来た材料を並べながら目を輝かせているマリウス。
俺はその並べられている材料と、魔法鞄に残っている材料で作れる物を考える。
「そうだなぁ。バニラアイス……はバニラがないから、ミルクアイスと、お前達が好きなクッキー、あとは適当にパンケーキでも作るか」
アイスもクッキーも冷やして寝かせる時間があるから、その隙間時間に作れる物といえばパンケーキくらいしか思いつかなかった。
「アイスって個人で作れる物なんですかっ!?」
普通は菓子の製法なんてものは店の宝みたいなものだから、その弟子しか基本的に知られる事はない。
だからこそ神殿のバザーなんかで作られる、子供達が作ったつたない菓子でも飛ぶように売れるのだ。
あとは商業ギルドに登録されている、家が一軒買えそうな値段のレシピを買い取るしかない。
昔はバザーで作る菓子のレシピを知っている孤児を雇い、レシピを吸い上げたら解雇するという悪質な店もあったらしい。
後日その事が発覚して、神殿から破門されて潰れた店もあったと聞いた事がある。
それからは分量を教えず、混ぜたり焼いたりだけの工程だけを子供達にさせるようになったとか。
「アイスは冷凍庫がないと作れないから、平民の家で作られるなんて相当裕福な商家くらいだろう」
レシピもそうだが、冷蔵庫の魔導具より冷凍庫のある魔導具は値段が跳ね上がるからな。
ここにある冷蔵庫は当然のように冷凍庫付きの物を団長権限で注文したが。
「うわぁ~、やっぱり団長は貴族だからお菓子のレシピも知ってるんですか? 貴族のお屋敷だと、食後のデザートとか出るからお抱え料理人がいっぱい知ってるんでしょうねぇ」
「そうだな、お茶会や夜会を開く時にどれだけ珍しい菓子や料理を出せるかがステータスになるというものだ」
嘘は言っていないし、そういう事にしておいた方が面倒がないしな。
普通に考えたら知っているのは料理人であって、その主人である貴族が知っているはずないのだが。
「いいなぁ、いつか出世して貴族の夜会に呼ばれるような身分になれば食べ放題に……」
「騎士爵だと警備要員として呼ばれるだろうし、客として呼ばれるような集まりには珍しい菓子なんてほとんどないだろうからな。そうだなぁ……、たとえば邪神の討伐が成功したあかつきには、褒美として夜会には招待されるだろう。そうなれば国で最も多くの菓子や料理が出る夜会に参加できるぞ。ほら、これをふんわりするまで混ぜろ」
「はいっ」
話しながら計量した常温のバターと砂糖が入ったボウルを、泡立て器と共にマリウスに渡す。
マリウスはキラキラした目から、使命感を帯びた目に戻った。
その間に俺はアイス用の牛乳と砂糖と卵を混ぜて漉し、金属のケーキバットに流し込んで冷凍庫へ放り込む。
「団長、混ざりました!」
「よし、それじゃあこっちの卵を溶いて少しずつ足して混ぜるんだ。白いやつは取っておけよ、あいつらは気にしないだろうが、口当たりが変わるからな」
「はい!」
普段から野営の時の料理係をしているおかげでマリウスの手際はいい。
難なく卵を割って白いやつ……カラザを取り除いて作業を進めている、俺は次の工程のために小麦粉をふるいにかけた。
「そういえばココアがないが、プレーンだけでいいのか?」
「その……、ココアを買うと他の材料が少しになってしまうので、量を優先させて諦めました」
確かにココアは高級品の部類だから、一握りのココアで一キロの小麦粉が買える値段差だもんな。
「もう一回バターと砂糖を練ると言うのなら、俺の持っているココアを使って」
「ありがとうございます!!」
ものすごく食い気味に返答がきた。
そうか、苦渋の決断で諦めたのか。
もう一つ分の計量を済ませ、粉も合わせて振るっておいた。
「プレーンが混ざったら適当に伸ばして、スライムラップに包んで冷蔵庫へ入れておけ。次はこっちのココアだな。俺はその間にパンケーキを焼いておく」
「わぁ! 団長のハチミツパンケーキ久しぶりですねぇ!」
嬉しそうにしながら作業を進めるマリウスに頬が緩んだ。
パンケーキ生地を作り終わる頃にマリウスの作業も一段落したので、冷蔵庫に入れて生地を休める。
「それじゃあ少し休憩するか。腕が疲れただろう? 意外と訓練とはちがう体力が必要だからな」
お茶を淹れてキッチンで立ったままお茶を飲んでいると、ドア越しに楽しそうに遊んでいるジェスとシモンの声が聞こえてきて、俺とマリウスは顔を見合わせて笑った。
「アイツはジェスと同じレベルで遊べるから、遊び相手にちょうどいいな」
「何気に子供の相手が上手ですからね、子供だけじゃなく人の懐に入るのがジュスタン隊で一番上手いのはシモンでしょう」
休憩の後は最初にアイスを混ぜる、すでに縁にはぐるりと固まったアイスが出来ていた。
それを剥がして混ぜ、スプーンを取り出すとそれをジッと見つめるマリウスの視線。
味見がしたいのだろうと口にスプーンを突っ込んでやると、大きく見開かれた目が美味しいと雄弁に語っていた。
「あいつらにバレたらズルいと騒ぐだろうから内緒だぞ」
そっと唇前に指を一本立てると、コクコクと頷いた。
その後も順調にマリウスがクッキーの成形をしている間にパンケーキを焼いていると、ドアの向こうから騒がしい声が聞こえてきた。
『ムッ!? この匂いはハチミツパンケーキ!! やったぜ! ジェス、ハチミツパンケーキが食べられるぞ!』
『わぁい!』
この声が聞こえた直後から、ドアの向こうにソワソワと張り付いている気配が消えなかったため、先に二人分お茶と共に出してやった。
よし、これで落ち着いて続きの作業ができる。
アイスは夜にならないと完成しないだろうが、夕食前にパンケーキとクッキーは完成した。
粗熱が取れたちょうどいいタイミングで部屋のドアがノックされ、姿を見せたのは予想通りアルノーとガスパールだった。
ついでに匂いに釣られて来ている者達がちらほら。
「来たか、出来ているぞ。ほら、クッキーとハチミツパンケーキだ。器は後で返してくれればいいからな。……お前達、この材料はコイツらが自腹で買って来てくれた物だからちゃんとお礼を言うんだぞ」
「「え」」
部屋の周りにいた部下達に目配せしてそう言うと、アルノーとガスパールの目が点になった。
笑顔のままドアを閉めると二人が囲まれている気配がしているが、ジェスの相手も手伝いもしなかった二人には当然の報いだろう。