89.
「とりあえず五日間の休養日はもらってきたぞ。第一や第二は交代らしいが、我々第三は全員休んでいいとの事だ」
宿舎に戻り、昼食のために集まって来た部下達に王城での事を報告する。
最高だのさすがだの口々に調子のいい事を言う部下達、遠征から戻ってすぐ魔物との連日の戦闘だったからな。
「わかっていると思うが、あまり羽目を外す事はないようにな。お前らの誰かの不祥事が俺の耳に入ったら……なぁ?」
俺は笑顔だったが、込めた気持ちは伝わったのか部下達は静かに、しかし激しく頷きながら聞いてくれた。
ちなみに休暇は今日からなのですでに始まっている、その事を告げると連絡事項を全て聞き終わった瞬間、蜘蛛の子を散らしたようにいなくなった。
「あいつら……」
「ははは、午前中はいつもの訓練で実質四日半の休養日になってますからね。団長はこの後どうするんですか? ジェスは部屋にいるでしょうけど、案外遊びに行きたがるかもしれませんね」
オレールが苦笑いしながら、皆が出て行った出入り口の方を眺めて言った。
「それならジェスの希望を聞いてやるさ。とりあえずジャンヌが……ジェスの母親が王都に来る前にしっかりジェスに構ってやらないと。きっと休養日が終わる頃には聖騎士と聖女も到着するだろうし、色々忙しくなるだろうからな」
「そうですね、とりあえず新しい宿舎が出来上がるまでは王家所有の屋敷に滞在させるんでしたっけ」
「ああ、家具まで揃えようと思ったら、どれだけ早くても半年はかかるだろうからな。鍛冶場から徒歩圏内だと、どうしても貴族街じゃないとダメだろう。ジャンヌとドワーフの世話優先とはいえ、宿舎が出来てからも専属の使用人は付けてくれるようだし、俺達が世話をする必要はなさそうだからよしとしよう」
「それでしたら私達が遠征に行った時も、世話をされずに見習い達が放置……なんて事はないでしょうから安心ですね」
「そうだな。それじゃあ俺は部屋に戻る」
「はい、ジェスが待ちくたびれているかもしれませんからね。お疲れ様でした」
「ああ」
私室に戻ると、ジェスはベッドで昼寝をしていた。
どうやら待ちくたびれたようだ。
「ジェス、……ジェス? ぐっすりだな」
弟そっくりな寝顔で眠るジェスの前髪を指で掬うと、手触りまでそっくりだと改めて思う。
正装を清浄魔法で綺麗にした後、部屋着に着替えてジェスの隣に寝転がる。
スヤスヤと安心しきっている規則的な寝息を聞いている内に、いつの間にか俺の意識も沈んでいた。
「……タン、ジュスタン、誰か来たよ!」
「んぅ……? 誰が来たって?」
「この気配はシモン達だと思うよ。ジュスタン隊の四人が来たみたい」
目を擦りながら身体を起こすと、太陽の位置からして三時くらいのようだった。
気付かない内に俺もかなり疲れていたのだろう、ついグッスリ眠っていたようだ。
ベッドから下りた数秒後、俺の部屋のドアが少々乱暴にノックされた。
『団長~! いるんだろ~?』
確かにこれはシモンの声だ、どうやらジェスはアイツらが部屋に到着する前に気配を感知して教えてくれたらしい。
ジュスタン隊の部下達は真っ先に出かけて行ったと思ったが、ずいぶん早く戻って来たようだ。
「今開ける」
もう少し寝たいところだが、ジェスも目を覚ました事だし起きるしかない。
ドアを開けると、ジェスの言った通りジュスタン隊の部下四人が全員揃っていた。
「どうしたんだ、街に遊びに行ったんじゃなかったのか? まさか……俺に報告が必要な事態になったりは……」
「してないっ! そんな事にはなってないから安心してくれよ! ほらこれっ!」
そう言ってシモンが指差したのは、マリウスが持つ麻袋だった。
その中を覗くと、俺が明日にでも買いに行こうと思っていた菓子の材料が入っていた。
「王都に戻ってる最中に、もうジェスのお菓子のストックがないって団長言っていたでしょ? だから僕達が買ってきたんだ。多めに買ってきたから、僕達の分もついで作ってくれるよね?」
笑顔でそうねだったのはアルノー。
コイツら菓子が食べたくて結託したのか、どうせ作るつもりだったから買い物に行く手間も省けて助かったが。
あ、もしかして前に俺が作っているところを見ていたのは、この材料を調べるためだったのか!?
「……わかった、材料費は出してやろう。いくらだった?」
「いやいやいや、オレ達もいっぱい食べるんだからそれくらい出させてくれよ!」
俺の申し出に対して、シモンが焦ったように断った。
そしてさりげなくいっぱい食べる宣言……。
これは手間のかかるものじゃなくて、簡単に大量に作れるものにした方がよさそうだ。
「そうか、だったら受け取っておこう。それで……、手伝うか? それともジェスの相手をするか? ああ、いっぱいたべられるように訓練をしてきてもいいぞ?」
「じゃあオレはジェスと遊んでよう~っと」
「わ~い! シモン何して遊ぶ!?」
真っ先に俺の部屋に飛び込んだのは予想通りシモンだった、恐らく出来上がって真っ先に食べるためだろう。
「僕は部屋の片付けと、装備の手入れをもう少ししたいから、出来上がった頃に来るね」
「あ、俺もそろそろ部屋を片付けないとダメだった」
アルノーとガスパールはそそくさと姿を消した。
材料を受け取ろうとしたが、残ったマリウスは目を輝かせて麻袋を抱き締めたままだ。
「自分は団長のお手伝いをしますっ! 自分も団長みたいに色々作れるようになりたいですから!」
どうやらマリウスはシモンよりも先に味見として菓子を口にできる、お手伝いというポジションをわかっているようだ。
その内俺が作らなくても、マリウスが作ってくれるようになると嬉しいんだけどな。