83.
「ギルマスを呼べ」
冒険者ギルドに入ると同時にそう言うと、ギルド内がシンと静まり返る。
「は、はいっ! 少々お待ちくださいっ!」
数秒おいてギルド職員が奥の部屋に駆け込んで行った。
同時にざわめきを取り戻すギルド内。
まぁ、ある程度第三騎士団全体の評判がよくなってきたとはいえ、俺個人の評判はそう急に変わったりはしない。
「おい、アレ第三の騎士団長だよな?」
「まさか俺達を強制的に手伝わせようって魂胆じゃねぇだろうな」
「冗談じゃねぇぜ、あんな魔物の大群相手にしてたら命がいくつあっても足りねぇよ」
森沿いの領地に住んでいる冒険者であれば、獲物が来たと言わんばかりにギルドを飛び出していただろうに、王都の冒険者の質の低さに思わず失笑してしまう。
それに気付いた冒険者達が殺気立ったが、奥の部屋から出て来たギルドマスターの登場に注目が集まった。
「これはこれはヴァンディエール騎士団長様じゃないですか。こんなむさ苦しい所に何の御用でしょう?」
元冒険者の厳つい老人が目の笑っていない笑顔で、カウンター越しに話しかけてきた。
「俺が来るとしたら一つだな、魔物の解体と素材買い取りをしてもらおう。魔物は全て騎士団だけで討伐完了したから、大量に持ち込むが……戦力にならなくとも、そのくらいの協力はできるだろう? 討伐された魔物を拾ってきた不埒者がいたら、持ち込んだ魔物と同じ傷をつけてやるからきちんと報告するように」
俺の言葉に、コッソリとギルドを出ようとした冒険者達が動きを止めた。
恐らく騎士達が討伐した魔物を拾いに行こうとしたのだろう。
「そんな事言われましてもねぇ、どこで誰が討伐した魔物か自己申告以外で確認する手立てがないんで、嘘を吐かれればお手上げというものですよ」
白々しく肩をすくめるギルマス。
しかし俺はそんな態度を鼻で笑ってやった。
「フン。見て、触れて確認すればいつ頃討伐したものか、その持って来た者が相応の実力者かもわからないほどここのギルド職員は無能なのか?」
「い、いや……」
「それに騎士団は討伐した魔物の数を控えているからな。冒険者達にはバカな事を考えるなと釘を刺しておく事をすすめるぞ」
睨み合う俺とギルマスの迫力に、ギルド内にいた冒険者達は何も言葉を発せられずに見守っていた。
その時、ギルドの入り口のドアが開く。
「ジュスタ~ン、まだかかる?」
ひょっこりと顔だけ覗かせたのはジェスだった。
どうやらエレノアと待っていたが、すぐに出てくるはずの俺が出て来なかったので様子を見に来たようだ。
「いいや、もう用件は伝え終わったから、すぐに行く」
「わかった! じゃあエレノアと待ってるから早くね!」
「ああ」
ジェスの頭が引っ込み、ドアが閉まると、ヒソヒソと話出す冒険者とギルド職員達。
微かに聞こえてきた話題は俺の笑顔だった。
ジェスを見たら条件反射のように笑顔になるのは仕方ない、周囲の声は聞こえないフリをして話を続ける。
「では騎士達が持ち込んだ魔物の解体は頼んだぞ」
「あ、ああ……あっ、わかりました!」
ポカンとしたまま生返事をしたギルマスは、途中で我に返って姿勢を正した。
反射的に答えたようだが、とりあえず言質はとれたからよしとしよう。
外に出ると、ジェスがエレノアに何やら話しかけていた。
「この後はねぇ、貧民街に行くんだって。もうちょっと頑張れる?」
「ジェス、待たせたな。エレノアと話していたのか?」
「うん! 厩舎にいるより、ボク達と一緒にいる方が好きだから頑張れるって!」
「そうか。ありがとうな、エレノア。それにしても、やっぱりジェスはエレノアの気持ちがわかるんだな」
「そうだよ! ふふっ、やっぱりジュスタンはすごいね。エルネストも聞いてきたけど、ジュスタンはもうわかってたみたいだし」
目をキラキラさせて俺を見上げるジェスの頭を撫でる。
ジェスがエルネストを呼び捨てにしている事に笑いそうになったが、考えてみればドラゴンのジェスが人族に敬称をつけて呼んだりしないか。
俺もジェスと二人の時はエルネストって言ってるしな。
「まぁ……、以前からよく話しているようだったし、エレノアもジェスの言う事をよく聞いていたからな。さぁ、貧民街へ安全確認に行くぞ。もう急がなくていいから前に乗せてやろう」
「わぁい!」
先にエレノアに跨り、ピョイピョイと飛び跳ねて待つジェスを抱き上げて前に乗せた。
第二騎士団がひと通り平民街も確認したようだが、貧民街の怪我人の有無まで確認はしていないだろう。
大神殿と貧民街は王城を挟んで王都の反対側にあるが、ギルドからだとそんなに遠くはない。
これまで王都では綺麗な街並みしか見た事のないジェスを驚かせてしまうかもしれないが、綺麗なところだけ見せ続けるわけにもいかないからな。
大通りの一本裏にある冒険者ギルドと違って、大通りから一本、また一本と奥に進むにつれて建物も治安も悪くなっていく。
俺が従騎士になったばかりの頃に家族で王都に来て、好奇心から貧民街へと入り込んだ事があった。
その頃は秩序なんてものが存在しないかのような荒れ果てた状態だったが、今は昼間であればさほど危険はない。
「壊れてるお家が多いね。人が住んでいないのかな? でも気配はしてるし……、魔物に壊されちゃったのかなぁ」
ジェスが不思議そうに首を傾げている。
「この辺りは壊れやすい家が多いからな。だが壊れても修理する金がない者が多いんだ、田舎から仕事を求めて来ても、文字の読み書きができなくてまともな仕事に就けない者がほとんどだろう」
ジェスに説明していると、突然俺の顔にめがけて石が飛んできた。
片手でそれをキャッチすると、ゆっくりとした拍手と共に隻眼の青年が現れる。
「さすが、隙がねぇなぁ。久しぶりだなボス、ずっと姿を見せないからオレ達の事なんて忘れちまったのかと思ってたぜ」
「ボスはお前だろう、仕切るのは第三騎士団だけで十分だ。今回の騒動の情報交換といこうじゃないか」
ニヒルな笑みを浮かべて俺をボスと呼んだ青年は、若くして現在この貧民街を取り仕切っている者だった。